第8話 神殿

 俺とフェリスは服を買い満足して部屋に入る。

 するとすぐに異様な臭いに気づいた。

 何故かニンニクの臭いが充満しているのだ。

 フェリスを見ると口がへの字になっている。

 俺の気のせいではない様だ――

 すぐさま部屋の奥まで走り部屋についている一つだけの窓を開ける。


「臭いのん! 臭いのん! 爺ちゃんの加齢臭より臭いのん!」

「どこから臭ってんだこれ……」


 俺はすぐに原因を究明する。

 そして一人の女の方から漂っている事に気付く。

 そう、まーちゃんだ――今思い出すと確かに肉料理の中にニンニクと肉を焼きタレをかけている料理があった事に気付く。

 そしてこの建物に入った時ゲップをした時も少し臭っていた。

 アンデッドの悪臭かと気にも留めていなかったが、まさかまーちゃんだとは――本当にすまん、アンデッドさん。

 俺は下の階で見たアンデッドを思い浮かべ、心の中で深く謝罪した。

 その後まるでカラスが鳴いてるのかとも思えるいびきを発生させているまーちゃんをベッドから蹴り落とす。

 抱いていた枕と共に盛大に落ちるまーちゃん……言わばこれは制裁だ。

 すぐさま起きて上半身をこっちに向けてくる。


「なにすんのよ! 一体私が何した訳? イジメ? これはイジメですか? 勇者が呆れ果てるわ!」

「お前の口からアンデッド並みの悪臭がしてるんだよ」

「は? 意味が分からないわ。私の口の中は腐ってないんですけど!」

「ゆーくんこの人臭い」

「ちょっと! なにこのクソガキ。失礼にも程があるわ! ちょっとこっちに来なさい。魔王の恐ろしさを教えてあげる」


 当然フェリスは近寄ろうとしない……。

 できれば俺も近づきたくない――

 そんな状況にまーちゃんは自分の手を口に当て臭いを嗅ぎだす。


「お前ニンニク食ったろ?」

「食ってない」

「いや食べてんだよ。俺見てたから……」

「それは幻覚よ」

「そうか……意地でも認めないか」

「認めるとか認めないとか、そんな問題じゃないわ。これ以上この件に関わると……戦争になるわよ?」

「俺とお前のか?」

「そうね……久々に力がモリモリ湧いてくるわ!」

「あれだけ肉食って寝てたらそりゃ湧くだろうよ」

「さぁ勇者よ! 今こそ滅びる時よ! かかってきなさい」

「お前晩飯抜きな」

「ずるい!」


 俺の言葉を聞いたまーちゃんがすぐさま土下座してくる。

 金貨が入っている小袋を誰が所持し、誰が飯代を払うのかは理解しているようだ。

 俺は「はぁ」と大きくため息をつく。


「ここに来た時、食堂でリンゴの匂いがしてたからリンゴジュースでも飲んで臭いを少しでも消してこい」


 俺は小袋から銀貨を取り出しすぐさままーちゃんに弾き飛ばす。

 それを人差し指と中指で器用に受け取る。

 その顔は誇らしげだが、さっさと部屋から出て行ってほしい――

 まーちゃんがリンゴジュースを飲みに行くのを見送り俺は自分のベッドに腰かける。

 そして置いてあった地図をバッグに仕舞う。


「フェリスも必要最低限の物はリュックサックからバッグに移しておけよ。リュックサックは邪魔になるから宿に置いとくといいぞ」

「わかったん。ぬいぐるみだけ入れとくん」

「そうしとけ。そろそろ神殿行くか」

「行くのん」


 俺とフェリスは必要な物をバッグに入れ部屋を出た。

 そしてまーちゃんを迎えに行く――リンゴジュースを飲んで少しでもニンニク臭さが収まってればいいのだが……

 食堂に着いた時、まーちゃんは椅子に座っていた。

 俺は近づき「神殿に行くぞ」と言うがまーちゃんは何故かふらふらと頭を揺らしている。

 何か変な物を飲んだのかと俺は一瞬不安になるが、その気持ちはすぐに怒りに変わった。

