第23話 涙の骨付き肉

『ありがたや……ありがたや……』


 先程のティターニアさんとの遣り取りで目立ち過ぎた。

 ティターニアさんの言うお店に辿り着くまでの道すがら、僕に向かってお爺さん、お婆さんが手を合わせて拝む。


 手を合わせる文化ってこの世界にもあるんだ……とか、考えながら諦観の気持ちで遠くを見ながら歩く。


『おおっ! 歩き姿も様になっておられる!』


『遠くを見詰めておられるのは、きっと我々では知る事の出来ない未来を見据えているからに違いない!』


 なんですか、それは。

 拝むのは勘弁して下さい。

 僕は神様じゃないですから。

 拝むなら本物の神様が居られる神殿で拝んで下さい。


 そんな感じで僕の精神力が削られていく中、ようやく目的地に到着した。

 ティターニアさんが案内してくれたお店はとても繁盛しているようだ。

 外からでも客達の陽気な声と活気が伝わってくる。


 店の扉を潜ると中には規則的に配置されているテーブルの上に所狭しと置かれている料理皿から美味しい匂いが漂ってくる。

 中にはそれって何の肉?と訪ねたくなるような、どこぞのアニメや漫画に登場しそうなでっかい骨付き肉が、これまたでっかい皿の上に鎮座していた。


 僕は物珍しげに店の中を見回す。

 よく考えたら、この異世界に来て初めて訪れた店だ。

 僕も伯父さんの居酒屋を手伝っているのでこういう店には馴染みがある。

 

 伯父さん達、今頃どうしてるかな? 多分、僕の事心配してるよね……


 今まで忙しくて考えられなかったけど、ここに来て日本にいる伯父さん家族の事を思い出してしんみりしてしまう。


 僕が郷愁にちょっとだけ誘われている間にティターニアさんは店の奥――厨房に入っていった。

 どうやら厨房にいる責任者と個室を開けてくれるよう交渉しているようだ。


「この混みようだと個室なんて難しんじゃないか?」


 ランディさんがボヤく。


「それならせめて、会話の邪魔にならない隅の方を開けてもらおう」


 ミハエルさんが妥協案を提案する。

 二人がそんな掛け合いをしていると、厨房の方が急に騒がしくなり、厨房の入り口から恰幅の良い中年男性と数名の男女が僕達――正確にはレッドさんの下に急いでやって来る。


「アーサー様! お久しぶりです!」


「ポメロ料理長ではありませんか!」


 レッドさん達がそのお店の人に会って驚いた。

 サンドリオン帝国の元料理長だという。

 その人は皇帝の不興を買い首になって露頭に迷いそうになったのをレッドさんとレイヤさんが助けたらしい。

 ポメロと呼ばれた彼の後ろにいるのは、彼の家族と彼を慕ってついて来た部下だそうだ。

 彼は恩人の為ならばと速攻で個室を準備してくれた。

 個室に案内される僕達。

 そこでレッドさん達は料理をそれぞれ注文し、僕はこの世界の料理について詳しくないのでヒルデさんに解説してもらいながら注文する。

 注文した料理を待つ間、ティターニアさんとレッドさん達がお互いの近況を話す。


 話によるとティターニアさんはレッドさん達と同じ皇帝直属の親衛隊であったが、皇帝や皇太子が問題を起こす度に国が衰退し、その度に皇帝に諫言かんげんしたレイヤさんとレッドさん達。


 だが皇帝はレイヤさん達の話を無視し、宮廷魔術師長のナハトラさんを頼った。


 元々皇帝はレイヤさん達を良く思っていなかったので、二者の間には修復不可能なまでに深い溝ができ、レイヤさん達は皇帝本人から皇帝直属の任を外され、今では名ばかりの親衛隊として閑職に追いやられた。


 それでも何とか国を良くしようと頑張っていたけど、ルーキス様の一件でもうこの国はダメだと悟ったレイヤさん達は、サンドリオン帝国が他国に完全に呑まれてしまう前に、せめて条件の良い国に自国を売り渡す事を決意。


 その条件の良い国がサンドリオン帝国が独立する前の宗主国――ヘリッジ皇国だった。

 

 昔の妖精族は純血主義で妖精族の血を引いた混血や多種族を差別し、排斥してきた歴史がある。

 

