第二章 街とクエスト

第16話 この受付嬢は融通が利かない

 俺達は二日間歩き、やっとの事でファルス王国に到着した。

 もちろんまーちゃんが野宿は嫌だと駄々をこねた事は言うまでもない……。

 予想では少し迷うと思っていたのだが、それとは裏腹に下山しファルス王国に続く道は迷わなかった。




 ファルス王国――外壁は強固に守られていて外には農場らしき施設がいくつかある。

 そして俺達が今から入るであろう門はかなりでかい――

 見れば荷馬車が出入りしており門番らしき兵士が中身を確認している。

 門の横には小さな詰所らしき場所があり、そこに一人の兵士ではない男性が入っていく。

 荷馬車で来ていない人間はそこから街に入れるのか? と思い俺達も男性が入った所に進む。

 詰所に入ると男性がカードらしきものを兵士に見せ、そのまま街に入っていく。

 どうやら俺の予想は当たっているようだ。

 恐らくカードらしきものは勇者免許だろう。

 俺はゆっくりと兵士の所に行き勇者免許を見せる。

 もちろん「神話級」と書かれている文字を指で隠す――厄介事に巻き込まれないためだ。

 兵士がそっと俺の差し出したカードを見つめる。


「なんだこれは?」

「え?」

「勇者免許なんて見せて何のつもりだ?」

「あれ? さっきの男性はこれを見せてたんじゃ――」

「何の事だ? ああ……お前達この街は初めてか?」

「そうです」

「さっきのエルフが出したのは入国許可証だ。お前達は初めてだから許可証発行のため、一人五金貨必要だがどうする?」

「なるほど……」


 街に着いていきなり大恥を掻いてしまった。

 後ろで声を殺しているらしいが微妙にまーちゃんの笑い声が聞こえてくる。

 俺は振り返らず兵士に三人分の十五金貨を小袋から取り出し渡す。

 「はいよ」という言葉を残して詰所の奥にあった扉に兵士が入る。




 しばらくして兵士が戻ってくる。

 その手には三枚のカードが握りしめられていた。

 恐らく入国許可証だろう――


「どうぞ、それと入国許可証は無くすと再発行にまたお金がかかるから気を付けてね。他人に譲渡も禁止だから……あと街を出る時も許可証が必要だからね」

「分かりました」


 俺は入国許可証を受け取り、後ろにいる二人にも同じカードを渡し街に入る。

 大きな街道が中央広場らしき場所に続いている。

 そして左右には色々な店が立ち並び商店街を思わせる。

 さらに奥には遠くて小さくしか見えないが城らしきものが見える。

 なかなかにいい街じゃないか……。

 俺達は冒険者組合を探す傍ら街並みを見ていく。

 これから生活する街だ……何処に何があるかくらい覚えておいても損はしない。

 中央広場――真ん中には立派な噴水がありそれを囲むように色々な露店が並んでいる。

 店を持たない人はここで売り物を捌いているのだろう。

 噴水に腰かけこれからの事をどうするか話し合う。


「結構でかい街だな」

「なかなかいいじゃない。気に入ったわ」

「ここを拠点にするのん!」

「好評だな。それにしてもさすがは商業国と呼ばれるだけあって人は多いな――」

「色々手に入りそうで楽しみだわ」

「あっ、さっきのエルフの人いたのん!」


 フェリスが指差す方向――俺達が入ってきた門から噴水へ行き右の街道――を見ると剣を二本交差した看板の店に入るエルフが見えた。

 鍛冶屋か武具屋かとも思ったが、もしかしたら冒険者組合かもしれないと考え、俺達もそこに行く事にする。

 扉の外からでも騒々しさが漏れてきている。

 中には結構な人がいるのだろうと思いつつ扉に手を掛ける。




 カランという鈴の音が鳴りそれと同時に「いらっしゃいませ」という声が聞こえてくる。

 外で見たより中は広く、辺りを見回すと一階にはテーブルと椅子が大量に置かれていて、そこで大勢の人間が食事をしている。

 正面にはカウンターが二つあり受付嬢も二人いる。

 俺はここの事を尋ねるために受付嬢の所まで進む。

 途中料理を乗せた盆を両手に持ったウェイトレスらしき人にぶつかりそうになるが、何とかわしながら受付までたどり着く。


「いらっしゃいませ」


 俺は届いてるであろう伝書鳩について受付嬢に聞く。

 すると受付嬢の顔は明るいものに変わり俺の後ろにいたフェリスへと視線が注がれる。


「このお嬢ちゃんがあの手紙に書かれていた?」

「ええ、ドラゴンを倒した子です」

「すごい! まさかこんな子供が!」


 受付嬢の声が大きいせいか、周りで食事をしていた人々が騒ぎ出し視線が俺の背中に突き刺さる気がする……。

 もちろん気のせいかもしれないが――