 なぜならまーちゃんの口からはニンニクの臭いは多少ましになったものの違う臭いが俺の鼻腔を刺激したからだ。


「お前――アルコール飲んだな?」

「飲んでまひぇんよ?」

「お前の口から漂うリンゴとアルコールの臭いはなんだ?」

「あれぇ~おっかしいな~」

「おかしいのはお前の頭だ!」


 俺は拳に力を入れまーちゃんの頭頂部に叩きつける。


「なにしゅるんだ! 戦争ら!」

「もういい。まーちゃんを一人にした俺が馬鹿だった。とにかく神殿に行くぞ」

「ほへ? 神殿? なんででふゅか?」

「お前何しに異世界来たんだよ」

「あ~……飯――」

「飯食いにじゃないからな?」

「この人、ゆーくん並みにひどいん」


 俺ってこんな風に見られてたのかと絶望しそうになるが今は神殿に行く事に集中しよう。

 もうまーちゃんは無理やり連れていくしかないと思い両脇に腕を回し無理やり立たせる。

 そして腕をガッチリと掴み、まーちゃんの武器である杖をフェリスに持たせ、無理やり神殿まで引いていく。

 振り向かなくてもまーちゃんがふらふらしているのが手に伝わってくる。

 神殿内部に到着すると、中央には女性の大きな像が立っていた。

 一体何の神様なんだろうか? そんな事を思いつつその像の前に五つほど列が並んでいるのが見え、俺達も並ぶ。

 並んでいる最中、周りから少し稀有の目で見られる……当り前だ。

 神殿とは神聖な場所……つまり飲酒なんて言語道断、祝い事を除けば普通は神殿で用事を済ませた後に飲むべきだ。

 それなのに俺の腕の先にいる女はそんな事もお構いなしに飲んでしまっていて、今もなお口からアルコールの臭いを放っているからだ。


「ゆーくん、うち魔法使いの免許取れるん?」

「取れるんじゃないかな」

「ゆーくんはやっぱり勇者なん?」

「まぁ……な。でも普通の戦士の方が本当はありがたいかもしれない」

「何でなん?」

「元の世界で十分勇者は堪能したからな。普通の戦士の方が憧れるよ」

「そうなん」


 フェリスとの会話を楽しんでいると俺達の順番が来た。

 受付の人が俺とフェリスを見た後、まーちゃんを見て怪訝そうな顔をしているのが見て取れる。


「それではこちらに来て一人ずつこの水晶に手をかざしてください」


 俺はまーちゃんを持つ手とは逆の手を水晶に差し出す。

 受付の人がすぐさま紙に何か書いている。

 そしてこちらにその用紙を手渡してきた。

 俺は片手でその用紙を受け取りもう片方の手――まーちゃんの腕を水晶にかざす。

 貰った用紙にざっと目を通すと、そこに書かれていたのは要約すると「勇者適正あり」という物であった――実際にはもう勇者なんだが……。


「おめでとうございます。この女性は魔王適正ありです」


 受付の人が怪訝そうな顔から祝福の色に変わっていた。


「魔王だとめでたいのか? 勇者の方が世界にとってはめでたいんじゃないのか?」

「何を言ってるんですか。魔王だと爵位に領地付きで王国等に保護されますよ」

「爵位に領地付き――ね」


 爵位に領地付き――まさに昔の俺だ。

 神から神託を受け、体や心を鍛えつつ仲間を集める――

 その間はまさにそのような待遇だった。

 だが、なぜ魔王がそのような待遇を貰えるのだろう? 受付の人のちょっとした冗談かな? そんな事を考えていると受付の人がフェリスの事について俺に聞いてくる。


「このお嬢さんは成人していませんが適正を調べますか?」

「成人じゃないと調べられないのか?」

「いえ――普通は成人してからなのですが……」

「なぜ成人してからなんですか?」

「ああ……田舎から来た人ですね? なら仕方ありませんね。成人するまでは体や心の成長期間であり、成人した後の方がランクが高いんですよ。なのでお嬢さんが今適性を受けても恐らくCランクからのスタートになるかと……」

