第11話 ドラゴン

 ドラゴンに走りだしたまーちゃんは、さすがは魔族という様なジャンプをした。

 高さに換算したらビルの三階には届きそうな勢いだ。

 人間ならスキルを使わなければあそこまでは飛べないだろう――

 ドラゴンの頭上に到着した頃にまーちゃんが杖を大きく振りかぶり大声を上げる。


「サン――」


 魔法か? と俺は酒を飲みながらまーちゃんの活躍を見届ける――

 だが次の瞬間、魔法使いにはあるまじき行為を目撃する。


「ダー!」


 <雷撃サンダー>簡単に言うと雷系魔法の中位に相当するスキルだ。

 それが放たれると思っていたのだが――なぜか雷は起こらずドラゴンの頭にまーちゃんの杖がめり込んでいた。

 そう、ただの殴打だ……魔法使いの象徴である杖を使い、何故か殴打していたのだ。

 俺は驚きのあまり飲んでいた酒を口から吹き出し仕方なく腕で拭き取る。


「おお! あの人すごいん! あんな魔法見た事ないん。ゆーくんは見た事あるのん?」

「ねぇよ! つうかあれ魔法じゃないから……」


 その場にいた勇者達が固まっていた。

 そして見事な着地をしたまーちゃんは満面の笑みを浮かべているのが遠目でもわかる。

 ドラゴンは頭を地につけ動かない――恐らくは死んだか失神しているのだろう。

 一瞬の静寂が辺りを包むがまーちゃんが両手を上げた瞬間誰かが拍手をする。

 それに呼応し一人、また一人と拍手をし、いつの間にか盛大な拍手をまーちゃんは受け取っていた。

 それに気を良くしたのかまーちゃんはこちらを向き何やら叫んでいる。


「さっき覚えた魔法を見せてあげるわ! ゆーくん、ちゃんと見ときなさいよ。とっておきの魔法! <隕石落下メテオ>」


 魔法を唱えた瞬間まーちゃんを囲む様に円形状に魔法陣が発動する。

 <隕石落下メテオ>――広大な宇宙から地面に向けて隕石を降らせる超上位魔法だと魔王城にいた時に書物か何かで読んだ。

 俺はなんて魔法を使うんだと思い、すぐさま空を見上げる――

 しかし何も見えない……失敗か? とも思ったが、俺の全神経が脳に危険だと警鐘を鳴らしている。

 見えないだけで確実に隕石が落下してきている――

 正面に向き直るとまーちゃんとその周りの冒険者は動く気配がない。

 恐らく何が起こっているのかわかっていないのだろう。

 そしてこの危険な状況を察知できてる勇者もいないのだろう。

 俺はこの場から退避するべきか悩む――

 仮にここに落ちてきたとして山の形が変わる事は必須で、逃げたとしても<隕石落下メテオ>から逃れられるかは微妙だ。

 であれば正面切って隕石を迎撃するしかないか――

 俺はどうするか迷いつつ空をもう一度見上げる。

 すると後ろから何かが放たれる音がした。

 そして空を見上げていると俺の視界に一筋の光が三秒程入った後闇夜に消えていく……。

 数秒立った後それは何かにぶつかったのか――恐らくは隕石を撃墜したのだろう。

 四方八方に赤い球が帯を巻いて降り注ぐのが見えた。

 俺はホッと一息つき、とんでもない魔法を放った張本人を見る。

 魔法陣はすでに消えており、なぜかこっちを向いて「してやった!」という顔をしていた。

 後で正座させた後、鉄拳を頭上に喰らわせてやろう……。

 そんな事を思ってまーちゃんを見ていると横のドラゴンの目が開かれる。


「あ――まずい」


 俺は急いでまーちゃんに忠告しようとするがまだ「してやった!」という顔をこちらに向けている――ダメだあいつ……。

 もしこのまま、まーちゃんが殺されれば――ありえないとは思うが――心臓を交換している俺が死ぬ事になる。

 すぐさま肩を落とし手に持っていた酒を下に置きスキル<疾風飛躍エア・ジャンプ>を発動させ、ドラゴン目がけてジャンプする。

 俺は人間でありスキルを使わなければまーちゃんみたいにすごい跳躍などできないからだ。

 そして左腰に掛けていた聖剣の柄に右手を置く。

 久々に持ったからか、それとも酒のせいか体中の血が沸騰するような感覚に襲われる。

 これが「血湧き肉躍る」という事だろうか?

