第22話 予兆

「タダ様の伯父様は素敵な方なのですね。 分かりました。 食料の提供を引き受けましょう」


「陛下!」


「あら、ルアン。 先程のタダ様の回答では不満ですか?」


「……いえ、及第点です。 ですが、今のサンドリオン帝国を支援となると色々と問題が……」


「ルアンは私を嘘付きにするつもりですか?」


「滅相もない! しかし……」


 口籠る宰相さん。


 まぁ、サンドリオンも国の内外に問題を抱えている。

 そんな国に支援することで自分達に問題が飛び火するのを危惧しているのだろう。


「女皇ミルラーシュの名の下にサンドリオン帝国への食糧支援を決定します。 良いですね」


 女皇様は朗らかな笑みを浮かべて言う。

 その笑顔とは裏腹に、有無を言わさぬ凄みを感じた。


「……陛下の御心のままに」


 宰相さんは不満気ではあるが、食料支援を承知した。


 良し! これで僕の出来ることは終わった! 

 後はサンドリオン帝国に戻るだけ!


 そう思った瞬間、部屋が揺れた。


 それと同時に――


 ゾワッ!


「うおっ!?」


 揺れと共に足元から何とも言えないねっとりとした気配が這い上がり、体に巻き付くような感覚が。

 正直、気配や感覚については言葉で説明するのは難しい。

 だけど気配の中に物凄く強い感情がこもってるのが感じ取れた。

 この感情は――怒り。

 だけど、その絡みついたモノは直ぐに引っ込み、揺れも収まる。


「地震か?」


 レッドさんが部屋を見回す。

 調度品は倒れ、備え付けの棚から書類や本が床に落ちて散乱し、僕達のカップに注がれた紅茶が溢れている。


「最近多いのだ。 特にタンミョウを地下牢に閉じ込めてからは頻繁に。 さっきのは今までで一番大きかったな」


 宰相さんはゲンナリした顔で僕達に言う。


「どうしました、タダ様? 顔色が優れませんが」


 女皇様が僕の様子がおかしい事に気付いた。


「……皆、何も感じなかったんですか?」


「感じる? 何がだ、タダ君?」


 僕の発言に怪訝な顔になるレッドさん。


「言葉で説明するのは難しいんですけど……この下――城の下から物凄い怒りの感情を持った何かを感じたんです」


「我々は何も感じなかったぞ。 タダの気の所為じゃないのか?」


 ダニエルさんは僕の話に首を傾げてる。

 一瞬感じただけだけど、気の所為とは思えないんだよなあ……


「タダ様も感じたのですね……」


「陛下?」


 女皇様が意味深な発言をする。

 女皇様を見ると神妙な顔で僕の方を見詰めている。


「このヘリッジ城の地下には神代の時代に生まれた場所――封緘領域ふうかんりょういきと言う特殊な場所があります。 そこで何か異変が起こっている――私はそう睨んでいます」


「では、そこを調査すれば原因が何か分かるのでは?」


 僕の純粋な疑問に女皇様の代わりに宰相さんが答えてくれた。


「あの場所には神代から現在に至るまで封じられているモノが多数存在する。 それこそ――神々さえ匙を投げる厄介なモノが。 だから迂闊に立ちることなぞ出来ない。 出来るとしても精々入り口付近だけだ」


「ちょっ!? 何でそんな物騒なとこに城なんて建てちゃったんですか!!」


 あかんやろ! 危ないやろ! そんなとこに城や都市なんて造るなや!


「この城は蓋なのだよ。 それらが出てこれぬようにする為のな。 元々、この場所は妖精族が信仰していた三柱女神が管理していた場所だったが、邪神との戦いで相打ちとなった女神様の意思を引き継ぎ、我ら妖精族が管理しているのだ」


「その化け物って出てこないんですか?」


「封緘領域の中はダンジョン《迷宮》になっていて、一度入ると感覚が狂って入り口が何処にあるのかも分からなくなるらしい。 ダンジョンの種類によっては感覚が狂わされ、入り口が目の前にあっても知覚できなくなる。 封緘領域ではその狂わせる力が凄まじく、その力に抗うのは高位の神でも難しいらしい。 さらには我ら妖精族が入り口周辺に強力な結界術を幾重にも施してある。 今まで出て来たと言う話はないので大丈夫だ」


 僕の質問に答えてくる宰相さん。

 ただ最後に一言、小声で”多分”と付け加えやがったよ。

 そんなこと言わないで下さい。

 心配になるじゃないですか。


「じゃあ、中を確認したことある人ってあんまりいないですよね」


 そんなとこに入ったら出てこれなくなるしね。


「神々の中でも封緘領域に入って中を確認したのは三柱女神ぐらいだと聞いている。 何せ、あの場所は神のスキルが使えない」


「神のスキルが使えない?」


「そうだ。 スキルを使うのに必要な神力が封じられてしまうらしい。 ただし、我々が普段使うようなスキルは使えるそうだ」


「あれ? でも、三柱の女神様は中に入ったんですよね? じゃあ、どうやって出てきたんですか?」


「三柱女神は神々の中でも能力が突出していて、力が途轍もなく強かったらしい。 それこそ、神の力を使わなくても余裕で神々を打ち破るとか。 それで封緘領域の中に入っても問題なかったのでは?と、言われている」


