第2話 外の世界

 魔王がゆっくりと扉を開く――

 その先に見えたのは多数の人間や魔族だ。

 四百年前とは随分と恰好が違う事に気付く。


「なぁまーちゃん……あいつら何? お前の親戚か何かか?」

「そんな訳あるか! むしろゆーくんの仲間の子孫じゃないの?」


 確かにその線はあるだろう。

 しかし、もし仮に仲間の子孫であったとしてなぜ今頃魔王城の前を徘徊してるのか俺には理解できなかった。

 ちなみに「まーちゃん」とは魔王の事で、俺が魔王の長ったらしい名前を呼ぶのを嫌って勝手に呼んでいる。

 そして魔王もそれに対抗してか俺を「ゆーくん」と呼んでいて、そのせいもあり俺も魔王も自分の名前なんてどうでもよくなり忘れてしまった。

 そんな事はさておき目の前の集団の先頭に立っている女が気になる……。

 手をこれ見よがしに魔王城に向け一団になにやら説明しているのだ。

 俺は意を決してその女に話しかける事を決意する。

 ゆっくりと警戒されないように女の斜め背後まで移動する。


「あの……すいません」

「はい? なんでしょうか?」

「ここで何をなさってるんでしょうか」

「え? かの有名な勇者と魔王が戦った魔王城ツアーですけど」


 俺は絶句した……。

 俺達が魔王城で死闘――という名の堕落生活――を送っている間に魔王城はすっかり観光名所になっていたのだ。

 それを扉の後ろに身体を隠し頭だけ出している情けない魔王にも伝えに行く。

 意味がわからない! と憤怒を露わにする魔王を他所に俺はこれからどうしたものかと考える。

 まずはセバスが渡してくれた地図に載っている元仲間の所へ行くべきだろう。

 一人だけ魔法で延命して、まだ生きていると言うのだ。

 憤怒に身を焦がしている魔王に一言だけ告げる。


「ちょっと仲間の所まで行って来るわ」

「は? 待ちなさいよ。ちょ――」


 俺は魔王の言葉を受け流しその地図を眺めながら歩く。

 意外と近い……というより魔王城の丘を降りて数百メートルという近場だ。

 四百年前までそこには魔族の都市があったのだが一体どういう事だろう?

 そんな事を考えつつ丘を降りると街並みが異様だった。

 天空にそびえ立つ異様な建物が多数。何かの魔法が施されているのかチカチカと光っている建物も多数。本当に様々だ。

 そして何より異様だったのは人間も魔族もまるで友人知人に対する様に仲がいいのだ。

 一体全体……四百年前にあれほど争っていたのに何故? という思いが俺の心を貫く。




 そんな光景を幾度見ただろうか――いつの間にか俺は元仲間の家に到着していた。

 その家というにはあまりにも立派なレンガ作りの二階建てで、横幅にして五十メートルはあるだろう庭付き豪邸に驚愕する。

 俺と別れた後、魔法使いの爺さんがどれ程の報酬を王国から頂いたのだろうと考え込む。


「そ……そこにいるのはまさか――勇者様?」


 聞き覚えのある声だ。

 そう、昔よくこの声で怒鳴られたっけ――


「お……おう、久しぶり」


 頭ではもっといろいろと考えていたのに、言葉に出そうとすると頭の中が真っ白になりいい言葉が出てこない。

 これが自堕落な生活をした結果なのか? いや魔王やセバスとはちゃんと話せていた。

 恐らくは懐かしすぎて思考回路が追い付いていないのだろう……。


「ゆ……勇者……勇者様ぁぁ」


 魔法使いの爺さんが泣きながら俺に抱きついてくる。

 美女ならまだいいが正直爺さんは勘弁してほしい。


「とっとと離れろ、爺さん」


 俺に泣きつく爺さんを引き剥がし、とにかく落ち着かせる。

 こいつこんなに涙もろかったっけ? 四百年ぶりだからか? 

