第10話 飯と咆哮

 俺達は食堂に来ていた。

 最初にこの宿に来た時人はいなかったが、今は食事の時間もあってか数人がまばらに席に座っている。

 しかし、下の階で見た人数には程遠い。

 恐らくは勇者適正を鑑定し、スキルや技を覚えたらすぐに帰るのだろう。

 もしくはどこかで野宿でもするのか――

 目の前にいるまーちゃんは肉を貪り食う。

 昼にあれだけ食って神殿で吐いてそれでも食うのかと俺は感心してしまう。

 それとは対照的に俺の横にポツンと座るフェリスは野菜をモリモリ食べていた。

 やはりこいつは小動物なんじゃないか? と思わせる光景だ。


「フェリスも肉を食べていいんだぞ?」

「うん。後で食べるん」

「私のを少し分けてあげるわ」


 まーちゃんが肉を切り分け、その一切れを無造作にフェリスの食べている野菜の上に投げる。


「感謝しなさいよね!」


 フェリスは不機嫌そうな顔に変わる――そりゃそうだろう、野菜を食べているのにタレのかかった肉を放り込まれれば味が変わってしまう。

 まーちゃんは酒を飲み機嫌がいいのか笑っている。

 俺も今日の疲れを抜くかのように昼にまーちゃんが飲んでいたリンゴ酒をあおる。

 キンと冷えていて口にいれると甘い香りが頬を緩くさせた。

 喉を通り過ぎると鼻には甘い香りがほのかに残る。

 そして次はナイフで切り分けた肉を噛みしめる――美味い。

 口に広がるのは肉汁とタレ――これも果汁が入っているのかほんのりと甘さが舌に絡みつく。

 俺は少しの間、肉を口の中で転がし肉とタレの味を楽しむ。

 タレの味が薄くなる頃合いを見計らいリンゴ酒に手を伸ばす。

 これを何度繰り返しただろうか――しかし腹は絶好調なようで「もっとくれ」と言わんばかりにきゅうと鳴く。


「肉料理に酒――たまらない組み合わせだ」

「さすがゆーくん。分かるわねぇ」

「ああ、当然だろ。元仲間の爺さんの家では最初こそ歓迎されたが途中からはカップラーメンだったしな……こんなに美味いのを食べるのは久々だ」

「お昼もあんまり食べてなかったしね」

「お前みたいに吐いたら困るからな。遠慮してたんだよ」


 昼はまだこの世界に到着したばかりで、やる事も多く軽食で済ませていた。

 なので晩飯は少し豪勢な物を食べようと決めていた俺はまーちゃんが「美味い」と豪語していた肉料理を聞き出し注文したのだ。

 さすがは魔王なだけあり当然舌も肥えている。

 「この肉料理のタレはこれとこれが入っている」「この肉料理の肉は柔らかさが半端ない」とこと細かに教えてくれた。


「お前はセバスの所でどういう生活を送っていたんだ?」

「私? 私は普通よ。セバスには魔王城にあった宝もあげたから贅沢も許して貰えてたわよ」

「まじかよ……だから公園であった時、職が見つからなくても焦っていなかったのか」

「体裁よ――て・い・さ・い」

「この人、ゆーくんよりダメ人間な匂いがするん」

「このクソガキ! 私は魔族であって人間じゃないのよ!」

「まぁお前は本当にダメな奴だ」

「なんですって! あんたこそ穀潰しって言われてたんでしょ!」

「う……仕方ないだろ。俺は宝なんて持ってないし、神の加護で他人よりは運がいいとはいえ大金が手に入るほどではない。よくて小銭稼ぎ程度だ。それに四百年の間に王国が解体されてるなんて思わないだろ。もし王国があれば多額の報奨金が出ただろうが――」

