第17話 情報は大切です
俺達は部屋に戻り各々のベッドで寝そべる。
俺は天井を眺めつつこれからどうするか考える……。
ドラゴン討伐で貰った報酬や小さな神様から頂いた金貨だけでも当分は暮らせるだろう。
だがいずれは金というものは尽きてしまう――
その前にクエストをこなして少しでも稼いでおくべきだろう。
しかしここにも問題がある――圧倒的にこの世界についての知識が足りないのだ。
どんなモンスターが出るか、この街周辺にはどんな場所があるのか。
危険はどの程度か等考えるだけでも頭が痛くなる事ばかりだ……。
俺は「はぁ」とため息をつきながら上半身を起こす。
昼に食べたコカ肉が入った腹が随分と重い……。
「どうしたのよ、ため息なんかついて」
「ちょっとな――」
「何か心配事なん? フェリスが相談乗るのん」
「いや、大丈夫だ。それより……本屋に行ってくる」
「うちも行くのん!」
「私はパス。動きたくない」
寝たまま片手をあげ左右に振るまーちゃんを見ながら俺は立ち上がる。
どうやらフェリスも付いて来るようなので、二人で散歩がてら本屋を探す事になった。
街道には沢山の店があり、一見どれがどんな店かわからない程だが、注意深く見ると扉の上に看板らしきものがあったり、店の前にメニュー表や今日のオススメが書かれた看板を出したりしているのでそれを頼りに本屋を探す。
横にいるフェリスは鼻歌交じりに俺の右手を握りしめる。
人通りも多いしフェリスが迷ったら困るので俺もその手を軽く握りしめる。
そんな事をしつつどれだけ歩いただろうか――
腹の中のコカ肉が少しは軽くなった時分に本屋らしき看板の店を見つける。
実際冒険者組合で聞けば早いのだが、のんびりと探索がてら街を見回るのもいいものだ。
俺とフェリスは本が描かれた看板が、入り口から垂れ下がっている店に入る。
ドアを開けるとチリンと透き通るような鈴の音が鳴る。
中はそれほど大きくはない――だが横ではなく上に広がっていた。
正確に言うと家の一階の天井がなく、二階であろう場所まで本棚が突き抜けているのだ。
そしてその本棚の中にはビッシリと隙間なく本が入れてある。
これなら必要な本はここで買えるだろうと俺は本棚を眺めつつ思う。
「いらっしゃいませ」
俺が上――二階であろう場所の本棚――を見ていると左から声がかかる。
その方向に目線をやると会計らしき場所とそれに似合わない女の子がいた。
「店主はいますか?」
「おっとうは今本の仕入れに他国に行っています」
「それじゃお母さんは?」
「おっかあは今家事をしています」
「なるほど、なら今はお嬢ちゃんがこの店の店主か……」
「はい、あたいが店主です」
見た目的にフェリスと同年代くらいだが――この子に本の事がわかるのだろうか? いや、フェリスも実際すごい魔法を覚えてる程だ。
この子もきっと親から本の事を聞いて詳しいかもしれない――
「モンスターについて詳しく書かれている本とかありますか?」
「わかりません」
どうやら詳しくないようだ。
「この本の山から自分で探してもいいのかな?」
「どうぞ、そこの梯子を使ってください」
ちびっ子店主が指差した方に目を向けると二階の天井まで届きそうなでかい木製の梯子があった。
これで勝手に探せという事か……。
俺はフェリスに店員と話すように促し勝手に目的の本を探し始める。
スキルや技の載った本は冒険者組合で買えると聞いたが、モンスターの詳しい情報やこちらの一般常識に関する本はこういう場所で探すのが普通だ。
それに俺が本を探している間に人見知りのフェリスが少しでもちびっ子店主と話をし、友達くらいになったらそれはそれでいい事だ。
知らない土地で友達の一人でも作れれば心強いだろう……。
俺は梯子に上り本をざっと見ては目的の物がなく梯子を下り――を数度繰り返す。