「それで宿屋の方は?」

「ええ、ご用意しております。この受付の右側にあります階段を上がってもらって手前の通路を一番奥に行った部屋です。これが鍵になります」


 受付嬢が右手を階段の方向に上げる。

 それに釣られて俺から見て左にある階段の方向に目をやり部屋の位置――通路だが――を確認し目線を受付嬢に戻す。


「当分の間泊まりたいんですが一泊いくらですか?」

「一泊一金貨となります」

「なら一ヵ月分先に払いますね」


 俺は小袋ではなく革袋を鞄から取り出し受付にドンと置く。

 ドラゴン討伐の報酬だ――

 そこから三十金貨を取り出し受付嬢へと渡す。


「確かに――」


 受付嬢が確認し終えるのを見て俺は鍵に手を伸ばす。


「一度部屋で荷物を置いてこようか」

「そうね、少し休憩したいわ」

「休憩するのん」


 俺達は階段を上り手前の通路を一番奥まで進む。

 そして鍵を開け部屋に入る。

 ベッドは四つあり、なかなか豪華だ――

 さすがは冒険者組合だというべきだろうか? 安い宿を探して泊ってもいいがまーちゃんが不満を漏らすに違いない。

 少し値は張るが当分ここに世話になろう。

 ベッドは前と同じく左手前にまーちゃんが陣取り俺が右側、そして右奥のベッドにフェリスが荷物をトスンと置く。


「昼飯は下で食べるか」

「そうね、お腹も丁度空いたわね」

「お昼何にするん?」

「適当に食べようと思う」


 少し休んだ後、俺達は三人揃って下に行く。

 そして受付嬢の所まで行き料理は誰に頼めばいいのか聞いた。

 どうやら受付嬢とは違う格好――ウェイトレス姿で歩いたり広場の隅で立っている数人――が給仕係らしくその人達に言えば料理を出してくれるそうだ。

 冒険者組合の制服とウェイトレスの制服は確かに別物で見分けがつきやすい。

 適当な席に座りウェイトレスを呼ぶ。


「何にしましょう?」

「ええと……ここの名物とかありますか?」

「ここは初めてですか?」

「ええ、お勧めとかあればお願いしたいのですが――」

「でしたらコカ肉ですね」

「コカ?」


 一体何の肉だ? と俺はまーちゃんに目線を合わすがまーちゃんも知らないらしく首を振る。


「それじゃそのコカ肉と……あと何か果実が入った飲み物をお願いします。三人分」

「分かりました」


 一体どんな肉が出てくるか楽しみだ。

 まーちゃんもフェリスも腹が減っているのか落ち着きがない――もちろん俺もだ。

 そんな中、耳を澄ませば周りから小さな声が多数聞こえてくる。

 「あれがドラゴン殺しか?」「あの小さいのが?」「嘘なんじゃないか」という内容だ。

 恐らくフェリスの事だろう。

 少し待ちウェイトレスが両手に盆を乗せこちらに近づいてくる。


「お待たせしました! あと、これらはこの冒険者組合からのサービスです。ドラゴン殺し様の歓迎の意味を込めて今回は冒険者組合から料理代が出ていますよ!」


 目の前に置かれた皿には七面鳥の丸焼きみたいな肉がドンと置かれ湯気がもわっと出ている。

 そして横にはパンとコーンスープ、飲み物は色からして葡萄ジュースだろうか。

 フォークとナイフを手に取りコカ肉――七面鳥みたいな肉――を見つめる。

 焼きたてほやほやの上にタレが掛かっておりその匂いは俺の胃をキュウと一鳴きさせる。


「いだだぎまず」


 先頭をきったのはまーちゃんだ。

 見るとすでにコカ肉をフォークで刺し、そのままかぶりついている。

 なんて大胆なんだろうか……俺とフェリスは目を合わせ「いただきます」とちゃんと礼儀正しく言う。


「うまいのん! うまいのん!」

「ああ、予想以上だ――」

「ごではぶまぃ」

「まーちゃんはちゃんと食ってから喋ろうか。何言ってるか分からんぞ」


 まーちゃんがパンパンに膨らました頬を上下に揺らしながら何かを言おうとしているが何を言っているのかわからない。

 大方「これはいける!」「美味しいわ!」とでも言っているのだろう。

 俺とフェリスは七面鳥を一口大に切り分けて少しずつ食べていく。

 もちろんパンもコーンスープも食べる。

 だがやはりこのコカ肉は美味い。

 神殿で食べた肉も美味かったがコカ肉はあっさりとしていてくどくなくそれでいて噛むとパリっとした皮に内側の肉汁がジュワリと口の中で弾けるのだ。

 それを葡萄ジュースで流すと肉汁と絡み合って何とも言えない味が喉を通り越す。

 俺達は瞬く間にコカ肉を完食する。




 はぁと誰かがため息をつく――

 いや、ため息をついたのは俺かもしれない。

 少しの間、誰も動こうとせずただ天井を見つめる。コカ肉の味を忘れない様に――