 泣き止んだ爺さんは俺を家――というより屋敷に招待してくれた。

 そしてこの四百年で何があったかを聞いた。

 簡単に言うと俺と別れた後、王国に戻ると神殿の人間達は神からのお告げで魔族と協定を結べと言われたそうだ。

 普通ならそんな提案飲めるはずがない――

 しかし神殿の権力というのは圧倒的で王国も無下にはできなかったらしい。

 なにより魔族側にも神のお告げとやらがあったのだとか。

 魔族の神も人間の神も同じ神なのだろうかという疑問は残るものの平和協定が結ばれ、そこからの技術進歩はすごかったと力説された。

 魔族が新しい物を開発すると人間も負けじと開発をしそれを幾度となく繰り返しその内に魔族も人間も訳隔たり無く暮らせるようになったのだとか……。


「それで? 爺さん以外はどうなったんだ?」

「みんなは……もう――」


 予想通りの答えだ。

 聞かなくてもわかる。

 魔王城にいた「セバス」でさえ代替わりしているのだから――ただ名前を呼ぶのが面倒という事で俺も魔王もセバスが年を取り息子の代になっても「セバス」と呼んでいたのだ。

 そしてその孫もその次の孫も同じ「セバス」と呼んでいた。


「その……なんだ。他の仲間に子孫とかいるのか?」


 俺は恐る恐る聞く。

 なぜなら俺は一緒に同行していた聖職者であるプリーストの女と魔王を倒したら結婚をしようと誓いを立てていたからだ。

 直接プリーストはどうなった? とは聞きづらい。


「ええ……みんな子孫を残してますぞ」

「そうか――」


 俺は複雑な心境を抱く……。

 プリーストが幸せなら――それなら仕方ない。

 そんな気持ちはすぐ打ち砕かれる事になる。


「特にプリーストは勇者様と別れて一月もしないうちに中年の腹が出た金持ち貴族と結婚して子宝に恵まれていましたぞ」

「は?」

「仲間の間では一番早く結婚し子供も一番多く産みましたな」

「いやいや……ちょっと待ってくれ、俺とあの女は結婚の約束までしてたんだぞ?」

「ええ……王国に戻り最初は泣いていたものの十日ほどしたら姿を現し「神からお告げがあった。勇者様と魔王が仲良くやってる。もう後ろは振り返らない」とか何とか言ってましたな」

「振り返れよ! 後ろ振り返れよ! 十日とかまだ戦ってる真っ最中じゃん! なんで?」

「なんでとわしに聞かれましてものぉ」


 はてと斜め上を向きながら顎から垂れ下がる長い白髭をいじくっている元仲間を見て俺はぶん殴りたい気持ちを必死に堪える。


「しかも一月もしないうちに結婚とか……お前達は反対しなかったのか? 俺とあの女の仲を薄々知っていただろ?」

「しかし神からのお告げならば仕方ないかと」


 ならお前は神から死ねと言われたら死ぬのかよ、と俺は心の中でつっこむ。


「もう聖職者じゃなくて性職者じゃねぇか」

「さっすが勇者様! うまい事を言いなさるのぉ」


 ふぉふぉふぉと笑う元仲間にとうとう俺は怒りの頂点に達しテーブルをドンと両手で殴る。

 俺の頬に熱い水滴が滴る――悔しくなんかない。悔しくなんか……。


「ゆ……勇者様? どこかお体でも悪いのですかな?」

「ああ……お前達には苦労をかけたと思ってな」

「いえいえ、王国に戻った後は多額の報奨金も出てウハウハでしたぞ」

「は?」


 俺は耳を疑った。

 こいつは何を言っているんだろうと元仲間の顔を除く。

 その顔には昔を懐かしみ幸せそうな顔をした爺さんがそこにいた――

 薄々は理解していた……こんな豪邸に住んでいるのだ。

 王国からの報奨金がどれほどか想像に難くない。


「あのさ。つかぬ事を聞くが――」

「何ですかな?」

「王国で兵を再編して俺の救援に来ようとは思わなかったのか?」

「神からのお告げで「手出し無用」と」


 だめだこいつら――どうしようもない。

 俺の元仲間はどうやらダメな子達だったらしい。

 神様が白と言えば白に、黒といえば黒になるのだろう。

 そんな奴らと夢を語り合い、共に冒険をし魔王をあと一歩まで追いつめていたのかと思うと背筋が凍るような気分になる。

 俺があの小さな神様の提案を飲んだのは魔王との力が拮抗していたためだ……。

 なのにこいつらはどうだ? 戦争終結のために俺を神の供物として捧げたのではないか?


「ところで勇者様」

「ん?」

「これからのご予定は?」

「いや……魔王との戦いも終わったし、どうしようかと思っているところだ」

「ならばこの家に住むとよろしい。そのためにわしは王国からこの地に引っ越してきたのじゃ」

「お前――俺の為に魔法を使ってまで延命を?」

「いえ、家族と過ごしたいからですじゃ」

「あ、そう」


 少し感動した俺が馬鹿だった……。

 だが寝床は必要だ。

 魔王との戦いも終わった手前、魔王城にまた戻るのも理由が必要でセバスなら色々と察してはくれるだろうが、その優しさが時としてつらい事もある。


「当分ここで厄介になってもいいか?」

「もちろんですじゃ! 今日は宴を開きますぞ! 宴会ですじゃ~」


 陽気に立ち上がり俺の周りを踊る爺さんは昔のままの爺さんだった。

 唯一それだけが俺にとっては救いだった。

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