第3話 現実

 元仲間の魔法使いの爺さんと再会を果たし、その屋敷に厄介になってから一年ほど経った。

 その間に四百年という長いブランクを色々と埋めるのに俺は必死だった。


「なにしてるん?」

「おお、フェリスか。今面接のための本を読んでいたところだ」


 俺は元仲間の家の二階にある余っている部屋を自由に使ってもいいという厚意に甘え、仕事なるものを探していた。

 だが、それがなかなか進歩がない――


「また面接落ちたん?」

「――まぁな」

「ゆーくん穀潰しなん?」

「――誰が言った?」

「かーちゃん」

「――そっか」


 俺が今話してるこの小動物みたいな少女は魔道学校の中等部で爺さんの孫の孫のそのまた孫の……まぁあれだ、子孫だ。

 名前はフェリス。

 空の様に青い短髪、そして澄んだ海のような青い瞳を持つ女の子だ。

 人見知りが激しく中等部でもいじめられてるとかなんとか――俺には関係ないのでどうでもいい――は俺がここにきて半年ほど経った頃には何故か懐いて勝手に俺の部屋に入ってきてベッドで寝ている俺の腹の上に乗ってくる。

 そして世間話的な事やフェリスの母親がぼやいている事を俺に言ってくるのだ。

 情報は色々と大切だと爺さんは教えなかったのかと思ったが実際この家での俺の評判の落ち具合を知らせるアラーム代わりになっている。

 朝にはちゃんと俺の腹に乗り起こしてくれる。

 それと同時に情報も持ってきてくれるとはなかなかに使える奴だ。

 俺は上にある時計に首を伸ばし目線を移す。


「そろそろ八時か――フェリスも今日は学校だろ? そろそろ行くぞ」


 「学校」という言葉にフェリスは暗い顔になるが俺の知った事ではない。

 腹の上からフェリスを下ろし俺も準備をする。


「ほら、着替えるから外に出てな」


 俺の言葉に「うん」と頷きフェリスは渋々出ていく。

 その後はいつものお決まりのスーツを着て鞄を持つ。

 そして一階にある食堂に向かう。




 一階に着くといい匂いが漂ってくる――

 「今日は魚と御飯、それに味噌汁かな」なんてぼやいてみるが俺には関係ない。

 食堂に着くとフェリスや爺さん、その他の家族が朝食を食べているが、俺の席はそこには無い。

 ここに来た当初こそ歓迎はされたものの、半年たった頃には食事はカップラーメンとやらを出される程になった。

 爺さんは俺を庇護してくれてはいるが、フェリスの母親からしたら俺はただの居候でそれ以上でもそれ以下でもない。

 今でも思い出す――夜にトイレに行こうとした時、爺さんの部屋の前でフェリスの母親が「あいついつまでここに居座るの? 早く追い出してよ」と言っていた事を……。

 爺さんにも俺は王国に行って報酬を貰えば普通の生活くらいはできるのではないか? と相談したが爺さんの顔は暗いものだった。

 後で知ったのだが、王国はすでに解体されており俺に出る報酬なんてものはなかったのだ。

 仕方がないので職を探し始めたが、これが至難の業だった。

 なにせ今まで剣しか振るった事がない俺にできる仕事はほとんどなかったのだ。

 そんな事を考えつつ俺はいつも通り置かれたカップラーメンに手を伸ばす。

 「毎日同じ味だと飽きる」と相談したのだが母親には文句と取られたようで「塩」「カレー」「ノーマル」と書かれた三種類を渡され「これでいいでしょ」と言われてしまった。


「今日の朝はこっとりとカレーだな」


 俺は誰に言うでもなくボソリと呟き湯を沸かす。

 後ろでは爺さんの家族のはしゃぐ声が聞こえる。非常に居心地が悪い……。

 ふつふつと湯が沸き立ち、それを確認した俺はカップラーメンに注ぎ庭に出る。

 もちろん俺の席なんてないからだ。

 そんな中フェリスが俺の横に座り込む。


「カレーうまいん?」

「ああ、最高だぜ」


 もちろん嘘だ――

 半年間「塩」「カレー」「ノーマル」と食べ続けている俺からしたらすでに飽き飽きしている。


「お前学校あるだろ。早く行った方がいいんじゃないのか?」


 フェリスはふるふると横に首を振る。