「報奨金ねぇ……私も魔王城が強制執行で国に奪われた時は驚いたわ。まぁセバスが色々と取り計らってくれたからいいけど」

「いいな。セバスみたいな甘やかしてくれる人が俺にもほしかったよ」

「大丈夫なのん。職が見つからなくても最後はうちがゆーくんの面倒見るのん」


 もしゃもしゃとレタスを頬張るフェリスの頭を撫で回す。

 何て優しい子なんだろうか――


「さすがゆーくんね。子供にそんな事を言わせるなんて。まぁ私は一目見た時からこの勇者怪しいと思ってたから当然ね」

「その怪しい勇者と戦力が互角の魔王もどうかと思うぞ? それに俺よりもお前の方がひどいじゃないか。セバスに頼りっぱなしで」

「セバスは従者。私の世話を喜んでしてくれたわ。従者の鏡ね」

「全くだ。お前の従者にしとくのは本当に勿体ない。今頃は向こうの世界で会社でも立ち上げてるんじゃないか?」


 まーちゃんは「何言ってるの」という様な顔を俺に向けてくる。


「セバスは大企業の社長もしてたわよ?」

「まじかよ! ならお前セバスの企業に入れよ! それで俺もそこに入れて貰えばこの世界に来なくても済んだんじゃないのか?」

「何で魔王の私が従者の会社で働かなくちゃいけないの? むしろ魔王である私は社長以外ありえないでしょ? 魔王は全てにおいてトップの存在なのよ?」

「警備会社の面接受けてたじゃん」

「だから体裁だって言ってるでしょ。受かっても断っていたわ。セバスからお小遣いも貰ってたし」

「まじかよ……魔王城の宝もあげなくてよかったんじゃ――」

「思い出の品だからほしいと懇願されたのよ。宝物庫の管理もセバスに全て任せてたから」

「それにしてもやっぱりセバスは優秀だな。勇者の俺にも腰が低くて良くしてくれたよ」


 感傷に浸っていると裾がクイクイと引っ張られる。

 その方向を見るとフェリスが頬を膨らましていた。


「ゆーくんの世話はうちがするのん! セバスより将来的にうちの方がゆーくんの役に立つのん!」

「うんうん」


 俺はフェリスの頭をさらに撫で回す。

 なんて偉い子なんだろうか――


「それにセバスはこっちに来たがっていたけど家族と会社の事を考えると連れてこれなかったわ」

「普通はそういう時、魔王の権力を生かして無理やり連れてくるものなんじゃないのか」

「馬鹿ね。従者の幸せを王が奪うなんて事するわけないでしょ? さすが穀潰しね、考える事が下種いわ」


 なんでこんな時だけまともな思考をしているんだろうか。

 俺なら無理矢理にでも連れて来ただろう……それほどセバスは優秀なのだ。

 そんな事を考え食事をしていると何かの咆哮が外から聞こえてくる。

 かなり大きく雄々しい咆哮だ――

 その咆哮を聞き俺たち以外の座っていた人々が一斉に立ち上がる。


「ゆーくん、今の鳴き声なんなん?」

「あー、気にしなくていいんじゃないかな? たぶんパチンコの確定音だよ」


 俺は適当に答える――もちろん咆哮の主が何か分かっているからだ。

 それにしても何故? という疑問が残る。

 ここには勇者が大勢いる……そこを襲うとは正気の沙汰ではない。

 まーちゃんの方を見ると顔が茹でタコのようになるまで酒を浴びるほど飲み、肉をこれでもかと胃に押し込んだであろう腹をしている。

 その腹のおかげで前に突っ伏す事が出来ず椅子にもたれ掛かっている。


「もうお腹いっぱい。満足だわ」


 そう言いながら腹をさするまーちゃんも咆哮の主には興味がない様だ……。

 確か元いた世界では魔族が咆哮の主を従えている事もあった。

 魔王であるまーちゃんもその事は知っているはずだ。

 つまりは咆哮の主が何なのかも知っているだろう。

 そんな事を考えるているとまた甲高い咆哮が外から響き渡る――