 だがそれ故に起こった悲劇を積み重ねた結果、現在では和を持って多種族と交わる方針に取って代わり、妖精族でなくても平等に暮らしていける国家体制に変化した。


 そのヘリッジとの連絡と交渉役として選ばれたのがティターニアさんだった。


 ――と、此処で注文した料理が届く。

 料理の中には誰も注文してないはずの、あのビッグな骨付き肉もあった。

 ポメロさんはとしてはもっと手の込んだ料理でおもてなししたかったが、それが出来ないので代わりとしてサービスしてくれたのだ。

 でもこれ、量的に皆で食いきれそうにないんですけど……


「それにしても魔王エルディアとやり合うなんて……話を聞いた時は心臓が一瞬、止まりましたよ!」


「副長を責めるなよ。 俺達だってそんな事になるとは思わなかったんだぜ。 不測の事態ってヤツだ」


 ランディスさんはレッドさんを擁護する。


「でもランデイス! 魔王エルディアは神の力を手に入れてたんだよ! 聞いた話じゃあ、最高神どころか主神に手が届きそうだったとか!」


「そうだね。 実力は天と地、ミジンコとドラゴン。 魔王と対峙した時は死を覚悟したよ」


「ああ……だが、タダのおかげでこうして生きてるんだ」


 ダニエルさん、ミハエルさんは魔王との戦いを思い返す。


「そうですね……タダ様が魔王を倒してくれなかったら、私とリュネと様は今頃ルーキス様と一緒に魔王と魔族達の玩具にされてましたよ……」


 青い顔して自身の体を抱きしめるヒルダさん

 皆から感謝されるのは、僕にはなんか恥ずかしく、どこかくすぐったい。

 

「まさかタダ君がそこまでの実力を持っていたとは俺も思わなかった。 召喚される前から行っていた鍛錬の内容は聞いてはいたが、それだけで説明できない所もある」


 レットさんの発言に皆が僕の方に一斉に顔を向けて注目する。


「あ、いや、でも……騎甲鎧で一騎打ちにもっていければ何とか勝てるんじゃないですか? 実際に僕も勝てたし……」


 しどろもどろしながら僕は答える。

 その僕の答えに皆、呆れ混じりの溜息を付く。


「あれ? 僕、何かおかしなこと言いました?」


「あのなあ! それで勝てたら苦労しねえよ! 相手はその騎甲鎧を余裕で一撃粉砕しまくれる強さなんだよ! それこそ一万騎在っても、全っ然足りねぇんだよ!」


「あっ、それとですね……」


 ヒルデさんがおずおずと手を上げ、皆の注目が集まるなか発言する。


「ルーキス様から聞いた情報なんですが……魔王エルデイアは多くの巫女や聖女、女神様達からマナの力や肉体の強さだけでなく、スキルも奪ってたんですよね。 その奪ったスキル――タダ様達との戦いでも色々使ってたそうですよ」


「え? そうなんですか?」


「そうです。 タダ様が最初に打ち込んだ一撃。 あれも魔王なら防げたはずなんです。 あの時点の魔王は、最高位にあるルーキス様でさえ対抗できなかったんですから」


「そうだな。 魔王に攻撃しても全部防がれるか、外れるかで通じなかった。 対抗する手立てが思いつかなかったな」


 レッドさんがウンウン頷く。


 あれ? おっかしいな……なら、魔王に打ち込んだ最初の不意打ち、何で当たったんだ?


「それでですね。 ルーキス様が仰るには、タダ様――魔王のスキルを斬って無効化したらしんですよ」


「「「「スキルを斬って無効化!?」」」」


 皆驚いてるね。

 僕も驚いてるよ。

 僕、そんな特技持ってないからね。


「そんな馬鹿な……」


 ミハエルさんが大口を開けて呆ける。


「私も理屈とか難しくて良く分からなかったんですけど。 要は気合と根性を剣に乗せて、それで斬り飛ばしてスキル効果を壊した――らしいです」


「気合と根性……」


 ダニエルさんが信じられないと言った感じで、小声でボソリと呟く。

 ヒルデさんが続けて言う。


「アンモライトのカードの持ち主は変じ……わった人が多く、過去には鼻歌交じりで世の理を捻じ曲げた人も存在したとか。 多分それと関係あるんじゃないかと」


 ヒルデさん。 今、変人って言いかけたよね? よね?


「なるほど! タダはやっぱり変態だったんだな!」


 ランディスさんが納得顔で断言する。

 変態言うな! ヒルデさんは変人で止めてくれたんだぞ!


「やっぱりってなんですか!! やっぱりって!!」


ミハエルさんがボソリと呟く。


「いや、タダって……俺達の考えの斜め上を天元突破するから……」 


「んなワケないでしょ!? ねっ!! 皆さん!!」


 ティターニアさん以外、皆僕から顔を逸らす。

 ティターニアさんは事情が分からず、その光景を不思議そうに見詰める。


 功労者に向かってこの仕打ち! 皆、酷すぎるよ!

 ええい! こうなったらヤケ食いじゃあ!


 このやりきれない気持ちをテーブの大半を占領する大皿に乗った肉料理――骨付き肉にぶつけた。

 その骨付き肉は大きさの割にとても美味しゅう御座いました……ちきしょう!!

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