 俺は「そうか」とだけ言いカップラーメンの麺を食べ尽くす。


「学校楽しいか?」

「全然」


 わかっていた返答がすぐに帰ってくる。

 それを聞きながらカップラーメンに残った汁を飲み干す。


「それじゃ行くか」

「うん」


 朝食を食べ終わった俺はゴミ箱にゴミをほり、フェリスの母親と爺さんに軽く一礼して外に出る。

 後ろを向くとトコトコとフェリスがついてくる。

 俺はいつも通り片手をそっと出すとフェリスがその片手をガシリと掴んでくる。


「今日も途中までだぞ」

「わかってるん」


 いつもの日常だ。

 その後は中等部の途中までフェリスを引率して別れた後は街中をぶらぶらする。

 今日の面接は十一時からだ。まだ時間は余っている……。

 途中コンビニ――最初は自動でドアが開くものでなにかのトラップかとも思っていたが――に寄り雑誌や求人広告を読む。




 一時間ほど滞在し店員の目から「いつまでいるんだ」というオーラを察知した頃にコーヒーを一本レジへと持っていく。

 滞在した対価だ。安くても対価は対価だ――

 俺は胸を張り店を出る。

 面接の時間をもう一度確認し今から受ける会社に向かう。

 十分前――いや交通や道がわからない等を考慮し、三十分は早く到着しておきたい。




 俺は迷う事もなく今日受ける会社に到着した。

 ダンジョンでも正解の道のみを選び「ダンジョン泣かせ」と元仲間に言われた事を思い出す。

 せめて面接十五分前になるまで会社の前で空を仰ぐ。

 そして時間を見計らい受付で面接会場を聞きゆっくりと面接に挑む。




 もう何回受けただろうか? 面接というのは面倒だ。

 よく聞かれる一番候補は「今まで何してたんですか?」だ。

 返答は一つしかない――「魔王と戦ってました」だ。

 その度に俺は面接官に鼻で笑われる。

 そして次にこう言われる「資格などは持ってるのでしょうか?」

 当然、履歴書にも書いた通り「ありません」しか答えられない。

 そうすると面接官の顔が侮蔑に変わる。

 トドメの一撃も知っている――「特技なんかはありますか?」だ。

 それに対しては色々とあるが一番好印象なのが「聖剣を扱えます」だった。

 恐らく何かのプログラミングのソフトかなにかと勘違いしているのだろう。

 実際には物理的な聖剣の扱いなのだが勘違いさせといても問題はないだろう。




 今日も面接という苦行が終わった。

 会社に来た時はまるで魔王城に行った時の様に胃がキリキリ悲鳴をあげていたが面接が終わるとそれも落ち着く。

 しかしながら帰るには時間が早すぎだ。

 もし早くに帰ってもフェリスの母親に「また家でゴロゴロしてるよ」などと陰口を言われてしまう。

 帰り道、いつも立ち寄るパチンコ屋に足を運ぶ。

 ここで勇者の特権である「他人より運がいい」という特技を生かす。

 席に座り三千円程で大当たりの確定音が鳴る。

 最初はドラゴンの悲鳴かとも思ったが慣れると大した事はない。

 ある程度箱を積み、換金額を計算し席を立つ。


「そろそろ帰るか」


 店員を呼びレジで煙草を一カートンと景品に交換してもらう。

 ついでにお菓子をもらいポケットへしまう。

 店の裏にある古物商まで景品を持っていき現金に変える。

 これがここ最近の日常だ――

 片手には鞄を持ち反対には煙草を一カートン持つ。そして帰路につく……。

 余談だが休日等には少し遠出してカジノに行き、日銭も稼いでいる。

 帰り道、見慣れた女性が目の前で信号待ちをしている。

 俺は鞄から三十センチ定規を取り出す。

 かつて勇者と呼ばれたからにはやっておかないといけない気持ちに駆られたのだ。


「でたな! 魔王、今日こそ決着をつける!」


 女性はクルリと身を翻し「待ってました」と言わんばかりに返事をする。


「ハハッ! 言うではないか勇者風情が!」


 だが、声が大きすぎたのかすぐに横の弁当屋のオヤジ定員から怒号が飛ぶ。


「うるせぇ! 店の前で変な事してんじゃねぇ!」

「「ひぅ、すいません」」

 