 そんな事をしていると冒険者組合の受付嬢がいつの間にか俺の横にいた。


「すいません。ドラゴン殺しの一行様――」

「はい?」

「勇者免許をご確認させて貰ってもよろしいでしょうか?」

「なんで?」

「冒険者組合に登録しておきますので」


 俺は「はっ」と目を開ける。

 ドラゴン討伐の歓迎としてさっき食べたコカ肉が無料の代わりに勇者免許を見せなくてはならない――拒否権はない。

 しかしここで見せれば恐らく俺とまーちゃんが神話級だという事がばれてしまう。

 それだけは避けたい……。


「受付の方に後で見せに行きますよ。今部屋に置いてきてしまっていて――」

「分かりました。では後程お願いしますね」

「はい」


 俺は笑顔で受付嬢を見送る。

 もちろん置いてきたというのは嘘だ。


「なんで嘘ついたのん?」

「部屋に帰ってから話すよ」


 俺達は部屋に帰り作戦会議をする。


「まーちゃん、俺達が神話級という事は内緒にしておきたい」

「なんで?」

「前にも言っただろ! 簡単に言えば目立つと色々と面倒なクエストを回してくるんだよ! それに婚約話とかも来るかもよ」

「ああ……そんな事言ってたわね。人間と結婚とかありえないわ」

「そこでだ、免許を右手に持ち右上の神話級という文字を親指で隠して見せるんだ」

「なんかせこいわね……」

「ゆーくん、うちもそれするん?」

「フェリスはしなくていいよ。Bランクだし」

「分かったのん」


 俺はまーちゃんに手本を見せる。

 そして下の階の受付に勇者免許を見せに行く。


「待ってました! さぁ見せて下さい!」

「はい」


 興味津々な受付嬢に俺は親指でランク――神話級を隠して見せる。


「ええと、名前は勇者? 変わった名前ですね。職業は――戦士ウォーリアですか、それであの……親指どけて貰えます?」

「ランクはAです」

「いえ、確認しますので」


 俺は「チッ」と舌打ちをし左ポケットにしまっていた金貨を取り出し受付嬢の手前に三枚置く。


「あの……」

「ランクはAです」

「そういうのはいいんで……」


 もう一度ポケットから金貨を取り出し合計十枚の金貨を受付嬢の手前に置く。


「いえ、賄賂なんて通用しませんから」


 くそ! 俺は心の中で叫ぶ。

 なんて融通が利かないんだこの受付嬢は――

 渋々指をずらす。

 当然受付嬢の顔色が変わる。

 俺にはその顔が「やった! この人に色々と面倒なクエストを回せる!」という顔にしか見えない。


「す、すごいじゃ――」


 受付嬢が言いかけた所で、俺は左手で受付嬢の口を押さえる。


「この事は黙っていてくれ……頼む!」


 俺の懇願が効いたのか受付嬢が数度首を縦に振る。


「なんで黙ってるんですか? これは非常にすごい事ですよ! なのになんで――」

「色々と面倒だろ? 街中の人や貴族連中に知られたら……」

「ああ、確かにそうですね」


 割とあっさり分かってくれたようだ。


「暗殺者に狙われる可能性もありますものね」

「は?」

「いえ……ここまですごいですと、妬みもすごいですしね」

「そういうものなのか……」


 俺は素直に驚く。

 まさか暗殺者に狙われるなんて思いもしなかったからだ。


「一応ランクは書かせてもらいますが機密扱いにしておきますね」

「ありがとう――ところで後ろの女の事なんだけど……」

「はい?」


 まーちゃんも神話級だという事を先に伝えておく。

 するとまたも受付嬢の顔色が変わる。

 それもそうだろう……一気に二人も神話級が街に来たのだから。


「ではドラゴン殺しのお嬢さんも?」

「いえ、この子はBランクです」

「そうなんですか」


 受付嬢が少し残念そうな、それでいてほっとしたような顔をする。


「機密にしてくれる代金としてこの金貨を受け取ってください」

「いえ、本当にそういうのは困るので――」


 この受付嬢はしっかりしているなと俺は思いながら金貨をポケットに戻す。

 その後まーちゃんとフェリスの登録が終えるのを待つ。

 その間、受付の横にある掲示板――よくみるとクエストの内容が書かれている紙が張り付けてある――を眺める。


「何ボケッと突っ立ってるのよ」

「終わったのか?」

「もちろんよ」

「終わったのん!」

「それじゃ部屋にでも戻るか?」

「そうね、今日はゆっくりしましょう」

「ゆっくり寝るのん」


 まだ昼だが旅の疲れもあるので俺達は部屋で休む事にした。

 明日からどうするかも考えないといけないだろう――

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る