横目にフェリスとちびっ子店主が少しずつではあるが打ち解けているような気がする――あくまで気がする、だ。
俺は目的に沿った本を探すのに疲れて腰を下ろし少し休憩をする。
「ふぅ……それにしても色々な本があるな。女性のドレスの着方とか、貴族のハートの射止め方、勇者の冒険譚か――しかしこの中から欲しい物を見つけるのにどれだけ時間がかかるんだ……」
「ゆーくん何探してるん?」
「ん? フェリスはもうお喋り止めたのか?」
「なっちゃんとは少し仲良くなったん」
「あのちびっ子店主の事か?」
「そうなん! なっちゃんいい子なん」
「お前に友達ができるなんて、この世界にきてよかったな」
「なっちゃんに欲しい本聞いたらいいん」
「わからないって言ってたぞ?」
「なっちゃんも人見知りなん、だから話さなかったん」
そうなのか? むしろそんな人見知りを会計に置くべきではないだろう。
俺が行って、また「わからない」と言われても困るのでフェリスに頼む事にする。
「モンスターの詳しい情報が載っている本とこの世界の歴史について書かれている本がほしいんだが、フェリスが聞いてくれないか?」
「わかったのん!」
俺からの頼み事にふんと鼻息を勢いよく吹き、会計にいるちびっ子店主のところまで走っていく。
横目で見ていると、そのなっちゃんというちびっ子店主が色々な高さに指を数度指す。
フェリスはその度に指の先を見つめコクリと頷く。
フェリスが帰ってきて俺に本の在処を教えてくれる。
教えてもらった場所に梯子を掛け上る――そこには確かに俺が欲していた本があった。
「よし」と俺は心の中でガッツポーズをし、他の本も物色する。
ある程度目星をつけ会計へと持っていく――少し値は張るが情報は大切だ。
「これをお願いします」
ドカッと数冊の本を会計に置く。
数は五冊ほどだが一冊の大きさがでかい。
おそらく八百ページを超えている物ばかりだろう……。
「これとこれとこれで……これは、ええと……合計二十金貨になります」
俺は革袋から二十金貨取り出しちびっ子店主に渡す。
ひーふーみーと確認しているのを尻目にフェリスの頭を撫でる。
「フェリスもたまにここに来てちびっ子店主と遊ぶといいぞ」
「なっちゃんは仕事で忙しいのん」
「そうなのか……まぁ友達ができるのはいい事だ」
金貨を確認し終えたのか「ありがとうございました」とちびっ子店主が言う。
それを聞き俺は本をバッグに詰め込む。
その最中にもフェリスとちびっ子店主が話しているのが聞こえてくる。
「それじゃ行くか、フェリス」
「行くのん。なっちゃんまたなのん!」
「また来てね、ドラゴン殺し」
外に出る時もチリンと鈴の綺麗な音が耳に入る。
一体何時間居たのだろうか? そんな事を考えつつ正面を見ると店先に地図らしきものが包まれて籠の中に数本置いてある。
本屋の正面は地図屋か――この周辺の詳しい地図も欲しいところだ。
もしかしたら他国から来た人間で、俺と同じような行動をとる人が少なからずいるのだろうか? もしいるならこの店の配置は中々に賢い。
俺はフェリスと一緒に地図屋に入り店主にこの周辺の詳しい地図がないか聞く。
するとさっきの予想は粗方当たっていたようで奥の部屋からすぐに取り出してきた。
俺はそれを買い冒険者組合に戻る途中、噴水の露店で梨とリンゴのミックスジュースが売っていたのでフェリスの分も買い二人で自分達の部屋に帰還する。
当然戻った俺達に掛けられた言葉は「おかえり」ではなかった。
「二人で何飲んでんのよ! ずるい!」
「喉が渇いたんだよ」
「私も乾いたわよ! お金頂戴! 買ってくる」
まーちゃんだけ仲間外れも可哀想なので銀貨を渡し噴水の露店で買った事を告げる。
すると一目散に走っていった――こういう時だけまーちゃんは素早い。
「ゆーくんいっぱい本買ったのん! 今から読むのん」
「ああ、そうだな。何から読むか……」