 俺達はすぐさま謝る。

 これが現実だ――

 もう勇者も魔王もただの凡人なのだ。

 俺とまーちゃんはいつも立ち寄る公園へと歩みを進める。




 公園に着くや否やお互いの定位置に駆けていく。

 俺は地面から生えたバネの上にかわいらしいパンダが乗っている子供用玩具に、そしてまーちゃんは滑り台に上る。

 まーちゃんとは魔王城で別れてから半年後にこの公園で再会を果たした。

 聞けば魔王城は国に強制執行で押収され観光の名所となったようだ。

 今はセバスの家族の元で厄介になっているらしい。

 俺の状況と似たり寄ったりという訳だ――

 魔王城の宝はどうしたと聞いたら「セバスにやった」と言っていた。

 今まで世話になった分を返したのだろう。

 それからは暗黙の了解で夕方にはここに集まっている。

 謂わば「今の時代における俺達の今後について」の会議だ。

 雑談や愚痴を言いながらお互いの近況を報告していく。


「どうだったの? 面接」

「――お前は?」


 俺もまーちゃんもわかっている。不合格だと……。

 ポケットからさっき貰ったお菓子を取り出しまーちゃんに投げる。

 「待ってました」と言わんばかりにそのお菓子をキャッチし、目にもとまらぬ速さでお菓子を胃袋に納める。

 そんなに美味そうに食べるならコンビニで何か買ってこればよかったかなとも思ったが甘やかすと図に乗るので言わないでおく。


「これからどうするよ?」

「そっちこそどうするのよ」


 平行線だ。

 というよりも何も浮かばない――という方が正しい。


「まーちゃん今日警備員の面接じゃなかったのか?」

「<火球ファイアボール>撃ったら怒られたわ。ゆーくんこそ、この前に警備員の面接受けてたんじゃないの?」

「気合入れて聖剣で勇者スラッシュかましたら机が真っ二つになって怒られた」

「馬鹿ね。さすがはゆーくん」

「お前も人の事言えないが?」


 沈黙がその場を包む。

 カラスの鳴き声が響き渡りどこかの家庭で焼き肉をしているのか肉を焼くいい匂いが漂ってくる。

 その匂いに俺の胃袋が反応し、「キュウ」とかわいらしい音が腹から鳴る。


「そろそろ帰るか」

「そうね、帰りましょうか」


 会議という名の雑談をやり終え帰路に就こうとした時、またも俺とまーちゃんの間に一瞬光が満ち溢れる。俺はこの光に見覚えがあった――

 そして光の中に立っていたのは、やはりと言うべきか小さな神様だ。

 四百年前と同じ登場の仕方だ。


「やぁ、元気にしてるかね? 二人とも」

「この野郎、俺達を騙しやがって!」

「そうよ! 騙しやがって! 土下座しろ! どーげーざー!」

「何を言ってるのかな? 僕は騙してなんかいないじゃないか。こんなにも平和な世界が出来上がったんだ。感謝してほしいくらいだよ」

「神様だからって何をしてもいいのか!」

「そうよ! だから土下座して! どーげーざー!」

「僕は少し人間と魔族の間を取り持ったに過ぎないよ。この世界を望んだのは人間と魔族の両者だよ」

「ふざけるな! 俺は散々な目に遭ってるんだぞ!」

「そうよ! せめて土下座して! どーげーざー!」

「ちょっとまーちゃん黙れ」


 俺は小さな神様の後ろでガヤガヤ騒いでいるまーちゃんを黙らせようとするが土下座コールを止めようとしない。


「安心して。今日は君達にいい話を持って来たんだ」

「また騙す気だろ?」

「騙すなんて人聞きが悪い。本当にいい話なんだよ」


 いい話には必ず裏がある。それは今も昔も変わらない。

 しかし聞くだけなら――という条件で話を進める。

 その間もまーちゃんはずっと土下座コールをしている。


「ここでの君達の使命はほぼ終わった。君達も気付いてるよね? そこでこことは別の世界――異世界で最強の魔王が誕生しようとしてるんだ。その世界に行ってその最強の魔王を倒してほしいんだ」