 窓をガタガタと震わせ周りの人の顔が青ざめていき、周囲の気温が下がるような錯覚さえおこった。

 「まじかよ」「なんでこんな所に」と小声で呟いているのが聞こえてくる。

 受付を見ると、中にいた受付嬢がしきりに立ち上がった人の様子を窺っている――恐らく「あなた達はいかないの?」とでも思っているのだろう。

 三度目の咆哮――それに合わせて俺の正面にいたまーちゃんが立ち上がる。


「うっるさいわね。ちょっとボコボコにしてくるわ!」


 一言俺に残し、残っていた酒を左手に魔法の杖を右手に持って、まーちゃんはドカドカと大きな音を立てて下へと向かう。

 他の人もそれに合わせて恐る恐る下へと向かっていく。

 俺は「はぁ」とため息をつき片手に酒を持ちながらまーちゃんを追いかける。

 もちろん戦う気など毛頭ない……。


「うちも行くのん!」


 咆哮の主に興味を示したフェリスが俺の後に続く――




 外に出ると建物の横では大勢がまるで運動会でもしているかのような騒ぎだ。

 フェリスの運動会を見に行ったがそれにも劣らない騒ぎになっている。

 そしてその中央にはやはりと言うべきか「ドラゴン」が鎮座していた。

 ドラゴンと言っても様々だ。

 大概は鱗の色や吐いてくるブレスによってどの種類のドラゴンか判別する事ができる。

 今回のドラゴンは鱗が白い――これだけでは簡単な判別しかできないが恐らくは聖竜だろう。


「ゆーくん! ドラゴンがいるん! 初めてみるのん」

「ああ、そういえば元いた世界じゃ街に侵入しそうになると防衛隊が一斉に魔法を撃つからドラゴンなんてなかなか見れないもんな」

「何か小さいわね。子供かしら?」


 まーちゃんの言う通り確かに小さい。

 俺が戦った事のあるドラゴンはもっとでかく威厳があった。

 迷い込んで来たのだろうか?


「どうするよ? まーちゃん」

「そうね……勇者がいっぱいいるのに何で倒さないのかしら?」


 その通りだ――

 勇者のランクもピンからキリまであるだろうが一人くらい強い勇者がいてもおかしくないだろう。

 俺は飯も食い終わり満腹で動く気にはなれない……だからこそ眺める。

 するとドラゴンが頭を上に向け、大きく息を吸う――

 この後の行動は大体決まっていた。


「ありゃまずいな」

「あはは……見てみなさいよ。勇者がしどろもどろに逃げてるわ! 情けないったらありゃしない!」

「ゆーくん行かないのん?」

「満腹で動く気になれん」


 息を大きく吸い込んだドラゴンは正面に頭を下ろし口からブレスを吐く。

 しかし勇者側も負けておらず、全員を囲む程の大きな障壁が展開される。


「やるな――でもあれだとじり貧だろうな」


 俺は冷静に片手に持った酒を飲みながら周囲を見渡し分析する。

 元いた世界とこの世界のドラゴンが同一と考えるのは早計だからだ。

 元いた世界ではドラゴンはほとんどが単独で行動するがこの世界のドラゴンも同じとは限らない。

 もしかしたら仲間を呼ぶかもしれない――

 そうなれば勇者になりたての人が多いこの場が大惨事になるのは免れないだろう。


「ゆーくん行かないん?」

「俺が行かなくても大丈夫だろ?」

「うち行ってきてもいいん?」

「ダメだ。余計な事には関わらないでおこう」

「分かったのん」

「なにあれ! 全員守る気? 馬鹿みたい。あはは!」


 まーちゃんは酒を一気に飲み干し上機嫌に笑う。

 次の瞬間、空になった容器を地面に投げ捨て走りだす。


「私も行ってくりゅ!」


 えっ、討伐するの? 俺は動く気はないんだが……。

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