「モンスター読むのん」
「モンスター図鑑か――」
俺はベッドに寝ころび、さっき買ったモンスターの詳しい情報が書かれた本を開く。
フェリスは自分のベッドを荷物置き場にしており、今日も俺と一緒に寝るつもりのようだ。
「ゆーくん、次のページ!」
「ああ、それにしてもこの周辺で出てくるモンスターがどんなのかが問題だな。後で下にあったクエスト掲示板で確認しとくか……」
そんな事を言いながら俺は横で寝ころび一緒に見ているフェリスの指示に従い、ページを一つ二つと捲る。
本の内容はそこそ事言ったところか――
モンスターの絵が描かれ特性や習性、弱点が簡素に書かれている。
これなら合格点をつけてもいいだろう。
そんな事を思っているとドアが大きな音を立てて開かれる。
目線をやるとやはりまーちゃんが帰宅していた。
「ん~おいしい! この街はいいところね。そう言えば下にあった掲示板は何?」
「あれか? あれはクエスト掲示板だよ」
「クエスト?」
「大まかに言うと誰かが困っていると冒険者組合に相談、依頼してあの掲示板に掲載されたクエストを冒険者が解決して金銭を得るシステムだ」
「なるほど、そんなシステムなのね」
まーちゃんは納得したとストローでジュースをチューと音を立てて返事をする。
「クエストをしましょう!」
「いや、今忙しい」
「本を読んでるのに何で忙しいのよ!」
「つうか今日はゆっくりするって言ってたじゃん」
「確かに……」
この街に到着してまだ数時間、疲れも抜けきっていない状態でクエストなんてやりたくもない。
「今日はゴロゴロして明日にしましょう」
「わかればよろしい」
「次のページ捲るん」
その日は本を読みつつ体に溜まった疲れを抜く。
夕飯もコカ肉を満腹になるまで食べる。
部屋に戻る前に風呂がないか受付に確認すると階段下にある扉が風呂に続いてるらしくさすがは冒険者組合の宿屋! と絶賛した。
最後に受付から技やスキルの載った本を忘れずに購入しておく。
色々な種類があるが戦士と魔法系の技やスキルが載った本を購入する。
もちろん俺とまーちゃん、そしてフェリスがこれから覚える時の参考にだ。
部屋に戻り風呂がある事を伝えると二人が飛び起き風呂へと駆けていく。
「今度は男風呂に行くなよ」と俺は注意し、風呂上がりのジュース代も渡しておいた。
「今日買っただけでも随分な量の本だな……」
ベッドの横に積まれた本の数を見て俺は少し眩暈がする。
だが数日でこれを読破しないとクエストにも行けないだろう……。
情報というのはそれほど重要なのだ。
ペラペラと本を捲りつつ重要そうなところはページの角を折っておく。
ざっと見ただけでもやはり元の世界とこの世界とでは少なからず違いがあった。
そんな事をしていると二人が風呂から帰ってくる。
「いい湯だったわー」
「いい湯だったのん! ゆーくんまだ本見てるのん?」
「ああ、俺も風呂に行くよ」
俺は時間を忘れ本を見ていたようで、そろそろ寝る時間も近い。
本を横に積み俺は風呂で汗を流す――約二日ぶりの風呂だ。
疲れも一緒に抜けていくような感覚になりながら風呂場の天井を眺める。
そして風呂上がりのジュースを飲み部屋に戻ると衣服が散乱してあり、二人は疲れのためか布団に包まり寝ていた。
もちろんフェリスは俺のベッドで、だ――
フェリスを起こさないようにそっと布団に手を掛けその中に入る。
そして横にある机の上で灯っているランタンを消す。
明日から数日は読書三昧だな――と俺は本を眺めながら思う。
ただ気になる事が一つ、まーちゃんがクエストに興味を持っていた事だ……。
面倒事にならないといいが……明日の事は明日の自分に任せようと問題を放り投げ俺は二日ぶりの柔らかいベッドで深い眠りにつく。
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