「なるほど。でも面倒だから今やってほしい」

「畏まりました」


 俺は率直な意見を述べた。

 一度街に下りた後、またここにくるのは面倒だ。

 それにフェリスは爺さんに幼少期から鍛えられてるので<転移テレポート>程度は使えるかもしれない。

 もしできなくてもまーちゃんが<転移テレポート>を覚えているはずだ。

 だが神殿の横の建物――スキルや技を覚えるための列を見た後だと一度に済ませる方が楽だろう。

 そんな事を頭の中で考えているとフェリスが紙を見せてくる。


「やったのん! これでゆーくんの役に立てるのん!」

「おお、魔法使いか? もしかして上位のマジックキャスターだったりしてな」


 俺は紙を受け取り確認する。

 爺さんも一応は王国の賢者とまで言われた魔法使いだ。

 その爺さんに小さい頃から鍛えられてるフェリスは魔法使い……いや、その上位のキャスター。

 もしかすると最上位にあたるマジックキャスターかもしれない――

 ざっと目を通すとそこには俺と同じ「勇者適正あり」と書かれていた。

 ――やはり母親の血が強かったのか?


「すいません。この子の適正間違ってませんか? 「魔法使いの適正」ではなく「勇者の適正あり」になってるんですが――」

「合っていますよ? むしろ「魔法使いの適正」ってなんですか?」


 何か話がかみ合っていない――そんな顔を俺がしたのだろうか、受付の人が何かに気付き後ろから用紙を取り出し渡してくる。

 それに目を通すと「勇者と魔王の適正検査について」と書かれていた。


「あの――勇者は神に選ばれた人間じゃ?」

「田舎の人でたまにいるんですよね、絵本なんかを真に受けちゃう人が。ここ数百年で貴族から農民、人以外の種族ですら勇者になれますよ。親御さんも農民か何かでしょ? たぶん勇者――冒険者として生計を立てれなかった事が恥ずかしくて言えなかったんでしょう」


 なるほど。この世界では勇者と冒険者は同列なのか……。

 そして神殿の横の建物で見たあの行列は、ほとんどが勇者なのか……。

 神からの神託なんて所詮こんなもんだ――

 そこにたまたま歩いている人がいて「あなたは勇者です」的な何かで俺も勇者になったのだろうか?

