世界のために戦った勇者と魔王は転移した世界ではのんびりと暮らしたい!

@Dingo0221

第一章 旅立ち

第1話 プロローグ

「でたな! 魔王、今日こそ決着をつける!」

「ハハッ! 言うではないか勇者風情が!」

「うるせぇ! 店の前で変な事してんじゃねぇ!」

「「ひぅ、すいません」」


 俺と魔王はまるで息の合った夫婦の如く同時に店員へと土下座をする。


 俺の名前は勇者……ではない。

 すでに名前を忘れるほど魔王と戦ってきた。

 実に四百年という長きに渡り魔王と戦い続けたのだ。

 昔の名前など覚えていない――

 そんな俺が魔王と対峙し、戦おうとするといつもどこからともなく罵声が飛ぶ……「うるさい」と。

 なぜこんな世界になったのか? 簡単な事だ。


 もう世界に勇者も魔王も必要ないのだ――


 なぜこんな事になったのか? そう、あれは四百年前の事だ――




「よくぞここまで来たな! 勇者よ」

「世界を混乱に陥れる魔王! 貴様だけは許さん!」


 俺はパーティーを離脱し、たった一人で魔王と対峙していた。

 仲間がいると戦闘は有利に運ぶが、全力を出す時は別だ。

 そのため魔王城最深部には一人で行く事を決心した。

 当然仲間は反対したがそれを振り切って一人で来た――後悔なんてものはない。

 なぜならそれが俺――勇者に課せられた使命だからだ。

 しかし誤算は魔王が女だった事だ。

 それも今まで見た事もない絶世の美女だった――

 戦闘には似合わない長いツインテールの美しい金髪――まるで傷んでおらず毎日しっかりと洗っているのだろう。

 しかも瞳まで金色ときている……黄金から生まれてきたのか? と問いたくなる美貌だ。

 そして極めつけは赤を基調としつつ黒を散りばめた洗練された美しいドレスだ。

 まるで王妃を前にしている気さえおこってくる……。

 そして最後に俺の鼻腔を先程からくすぐっている薔薇のいい香り――戦闘をするというのに香水なんてしやがって……。

 それに比べて俺はどうだ? 戦闘の為に短髪黒髪――目は確かに女プリーストや他の仲間から「紫色の瞳はまるでアメジストみたいで綺麗」と言われた事はある。

 だが、社交界などではあまり声をかけられた事がない。

 いや、恐らく勇者だから声をかけずらかったんだ――うん、きっとそうに違いない。

 そしてなによりここまで来るのに風呂なんか全然入ってない。

 臭いもすでに鼻が慣れてしまっている――なのにこの薔薇の匂いときたら……。

 

「クソッ! 俺はまだ負けてないぞ! 魔王め!」

「何を言っている? 勇者よ」


 一瞬膝を落としかけたが、すぐに持ち直す。

 こんな精神攻撃を仕掛けてくるとは……さすが魔王だ。

 だが、例え絶世の美女であろうと魔王は魔王だ。

 俺は油断しないし、手を抜いたりもしない。

 勇者として世界の命運を握っているのだから――

 そして何より女プリーストとの別れの言葉を心の中で思い出す。


「勇者様、必ず帰ってきて! そしたら私は――あなたと……」

「わかってる。帰ったら必ず幸せにするよ」


 俺は勇者として、そして何より一人の男としてこの戦いに必ず勝って帰らなければならない。

 それからの戦闘は激しかった。

 互いに一歩も引かず、ただ時間だけが流れる。

 どちらが優位を取るのか――睨み合う時間がしばらく続く……。


「やるではないか勇者、賞賛に値する!」

「魔王、貴様もな! だが負けるわけにはいかない、行くぞ!」


 その時だった――俺と魔王の間に一瞬光が満ち溢れる。

 そして俺達の間に立っていたのは小さな子供だった。


「魔王の手下か! クソ!」

「勇者の手下か! 卑怯な――」


 あれ? なんかおかしくない?

 俺はすぐさま聖剣を振るいその子供に斬りかかったため止められない――

 次の瞬間、その子供は俺の斬撃と魔王の魔法を片手でそれぞれ受け止めていた。

 魔王は驚愕の顔をしているが、俺も恐らく同じ顔をしているだろう……。

 そんな中、子供が背中に光を放ち言う。


「戦いはやめよ、私は神だ」


 意味が分からない――こんな子供が神様?

