第12話 この世界に乾杯を――

 その夜、噴水の周りや宿屋の食堂は賑わっていた――

 さっきまで食堂には、まばらにしか人がいなかったはずなのになぜか……簡単な事だ。

 ドラゴンがやってきてそれを先陣切って倒したフェリスを称賛するために宿屋の食堂で宴会をしているのだ。

 子供に先陣を切らす勇者共……本当に大丈夫か? この世界――と思いつつ俺とまーちゃんはその宴会には参加しない。

 まず部屋でやるべき事があったからだ。

 俺はベッドに腰かけ「はぁ」と重いため息をつく。

 目の前には正座したまーちゃんがいる。


「それで――なんで杖で殴った?」

「あまりにも周りの勇者が情けなくて……」

「それで? お前は魔法を使うタイプで、殴り合う戦士じゃないだろ?」

「つい――」


 つい殴っちゃったと言いたげな顔をし、舌を少し出しているが俺は怒りしか湧いてこない。


「その杖はかなり貴重な物だとセバスに一度聞いた事がある。なんでも万年成長した樹木から芯の部分を切り出しエルフ族の中でも最高位のハイエルフ族の族長に頼んで作らせた歴代魔王の象徴とも言うべき武器だろう? 折れる事はないと言ってはいたがさすがに殴る使い方はやめた方がいい」

「でも効果は抜群だったわよ?」

「脳天に当たったからだ。俺でも効果抜群で失神もしくは死亡する」


 「いい事を聞いた」という顔をし杖を持ち立ち上がろうとするまーちゃんの脛を俺は蹴る。

 まーちゃんは痛みのため声にならない声をあげ床を転げ回る。


「しかも<隕石落下メテオ>まで発動させるなんて何考えてる? あれは照準が決められない、謂わば自爆用の魔法だぞ? <転移テレポート>があれば別だが――広場で使ったら山の半分は溶ける事わかってたよな?」

「知らないわよ! 機嫌がよかったから使っただけよ! それより驚いた? びっくりした?」


 脛を抑えながら嬉々として聞いてくる。

 こいつは本当に何も考えてないようだ――


「まーちゃん<隕石落下メテオ>禁止な」

「何でよ! 今日覚えたばかりよ? スキルポイントだってそれなりにかかったのに!」

「そんな事は知らん! 街中で撃たれても困るんだよ! 今回は勇者の中に優れた射手がいたから隕石は迎撃されて四方八方に散ったが次もまたその射手がいるとは考えられない。だから禁止だ」


 ぶーと頬を膨らませて反抗するまーちゃんの頭頂に拳を突き立てる。

 痛みですぐさまうずくまる。


「とにかく、事態が収拾できない事はしないでくれ。それに俺達が神話級の勇者と魔王である事はできるだけ隠しておこう」

「なんでよ? 神話級ならどこの街に行っても歓迎されるんじゃない?」

「だからだよ。聞いた話によれば世界の運命を左右するときに動員されるとか――それまでは平和に屋敷でも渡されて軟禁状態だろうな。余計な知恵をつけられても困るから本も読ませてくれないかもしれない。飼い殺しと言う奴だ」

「何それ! まるで四百年間魔王城に引き籠ってた時みたいじゃない!」

「みたいじゃない。ではなく、そうなるんだよ。敵に回せば誰も止められない、そんな存在が街を闊歩してるなんて国から見たらどうだ?」

「確かに一理ある。でも! せっかく神話級って言われたんだから友好的な国があるかも! 自由に過ごせる街とか!」

「俺達がこれから拠点にする街は商業で成り立っている王都だ。国王が自分より目立つであろう神話級の勇者と魔王が自国にズカズカと入ってきていい顔すると思うか? お前はすぐ嫁にもらわれるかもな。王様もしくは王子様が格好いいといいな」

「結婚なんて嫌よ! しかも人間なんて!」


 即答したまーちゃんは顔を左右にブンブンと振る。

 そんなに嫌なのか――


「あっ――でも王女様ならゆーくん玉の輿じゃない?」

「それはいい考えではある。でもな……」


 俺は元の世界で勇者として色々な国の王と謁見した事がある。

 もちろん王女にもだ。

 戦いに疲れ玉の輿を狙った事もあるにはある――

 結論から言うと甘やかされて育った王女というのは非常にわがままだ。

 例えば「私ドラゴンのヒレ肉が食べたいわ」などと言われた事があった。

 実際ドラゴンなんて筋肉の塊でヒレだろうがあまり美味くない。

 主に鱗や角、翼膜が装備の素材として重宝されるのだ。

 そんな事も知らない王女は俺と元仲間――勇者一行――にドラゴン退治を命じ、仕方なくヒレ部分を持ち帰り専属の調理人に料理させ一口食べると一言「まずい」と言っていた事を思い出す。