 そんな事を考えていると受付から突き刺さるような視線を感じた。

 後ろを向くとまだ列が蛇のように伸びている――


「この後は魔王は私の右後ろの扉を、勇者は左後ろの扉に進んで下さい。適性に合ったランクを見て貰えますので――」


 なんだかなぁ……農民ですら勇者になれる世界で俺は本当に必要か? と考えつつ勇者のランクを見てもらう扉の方をチラリと見るが結構な数がいた。

 俺は酔っぱらってふらふらとしているまーちゃんの手を引き先に魔王のランクを見て貰う事にする。

 扉を開けると小さい女の子――フェリスと同じくらいの身長の女の子がいた。


「すいません。こいつ――この酔っぱらいの魔王のランクを見てもらいに来ました」

「わかっただ。さっさとこっちに連れてきて水晶の上に手をのせるんだべ」


 俺はまーちゃんの腕をグイと引っ張り水晶の元へと連れていき手をかざさせる。


「おぬしらは勇者だんべか?」

「ええ、こいつだけ魔王です」

「ほいほい――」


 少女は自分の身長より長い青い髪をゆらゆらと揺らしながら何かを書いている。

 そして水晶から何かを取り出す。

 よく見るとそれはカードだ。


「ほい。ロキどんから聞いた通りの穀潰しっぷりで安心したべ」

「ロキ? 誰それ」

「ん? おぬしらは小さい神様から送られてきた勇者一行だべ?」

「ああ――あの小さい神様はロキって名前だったんだ」

「名前も知らず言う事を聞いていただか?」

「色々と事情がありまして……」


 俺は青い髪の少女からカードを受け取る。

 そこには名前――魔王と書かれていた。

 名前忘れたからってこんなのでいいのか? と疑問が湧く。


「ランクはSSS――つまりは神話級の魔王だんべ。でも知能が残念というかなんというか……」

「それはもう諦めています」

「まぁあとはスキルと技を覚えて「最強の魔王」の討伐がんばってくるんだべ」

「できればいいですけどね……討伐」


 当初の目的をすっかり忘れていた俺は適当な相槌を打つ。

 その後は青い髪の少女に一礼し部屋を出る。

 まーちゃんを神殿の中にあった適当なベンチに腰をかけさせ、受付の人に水を貰いそれを渡す。


「俺達は勇者のランクを鑑定してもらいに行くからここで座って休んどけよ」

「あ~了解でっす!」


 ビシッと片手を頭に上げて返事をするが本当にまーちゃんはわかっているのか? そんな疑問を残し俺とフェリスは勇者のランクを鑑定してもらうために部屋の前で並ぶ。

 魔王の時とは別で勇者の方は結構な人数がいる。本当に俺は必要なのだろうか――

 俺達の出番が来て部屋の中に入る。

 眼鏡をかけた男の人が水晶の後ろで鎮座していた。


「早くしなさい。順番がつかえている」


 その言葉に俺とフェリスは早歩きで水晶手前まで行く。

 確かに受付でも俺達は時間を取り過ぎだ――他人に迷惑がかかる事はあまりよくない。

 先に手をかざしたのはフェリスだ。


「ふむ――Bランクだね、おめでとう。小さいのにこれは将来有望な勇者になりそうだ」

「やったのん! さすがうちなのん! ゆーくんのお嫁さんになるのん」

「おーその気持ちを忘れず俺を将来養ってくれ」

「任せるのん」


 フンと鼻息を荒らすフェリスに眼鏡の男性がカードを差し出す。

 やはりそこには名前等が書かれていた。

 これが勇者免許というやつか……。


「次、どうぞ」


 言葉に促され俺は手を水晶にかざす。

 すると男性は平坦な表情から驚愕の表情に変わる。


「S――SSSランクです。故障でしょうか……」

「それはすごいのか?」

「すごいも何も神話級ですよ! 世界に十人もいませんよ! 普通はCやBから始まってAまで行ければ御の字、そこからは功績などから冒険者組合と相談し選ばれた者のみがなれるSランクの英雄級、SSランクの伝説級、さらには世界の命運を左右する時にしか動員されないSSSランクの神話級となるのです。いきなりSSS級というのは――やはり水晶が故障しているようです。すぐ代わりの水晶を……」

「やっぱりゆーくんすごいのん! すごいのん!」


 信じてくれたのは横にいる鼻息荒い小動物だけのようだ。

 男性が代わりの水晶を持ってきて再鑑定するが結果は変わなかった。

 まーちゃんも神話級なんだから俺もきっとそれくらいなのだろう……。


「と、とにかくこれを――」


 汗をびっしょりとかいた男性が水晶からカードを取り出し俺に渡してくる。

 名前はもちろん勇者だ……せめて昔の名前を書けと言いたい――俺自身も忘れているが――なんせ親からもらった大切な名前だぞ? とブーメランが飛んできそうな事を思う。

 その後男性の驚愕の顔を無視し扉を開け外に出る。




 これで一段落終わったなとため息をついていると、水を飲んで回復したのか顔色の良くなったまーちゃんと目線が合う。

 よく見るとまーちゃんが座っていたベンチの下には見たくもない液体が散乱していた。

 恐らく胃から逆流したのであろう――

 アルコールの臭いから今度は酸っぱい臭いに変わってるんだろうなぁ……と思いつつ近寄ってくるまーちゃんを見つめる。


「さぁ! 次はスキルと技ね――まぁ私はすでに多種多様な技を覚えているからいらないけど!」

「そうだな……俺も必要最低限は覚えているしな」

「うちもいらないのん! 爺ちゃんから色々教えてもらったのん! あとこの人臭いのん!」


 そんな事を言いながら俺達は神殿の横の建物へ戻る。

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