「意味がわからんな。なぜ俺がそんな面倒な事をしなけりゃならん」

「君、一応は勇者でしょ?」

「一応ではなく今も現役の勇者だ」

「だからこそ君の力と君の持っている聖剣で最強の魔王から世界を救ってほしいんだ」

「面倒くさい。この上なく面倒くさい」

「いいのかな? このままカップラーメン地獄のままで――」

「ぐ……」


 この小さい神様は俺の痛い所を的確に突いてくるな。

 確かにこのままじゃいつまでたってもカップラーメン地獄だ。

 それに家の中ではいつまでも邪魔者扱いのまま……。俺は想像しブルリと体を震わせる。

 しかしまだ就職さえすれば――可能性は限りなく低いが――まだ面目は保たれる。


「駄目だ。お前は信用できない」

「えー、ゆーくん行かないの? 私は行ってもいいけど……」


 俺が喋ってるときに横槍を入れてくるなとまーちゃんに言いかけたが、どうせこいつは聞く耳を持たないだろう。


「ほらほら、魔王は行くってさ。あとは勇者だけだよ?」

「俺は……駄目だ! 行かない」


 この小さな神様の手の上で踊るのはもう二度と御免だ。


「わかった。でも一晩考えてほしい。一応明日のお昼にここで待ってるから気が変わったら来てほしい」

「行くもんか! 絶対にな」

「ゆーくんが行かないなら私も行かないかな~。でも明日はお昼空いてるから公園には来るよ」


 お前はいつでも空いてるだろと言いかけたがそれは俺も同じだったので言わないでおく。

 その後、俺は「じゃあな」とまーちゃんと小さな神様に言い残し爺さんの屋敷へと帰路につく。




 屋敷に帰って来た時にはどっと疲れを感じ、すぐにでも風呂に入って眠りたい欲求に駆られる。

 だが無職である俺が風呂に先に入れるわけはなく一番最後だ。

 しかも爺さん一家はまだ食事の最中で騒がしい。

 俺はふぅとため息をつき部屋で晩飯を食うか……と思いカップラーメンを探すがいつも置いてある場所にそれは見当たらない。

 何故? と疑問に思っていると後ろから声が掛かる。

 俺は重たい体を後ろに向ける。


「あんたの晩飯――というよりこれからの食事はこれだよ」


 フェリスの母親が無造作に俺の足元に何かを投げ落とす。

 俺はじっとその物体を見て数秒後に理解する。

 そこに書かれていた文字は「ドッグフード」だった。

 爺さんの方に目をやると爺さんはすぐさま下を向く。

 俺はそれを胸元に抱え込み自分の部屋に戻る。




 扉を閉め電気は点けずベッドにそっと腰を下ろす。

 そして胸元にあるドッグフードを開ける。

 四百年前なら野宿して食料がない時にはそこらに生えている草なども煮て食べたものだ。

 ドックフードくらいで俺の心は折れはしない――むしろ味がついているだけマシな方だ。

 ボリボリとドッグフードを食べていると大きな音と共に扉が開く。

 そして小動物のようなフェリスが俺の腹目がけて突っ込んでくる。

 突っ込んで来たフェリスを俺はドッグフードで受け止める。


「何食べてるん?」

「――ドッグフード」

「おいしいん?」

「まぁ――美味しい」

「ゆーくん人生終わってるん?」

「――誰が言った?」

「かーちゃん」

「――そっか」


 俺は自分の頬に熱い水滴が落ちるのを感じた。

 そして心の中で強く。そう、強く思った。


 ――異世界に行こう。

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