 その言葉を聞いた俺は王女に殴りかかろうとして魔法使いの爺さんに両脇を抱えられたっけ――


「なんでそんな苦虫を噛みつぶしたような顔をしてるのよ?」

「なんでもない」

「何よ、教えてくれてもいいじゃない」


 まーちゃんの言葉で嫌な思い出から現実に戻された俺は淡々と説明する。

 王女なんてろくでもない、と……。


「とにかくだ。もう国から厄介事を押し付けられる「世界の救世主勇者」は俺は御免被りたい。お前だってそうだろ? 少量の報奨金を出されて厄介事を引き受けさせられ、もっとほしいと要求すれば「それが勇者か? まるで守銭奴ではないか。世界の為の勇者じゃないのか」なんて言われるんだぞ? 金がなければ宿代も、ましてや酒も飲めないぞ? 美味い肉も食えないぞ?」

「それは困るわ! わかったわ。神話級の魔王という事は隠しておきましょう」


 どうやら肉と酒が買えないのが嫌らしい……。

 一応はまーちゃんが理解を示した事に安堵のため息が漏れる。

 これで「世界の為に」なんて大義名分で厄介事を引き受けなくて済むだろう。


「ある程度理解したな? それじゃあ俺達も戦勝祝いに行くか?」

「待ってました! 早く行きましょ」


 外の浮かれた声にそわそわしてたまーちゃんが目にも止まらない速さで立ち上がり扉に手を掛ける。

 本当に理解してるんだよな? と一抹の不安が頭によぎるがこれ以上話しても恐らくまーちゃんには無駄だろう。

 俺もそっと立ち上がり食堂へと向かう。


「今度は吐くまで飲むなよ?」


 俺は扉を開けたまーちゃんに釘を刺す。

 まーちゃんは今日はもうすでに二回も胃から内容物を放出しているのだ。

 三回目は勘弁してほしい……。


「わかってるって!」


 ああ――たぶん三回目もあり得るな、と俺は振り返ったまーちゃんの顔を眺める。




 食堂ではフェリスを中心に盛り上がっていた。

 酒の入った容器を押し当て肩を組み踊っている者、フェリスの武勇を褒め称える者、その他様々だ。

 俺はフェリスの横に座りまーちゃんは俺の正面に座る。

 晩飯を食べた時と同じ位置だ。

 まーちゃんは座るや否や料理担当の受付嬢を呼び出し肉と酒を大量に注文していた。

 さっき食べたばかりなのにまだ食べるのかと半場諦めつつ俺も酒とつまみを注文する。


「フェリス、初めてのドラゴンどうだった?」

「弱かったのん」


 フェリスはこちらを向かずリンゴジュースを片手に持ち、もう片方の手で枝豆を器用に口の中に飛ばして食べている。


「子供のドラゴンだったからな、あまり無茶な事はするなよ?」

「わかってるのん。でもゆーくん達が行った後、他の人達はただ見てるだけで全然攻撃しないのん」


 俺は辺りを見回す――確かに屈強な戦士は見当たらない。

 どちらかと言うと農民の様な服装、体躯をした者達ばかりだ。


「まぁこの世界ではどんな種族でも成人すれば勇者になれるらしいし仕方ないか――」

「ゆーくんはやっぱりすごい勇者様だったのん! 爺ちゃんが話してた冒険譚は嘘じゃなかったのん!」

「え? 嘘だと思ってたの?」

「爺ちゃんの言ってる事は背びれ尾びれがついた嘘だって言ってたのん」

「――誰が言った?」

「かーちゃん」

「――そっか」


 料理と酒が運ばれてきてまーちゃんが豪快に肉を貪り食う。

 俺はつまみの焼き鳥らしきものを口に入れ酒で胃に流し込む。


「ところで――フェリスはどうやってドラゴンを倒したんだ?」


 一番気になっていた事だ……。

 子供とはいえドラゴンはドラゴンだ。かなり強い――

 俺が片翼を斬り落とした所で飛べなくなるだけで、強さは変わらないだろう。

 そんな事を考えているとフェリスがこちらに顔を向ける。

 口にはニヤリ――いやニンマリだろうか――笑みがこぼれている。


「魔法を撃ったのん」

「ほぉ――」


 俺はフェリスの言葉に興味津々になる。

 王国で賢者とまで言われた爺さんから、小さい頃より鍛え上げられた実力がどれ程か知っておいて損はないだろう――


「どんな魔法を使ったんだ?」

「<暗黒物質ダークマター>なのん」

「え?」


 <暗黒物質ダークマター>――超上位魔法じゃないか? 黒い空間が突如として現れその中に入った者は如何なる手段を講じても一瞬にして消え去る魔法――<隕石落下メテオ>並の強力な魔法だ。

 ただ違いをあげるならば<暗黒物質ダークマター>は狙った所に発生させられるので、使い勝手がいい。

 もちろん超上位魔法なので、それを使用する大量のマジックポイント――そして覚えられる才能が必要となる。

 そんな才能を持って生まれる者など一握りなのは言うまでもない。


「それ爺さんから習ったのか?」

「八歳の時に習ったん。よく家具を消して怒られたん」


 俺は天井を見上げふぅとため息をつく――

 爺さん……あんた自分の子孫――よりにもよってこんな子供になんて物覚えさせてるんだ。

 むしろ学校なんて行かなくてもこいつは講師として食っていけるんじゃないか?


