第9話 スキルと技はもう覚えてるしいらないよね
俺達は神殿で勇者と魔王の鑑定をしてもらい神殿の横の建物に戻ってきた。
ここに最初に来た時よりは人が少なくなったとはいえ、まだ相当数列を作っている。
適当にすいてる列に俺達は並ぶ。
「ここに居る連中のほとんどが勇者か――本当に俺達必要なのか?」
「何言ってんの。どうせヘッポコ勇者ばかりでしょ! 私達は神話級よ!」
「うちも必要ないん? 勇者必要ないん?」
「そうね! この子供はBランクだしここに置いていきましょう」
「何言ってんだ。俺の従者兼未来の養い手に酷い事を言うな」
「ゆーくん……こんな子供に養って貰おうとかどこまで穀潰しなのよ」
「いいのん! ゆーくんはうちが養うのん」
「期待してるよ」
そんな会話をしている間に列が徐々に進みもう少しで俺達の番だ。
すると横にいた農民らしき服を着ている人の会話が聞こえてくる。
「お前どうだったんだ?」
「駄目だ、やっぱりCだったよ。帰って農業の続きかな」
「俺もだ……最近俺の家の農場近くにモンスターが湧いて被害に遭ってるから技覚えて帰ったらモンスター退治かな。Cランクでも勝てるといいけど――」
「大丈夫だよ。それにもし無理そうなら俺も支援しに行くから」
なるほど――勇者といってもピンからキリまであるという事か……。
そして技を覚えるのは農作物を荒らすモンスターを退治するため――
そんな事を考えていると俺達の番がやってくる。
まずは俺からだ。
「どうぞお席に」
その声を聞き受付の前にあった簡素な椅子に座る。
一日何十人と座るからか腰をかけると「ギィ」と音を立て、少し不安定になる。
「勇者ですよね」
「はい」
「見た感じ
「
「
「カタログ?」
「はい。技が載っていますのでそれを指定して頂ければスキルポイントを消費して即座に覚えれますよ」
「そんなシステムなのか」
「それでどうしましょう?」
「覚える事ができるのはここだけでしょうか?」
「いえ、冒険者組合の受付でも可能ですよ」
「なら今はいいです。あとカタログも売ってたりはしないのでしょうか?」
「冒険者組合であれば売っておりますがここには生憎とありませんね」
「なるほど……わかりました」
「それでは次の方どうぞ」
俺はスキルを何も覚えず立ち上がり後ろを振り返る。
フェリスが椅子に座ろうとするが肩を掴み耳打ちする。
「今は何も覚えなくていいぞ。街に行ってから考えよう」
「わかったのん」
同様の事をまーちゃんにも伝える。
そして「わかった」という返事を聞き俺は列の最後尾よりさらに後ろで二人が来るのを少し待つ。
フェリスはすぐに終わらせこちらに来る。
俺の言った事をちゃんと理解しているようだ――問題なのはもう一人の女、まーちゃんだ。
見ているとなにやら身を乗り出して説明を聞いている。
まーちゃんは少し時間が経った後、すっと立ち上がりこちらを向き満面の笑みをしつつ握った拳から親指を立てる。
一体まーちゃんは何がしたいんだ? 変なスキルを覚えてないといいが――
バタバタと騒音を立ててこちらに近づいてきたまーちゃんに俺は聞いてみた。
「何してたの」
「魔法を覚えてたのよ」
「俺は街に行ってから考えようと言ったよな?」
「大丈夫、一つだけだから! 覚えたの」
「まぁいい。何を覚えたんだ?」
「内緒」
俺に対してまーちゃんはニヒヒと意地悪な笑みを浮かべてくる。
対勇者用捕縛術の魔法でもあるのか? と思ったがそもそも俺を束縛できる魔法があるとは考えずらい……何か悪戯でもする気なんだろうか?