 ドラゴンが顔を上げまーちゃんに噛みつこうとしていた。

 俺がドラゴンの眉間に狙いを定めると、何処からか石が飛んできてドラゴンの目に当たる。

 瞼を閉じ眼球を守ってはいたが相当なダメージが入ったらしく顔を上に反らし翼が大きく広がる。

 俺はその隙を逃さない。


「今だ――<勇者スラッシュ超斬撃>!」


 聖剣に魔力を込め、ただ切りつけるだけの技――俺の最強にして最大の特技である。

 戦士なら大抵が覚えられる技だがそれをひたすら鍛錬し斬撃後にそのまま魔力を放出できるのは一握りしかいない。

 放出された魔力がそのまま空を切り裂きドラゴンの片翼を胴体から切り離す。

 ドラゴンが悲鳴のような咆哮を上げ地面に倒れ込む。

 俺はすぐさま振り返りまーちゃんを肩に抱きかかえもう一度スキル<疾風飛躍エア・ジャンプ>を発動させフェリスの所まで飛ぶ。


「ちょっと! 何するのよ」

「それは俺の台詞だ。お前何してんの?」

「決まってんじゃない。食後の運動よ!」

「余計な事はしない方がいいんじゃないか?」

「さすがは穀潰し! 食って寝て何もしない穀潰しの鏡だわ!」

「こいつ――」


 俺が言いかけると後ろから裾を引かれる。

 振り向くとフェリスが凄い物を見たような目で俺の事を見ている。

 そういえばフェリスの前で戦闘するのは初めてだったか――


「ゆーくんすごいのん! こんな事できるのに何で就職できなかったのん?」

「それは言うなフェリス。あんな技を使えたところで元いた世界には必要ない」

「そうなん?」

「そうだ」


 ふぅとため息をつきながら聖剣を腰にかけてある鞘にしまう。

 まーちゃんの様子を窺おうと向き直ると顔色を真っ青にし両手を口に付けている。


「フェリス、少し下がろうか」

「なんでなん?」

「まーちゃんがやばそうだ」


 まーちゃんが「待ってくれ」と言わんばかりに片手をこちらに向け一歩、また一歩と近づいてくるが俺とフェリスはこの後の展開を予想し後ろに下がる。

 我慢できなくなったのかとうとう下を向き両手の間から液体が漏れる。

 そして決壊した防波堤のようにせき止める事が出来ず両手全体から吹き出す。

 当然まーちゃんの汚い音声付だ――


「だから言わんこっちゃない」

「やっぱりこの人汚いのん!」

「あん……だが、おながを持っで――オェェ、飛ぶがらでじょうが」

「お前が油断してドラゴンに襲われかけてたからだろうが」


 俺は渋々まーちゃんに歩み寄り背中をさする。


「ゆーくん凄かったん!」

「ああ、それにしても……あの石は何だったのか……」

「石?」

「俺が聖剣を抜く前に石が飛んできてドラゴンの目に命中したんだ」

「それでドラゴン仰け反ってたん?」

「ああ、相当なダメージだったんだろうな。恐らくスリング――投石紐でも使ったんだろう」

「投石紐ってなんなん?」

「石を飛ばす道具だよ。ただ投げるより遠心力を利用して威力を高める道具だ。小さい頃に近所の友達と作って石がどこまで飛ぶか競ったりしなかったか?」

「小さい頃の友達は爺ちゃんだけなのん」

「そっか……それにしてもあの命中力……隕石を撃った奴と同じか? まぁ勇者の中にもすごいやつはいるな」

「ゆーくんも凄いのん!」


 俺はまーちゃんの背中をさするのを止め、フェリスの所に行き髪をわちゃわちゃと掻き回す。


「まーちゃんもそろそろ具合はましになったか?」

「ずごじは……」


 まだあまり良くない様だ……。

 ドラゴンの方を見るとまだ他の勇者達が戦っている。

 だがあそこまで弱らせたのだから後は周りの勇者にがんばってほしい――

 俺は先程下に置いた酒と、まーちゃんが投げた容器を回収しまーちゃんを部屋に送ろうと歩を進める。

 フェリスもついてくるだろうと思っていたが、どうやらフェリスはドラゴンが珍しく見入っていた。

 初めて見るドラゴンだから仕方ない事だろう――


「フェリス、俺はまーちゃんと一足先に部屋に帰ってるからお前も遅くならないうちに帰って来いよ」

「わかったのん」


 フェリスはこちらを向かず返事をする。

 まるで初めて花火大会を見た子供の様だ――

 手が自分の吐いた液体でびちょびちょなまーちゃんを連れて俺は部屋に帰る。




 部屋に入り机の上に置いてあった宿屋の物であろうタオルをまーちゃんに渡す。

 手と顔を拭くが酸っぱい匂いは取れていない……。

 仕方がないので俺は料理の受付嬢に水をもらいまーちゃんの元まで運ぶ。

 それを受け取ったまーちゃんは「うう、ありがとね」と感謝の言葉を口にするがそれなら吐くまで飲まないでほしいものだ……。

 まーちゃんの膝に乗っているタオルを取り「噴水で洗ってくる」と言うとまたしても「ありがとね」と情けない声が聞こえる。




 宿屋から外に出て噴水の所まで行きタオルを洗う。

 ドラゴンがいた方向に目線を向けると決着がついたようで大賑わいをしていた。

 そんな群衆の中からこちらにトコトコと歩いてくる少女が見える――フェリスだ。


「どうだった?」

「やっつけたのん! 楽しかったのん」

「え?」

「うちが倒したのん! いっぱい褒められたのん」

「――戦闘に参加したの?」

「むしろ、うちが先頭切って戦っていたのん!」


 おい勇者共! おかしくないか? こんな子供に先陣切らすとか――ないだろ……。

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