「まぁ……なんだ。強力な魔法はあまり使わないようにしようか」

「何でなん?」

「周りの人がそれを見てお前の事を怖がるかもしれないだろ?」

「周りの視線なんてどうでもいいのん」


 この誰よりも人見知りをする性格は爺さんのせいなんじゃないか? と俺は疑ってしまう。

 もっと自分の背丈を周りに合わせれば友達も多く活発で明るい少女になったんじゃないだろうか?


「なんだ……これからは危険な時以外はそういう超上位魔法は慎んでくれ。その魔法を見て変な依頼とか受けさせられると困る」

「わかったのん」

「それにしても<暗黒物質ダークマター>か――ドラゴンを丸々消したのか?」

「頭だけ消したのん。ちゃんと角も残すように気を配ったのん」


 なんて偉いんだ……。

 角も残しているという所が俺に更なる高得点をつけさせる。

 角は剣にも盾の装飾にも使える貴重な素材だからだ。


「死体はどうしたんだ?」

「この宿屋の人達が回収したのん。後で受付の人が報奨金を持ってくるらしいのん」

「お前は……なんて優秀な子なんだ」


 俺はフェリスの頭を撫で回す――それを待っていたのかフェリスはいつもより頭を突き出してくる。


「ゆーくんを養えるのはうちしかいないのん!」

「ああ、その通りだ。将来は頼むよ」

「任せるのん!」


 俺はこの子供に将来養ってもらおうと本気で考える。

 だが超上位魔法を使えるフェリスがなぜ勇者ランクBなんだろうか? という疑問が湧いてくる。

 もしかしたらまだ成人してないからかもしれない――

 フェリスの頭を撫でていると宿屋の受付嬢が近寄ってくる。


「あの――」

「なんですか?」

「ドラゴンの素材はどうしましょう?」


 ドラゴンの素材――できれば加工し盾なんかがほしいがそれには専門のそれも優秀な鍛冶屋が必要だ。

 欲を言えばドワーフに頼みたい。

 街に行けば鍛冶屋があるだろうが、この広場では鍛冶屋は見なかった。

 となると素材は邪魔になるだけだ。


「換金できますか?」

「もちろんです! それでは素材の値段を算出して討伐の報奨金と一緒に持ってきますので待っててもらえますか?」

「ああ、ここで待ってるから頼む」


 パタパタと受付嬢が走り去る。


「フェリスはよくがんばった。本当にがんばった」

「ゆーくんもすごかったん! あの斬撃は誰も止められないん」


 フェリスの言葉に背中が痒くなる。

 いつも当り前のように使い、褒めて貰えた事なんてほとんどないからだ。

 俺は片手にある酒をグビリと飲み上機嫌になる。


「フェリスも食べたいものあればもっといっぱい食べろよ」

「わかったのん。食べるのん」


 料理担当の受付嬢は目まぐるしく料理を運んでいる。

 フェリスはそんな受付嬢を呼び止め「ステーキ!」と叫んだ。

 今日初めてフェリスが肉料理を頼む。

 運ばれてきたステーキは鉄板の上でパチパチと音を立て香ばしい匂いを俺に運んでくる。

 その匂いだけで酒が三杯は飲めそうだ。

 フェリスは綺麗に一口サイズに切り分け小さな口に運ぶ。

 頬がポコッと膨れて、美味しかったのか口には笑みがこぼれている。

 そんなフェリスを眺め酒を飲んでいると宿屋の受付嬢が大きく膨れた革袋を持ってくる。


「あの――これが素材と討伐の報奨金、百五十金貨です」


 会話を聞いていたのか周りから「おお」という声が沸きあがる。

 子供ドラゴンだからそれくらいだろうと俺は思っていた。


「あと――鑑定した結果、あのドラゴンは聖竜ホーリードラゴンだとわかりました。なので追加で三十金貨上乗せして合計百八十金貨です。ご確認お願いします」


 受付嬢が喋りながら机にドサリと革袋を乗せ金貨を見せる。

 俺は重たそうな革袋に手をやり金貨を数え始める。

 ちゃんと百八十枚あるがそれをしまう袋が欲しいところだ。


「この革袋は買えますか?」

「え? はい! 三金貨しますけども」

「じゃあこれで――」


 俺は受付嬢に三金貨を渡す――今金貨を入れている小袋では収まりきらないからだ。

 それに何よりこの革袋は結構な上物だと手触りでわかる。

 持っていて損はない。

 革袋の紐を閉め鞄に戻そうとするとまーちゃんが急に椅子から立ち上がり机の上に乗る。


「みんな! 今日は私の驕りよ! さぁ飲みなさい!」

「は?」


 おおお! と周りの人が盛大に酒の入った容器をまーちゃんに向ける。

 それに呼応し「乾杯」とまーちゃんが叫ぶ。

 こいつ何言ってんの? と視線を送るが、まーちゃんは天井を見ながら両手を高く上げこちらを見ようともしない。

 どうせ俺が――実際にはフェリスが討伐した報酬だが――払わないといけないんだろう。

 今後金が色々と必要なのをわかってるのか? こいつは――

 まーちゃんは悪びれる素振りもなく椅子に座り追加の注文をしだす。

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