「さぁ! 上に行って休みましょう。私疲れちゃったわ」
「神殿で胃の中の者をぶち撒けてりゃ疲れるわな――」
「吐いてないわよ?」
「ベンチの下に液体があったじゃないか」
「誰かがお漏らししたんじゃない?」
「そんな不信心な人間は、お前以外にはいないぞ」
「失礼ね! そんな事しないわよ! それに私は魔族よ。人間と一緒にしないで」
「はいはい」
俺はフェリスの手を掴み自分達の部屋に戻る。
戻った途端、まーちゃんはまたもベッドにダイブしていた。
フェリスも疲れたのか俺の手を放しなぜか自分のベッドに戻らず俺のベッドに寝そべる。
まぁいいか……と思いつつフェリスの邪魔にならないように俺もベッドに腰かける。
勇者免許――カードを全体的に眺める。
上には名前、職業、ランクと並んでいた。
その下には技等が載っていて本当に免許証のようだ――
技の項目に指を乗せスライドさせるとスルスルと技名が下から上に、上から下にとズレていく。
まるで元いた世界で爺さんがもっていたスマートフォンとかいう機械みたいで少し楽しい。
そんな事をしていると後ろから服を軽く引っ張られる。
俺は振り返る事なく声をかける。
「どうした? フェリス」
「何してるのん?」
「勇者免許を見ているんだよ」
「この後どうするん?」
「そうだな――」
窓の外を見ると青かった空がすでに茜色に変わっていた。
「飯を食って寝るか」
「わかったのん。晩飯なに食べるか考えとくのん」
「肉! 私は肉!」
「この人また臭くなるのん」
「大丈夫よ。今度はニンニク入ってない肉を選ぶわ」
「ちょっと受付に聞きたい事があるから行ってくるよ」
「いってらっしゃいなのん」
「酒の種類を聞きに行くつもりね? 後で私にも教えて頂戴」
まーちゃんは何か勘違いしているが、ついで程度に聞いてみよう。
俺は部屋から出て受付に行く。
「聞きたい事があるんですが――」
「なんでしょうか?」
「体を流せる場所ってありますか?」
ここに来た後スーツから冒険者風の半袖に着替えたが、やはりまだベタついていて気持ち悪い。
せめて水浴びでもできればとこうやって聞きに来ているのだ。
「宿泊者用のお風呂ならありますよ」
「本当ですか!」
「はい。横の扉を入ってもらい奥の通路を左側に進んでもらって右側が男性。左側が女性になります。従業員も入りますのでそこは我慢して頂かなければなりませんが――」
「我慢します。我慢しますとも!」
横の扉――受付の中に入り奥の通路を左側か。覚えておかないとな……。
「ちなみに奥の通路の右側は何があるんですか?」
「右側は従業員の寝室になります」
「なるほど。入浴時間とか決まってたりします?」
「いえ、ここには二十四時間誰かがいますので入る際に言ってもらえたら扉を開けますよ」
「ありがたい」
本当にありがたい――これで今日は汗を流せる。
俺は受付の女性に礼を言い部屋に帰ろうとする。
だが、すぐにまーちゃんの言葉を思い出す。
機嫌もいいのでついでに酒の種類を横の料理担当の受付嬢に聞く。
部屋に帰るとまーちゃんが寝ながらこちらに体を向ける。
「どうだったの? おいしそうなお酒はあった?」
「大概はあったぞ。フルーツの酒とか美味そうだったな」
「リンゴ酒はあの甘い風味が格別だったわ」
「あとで俺も飲もう。ところで――」
俺は受付から聞いた風呂の事について二人に話す。
二人は身を起こし「やった」と叫んでいる。
俺と同じで風呂がある事がうれしいのだろう――
「ゆーくんよくやったわ! 褒めてあげる!」
「ゆーくん一緒にお風呂はいるん!」
「いや、フェリスは女風呂だ」
「そうよ、何男風呂に入ろうとしてるのよ! 私が頭を洗ってあげるわ、感謝しなさい」
「この人また酔っぱらって吐くのん。頭洗われると吐いた物がかかるのん、遠慮するのん」
「吐かないわよ! クソガキ!」
俺は笑いながらベッドに腰かけ二人の話を聞く。
これでようやく今日一日終了か――なんか長かったな……。
バッグの中にあるスーツから煙草を一本取り出しライターに火をつける。
「臭いのん! 煙草臭いのん!」
「ちょっと! 私にもよこしなさいよ!」
フェリスに煙たがられたので、携帯灰皿を出し渋々立ち上がり窓のほうまで行く。
夕日を眺めながら俺は至福の一時を堪能する。
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