 要するにその女神様達はチートだったわけだ。







 それから封緘領域についての話は打ち切られた。

 そもそもの話、今の僕達には関係ないからね。


 本来の問題である食糧支援に話を戻し、ヘリッジ側とレッドさんが打ち合わせをした。

 それが終わったのが夕方。


 出来れば今すぐにでも出発したいのだけど、いくら空を飛べるクルールでも日が落ちてからの慣れない夜間飛行は危険と判断したレッドさんは皇都ヘリッジに一日滞在し、翌日の早朝に出立を決めた。


 女王様や宰相さんが僕達のために夕食や部屋を用意してくれると言ってくれたけど、それを僕が固辞した。

 王侯貴族の申し出を格下の僕が断わるなんて普通なら不敬だけど、大事な騎甲鎧――劉武やクルールを妖精教の神殿において来たのを理由にした。


 劉武りゅぶとクルールはガチャガチャのカプセルみたいに小さくなるので持ち運びが容易だ。

 だけど、リュネットさんと大司教さんの頼みで神殿前に置いて来た。


 今、邪神復活で国民が不安になっている。

 だからその邪神討伐のために召喚された勇者の力を喧伝し、それを払拭させたい。

 特に劉武は、最高神であるルーキス様でさえ倒せなかった魔王エルディアを倒した。

 力が目に見える形であれば、人々は安心できる――そう言われ、お願いされたのだ。


 まあ、こんな都市のど真ん中で劉武の力が必要になる事はないだろうし、大司教さんが腕利きの人を警護に立ててくれているのでそう簡単に盗まれたりはしないだろう。

 

 それに堅苦しいディナーは一般人の僕には苦痛だし、高級な部屋での宿泊は寛ぐどころか逆に気を使うから勘弁だ。

 それならクルールの中で過ごす方がいい。

 クルールの中って見た目はアレだけど、疲れないし結構快適で過ごしやすいのだ。


 それに、昼間に感じたあの感覚がちょっと……

 

 だからレッドさん達には悪いけど、僕の我儘で断らせてもらった。


 僕達が謁見の間や女皇様の執務室に居る間、別室で待機していたヒルデさんと城に出る時に合流して妖精教の神殿に戻る。


 戻る途中、夕食はそこら辺の屋台で済ます事で皆で決めた。

 今、僕達の居るここ皇都はこの国を長年苦しめてきた原因の排除と、女神ルーキス様の来臨でお祭り騒ぎだ。

 おかげで屋台が道に沿いに多く出店している。

 皇都に詳しいヒルデさんにどのお店にするか相談していると、人混みの中から女性が現れ、レッドさんの名を呼びながらその胸に飛び込んだ。


「レッドバルト様!」


「テーィタか!」


 近くにいたミハエルさんに聞いたら。


「ティータ――ティタニーアは我々の元同僚であり、レッド副長の婚約者だ」


「何でそんな人がヘリッジ皇国他国の皇都に?」


「……まあ、色々事情があるんだ」


 ミハイエルさんは周囲を軽く見回す。

 なるほど。

 こんな人が多い所で話せる内容じゃないという事か。


「……まさか、レッド様がへリッジに来るとは思いませでしたわ」


「いや、俺も来る予定はなかったんだ。 だが、トラブルが続いて最終的には来ざるを得なくなった。 それより……」


 レッドさんは苦笑いしながら僕達に視線を向ける。

 それに気付くティターニアさん。

 レッドさんからサッと離れると、先程レッドさんに抱きついていた時とは違い、落ち着いた感じで僕に向かって淑女の礼を取る。


「人前で取り乱してしまい失礼しました。 貴方が勇者様ですね。 お初にお目に掛かります。 私は元サンドリオン帝国近衛親衛隊、ティターニアと申します」


「僕はコウ・タダと申します。 いつもレッドさんにはお世話になっております」


 ティターニアさんと僕が初対面の挨拶を交わしていると。


「ティータ、こんな所で話し込むと往来する人々の邪魔になるよ。 何処かに落ち着ける場所はないかな?」


 ダニエルさんが周囲の目が僕達に集中しているのを指摘する。

 確かにダニエルさんの言う通りだ。

 僕は勇者という立場であるし、この国を苦しめていた元凶の一人――魔王エルディアを倒した。

 その所為で余計に目立ってしまう。


「そうですね……では、この近くに知り合いが営んでいる料理屋があります。 そこに向かいましょうか。 其処なら個室もあるので落ち着いて話ができます」

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