 最初は魔王の手先かとも思ったが魔王の反応や表情を見る限りそうではない事が伺えた。

 もちろん俺の援軍でもなさそうだ。


「もう一度言う、私は神だ。戦いをやめよ」

「「二回も言わなくてもいい」」


 俺と魔王の言葉が同時に飛ぶ。

 神かどうかはさておき、この子供が相当強い事は確かだ。

 なにせ聖剣の一撃を片手で受け止めたのだから……。

 俺と魔王は疲弊しマジックポイントも尽きかけていたため、少し休戦の意味を込めてその小さな神様の言う事を聞く事にした。




 要約すればこうだ。

 「四百年程ここで戦い続けてほしい」と。

 そうすれば世界は人間側にも魔族側にも平和になると言うのだ。

 両者に都合のいい事がある――そんな戯言を飲めるはずがない。

 それに勇者である俺が四百年も生きれるはずがないと言うとその小さな神様は「待ってました」とばかりに提案をしてくる。


 その提案はこうだ。


1.神の力で不老にする

2.勇者と魔王の心臓を入れ替え互いに本気の殺し合いをしない。もし相手を殺した場合は自分が死ぬ

3.四百年の間この城からは一歩たりとも出ない。その間の面倒は魔王側の執事がする


 馬鹿げている――それが俺と魔王の第一声だ。

 しかし小さな神様はこう続ける「人間と魔族にとって理想の世界が訪れるだろう」と。

 そもそも本当に神なのかと問うと「信じてもらうしかない」と背中の翼をパタパタとはためかせる。

 戦闘中は必死で気付かなかったが、信じられない事に神々しさはその小さな神様には備わっていた。

 幾度となく神殿にも行き神を参拝し神の御力を宿し戦い続けてきただろうか? オーラといえば簡単に聞こえるがそれが備わっていたのだ。

 しかし俺は全てを信じる気はなかった。

 だがこのまま魔王と戦い続けても恐らく相打ち――それ以外の結果が見えない……。

 その後の世界が本当にいいものになるのか見れないという未練が俺を駆り立てる。

 そのために戦ってきたのだから仕方のない事だ……。


「わかった、その提案を飲もう」

「仕方ないわね……勇者を倒せないのは残念だけど私もその提案に乗るわ」


 俺は傷だらけの体をさすりながら渋々その条件を了承した。

 恐らく魔王も俺と同じ結論に至ったのだろう……。

 納得しているようには見えないが渋々了解していた。




 それから百年間、俺と魔王は規則正しい生活を送ってきた。

 朝八時に起き魔王側の執事が用意する朝食を食べその後は運動がてら戦闘――本気ではない訓練のようなもの――を繰り返し十二時には昼食、そしてまた戦闘のようなものをし夕方六時には夕食を取る。

 その後は各々の体を休め、風呂もどちらが先に入るかジャンケンで決めて入る。

 そして魔王側の執事に用意された少し豪華な部屋の柔らかなベッドで寝る――という事を繰り返した。




 三百年も経てば自堕落な生活に代わっていた。そして魔王との仲も――

 昼の十二時に起き戦闘という名の訓練を三時間ほどし、そのあとはお互いの夢を語り合ったり魔王城にある書物を読んだりしていた。

 書物も百年あれば読み終わるので魔王の執事「セバス」に頼み、外の世界の本を輸入してもらう事も度々あった。

 こう言っては何だが三百年の間、魔王とその執事であるセバスと暮らすとかつての仲間より親睦を深め魔王とは恋人――は絶対にない。なぜなら魔王も自堕落になり俺によく似ているからだ。

 どちらかというと家族――というより小さな神様からの条件である「お互いの心臓を入れ替える」が作用してか自分の半身のような気持ちさえ抱いている。




 それから異変を感じたのが約束の四百年がたった頃だ――

 魔王城の周りが賑やかなのだ。

 朝昼夕問わず何やら外から騒音が聞こえるようになっていた。

 四百年たった頃に突然、小さな神様が現れて俺達にこう言った。


「世界は無事平和になったよ。外の世界を見て回るといい」


 俺と魔王は互いの顔を見合わせ分厚い扉をどちらが開くかで喧嘩をする。

 なぜなら四百年魔王城に引き籠り自堕落な生活をしたのだ。

 家事も掃除も全てセバス任せ。

 四百年間やってきた事といえば、戦闘という名ばかりのぬるい訓練だけだ。

 あとは書物を相当数読み、無駄に知識が増えた事くらいだろう――

 そんな引き籠りが外に出る扉を素直に開ける事ができるだろうか? 答えは「否」だ。

 扉の先には希望よりも恐怖が勝っている……。

 だがいつまでも開けないという訳にもいかないのでいつものジャンケンで決める。

 勝ったのはもちろん俺だ。

 神殿に通い、神の御業も使いこなせる俺は運がそこらの人間よりもいい。

 神に選ばれるだけはあるのだ。

 もちろんこの話は魔王には内緒である……。なぜなら勝負事で九割ジャンケンで勝っているのが神の御業と知られるとまずいからだ。

 残りの一割は俺の罪悪感からのデキレースで負けてやっている。

 魔王が渋々扉を開ける……。

 俺達にとって四百年ぶりの外の世界で、どんな風に変貌しているかわからない。

 かつての仲間は死んでいるだろう。

 しかしその子孫はどうしているのか? そんな事を考えながら俺は魔王の背中に隠れる。


 いざ外の世界へ――

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