第21話 地下で蠢くナニカ

 ――地中の奥深く、どこまでも続く迷宮。


 封緘領域ふうかんりょういき


 そこは神々が持つ力――神力を封じる謎の空間。


 この世界が生まれた時、そんなものは存在しなかった。


 いつ、どうやって生まれたのか、神々さえ知らないし、わからない。


 気付いたらあった。


 そんな場所。


 そこが発見されてからは神々や人々は自分達にとって”都合の悪いモノ”、”手に負えないモノ”を閉じ込めてきた。


 さながらゴミ溜めの如く利用し続けた。


 だが、その状況を危惧した三柱の女神がいた。 


『そんな事を続ければ、閉じ込めた中でもっと得体の知れない何かが生まれてしまう』


 三柱の女神はそう強く訴え、その領域を強引に自分達の管轄下に置き、神々や人々にその行為を辞めさせた。


 その代わり、それらの問題を三柱の女神が対処した。


 しかしある日、どこからともなく現れた邪神との戦い、邪神の封印と同時に消えた三柱の女神。


 のちにその眷属たる妖精族が三柱の女神の意思を引き継ぎ管理した。


 だが、妖精族には三柱の女神ほど強い権限がないゆえ、時折現れる”都合の悪いモノ”、”手に負えないモノ”を封じる要請を受けるとそれを断りきる事が出来ず、その度に封緘領域を開放してしまう。


 そうして中が満たされ、は誕生した。


 三柱の女神が危惧した事が今、現実になってしまった。


 そしてそれに気付いた者はまだ誰もいない……







 ――謁見の間


 僕達は謁見の間に入室すると、入り口から玉座の手前まで絨毯が敷かれており、その左右には綺羅びやかな服を着た人達が密集している。

 僕はそれに少し気圧されながら玉座の前で片膝を折り、頭を垂れる。

 僕はこういう場所でのマナーを知らないのでレッドさん達のする事をそのまま真似てるのだ。

 暫くすると、この国の女皇様――ミルラルーシュ・ケーラ様の入室が告げられ、謁見の間に現れた。


「勇者タダ、並びにサンドリオンの騎士達よ、面を上げよ!」


 宰相さんにそう言われ、僕達は顔を上げる。

 その玉座にちょこんと座る少女。


「勇者タダ、それにサンドリオンの騎士達よ。 女神ルーキス様の捜索への協力と魔王からの救出に礼を述べます。 我々はあなた方の来訪を歓迎致します」


 その少女は容姿はどう見ても十二歳前後しか見えない。

 彼女は数百年を生きるハイエルフと呼ばれる種族で、亡くなった前国皇との間に三人の子供を儲けた。

 そしてリュネットさんはその内の一人を親に持つ。

 つまり、リュネットさんのお婆ちゃん。


 信じられる?


 あの体で三人も子供産んでんだよ!

 その前に死んだ前皇様……それ、いくら異世界でも犯罪じゃね?


 などと考えていると、 女皇陛下自ら玉座から降り、わざわざ僕の所まで来て僕の手を取る。


「タダ。 貴方は我が孫リュネットの危機を――魔王エルディアの襲撃から助けて頂いた事……祖母として深く感謝します」


 目元が優しげで、どことなくリュネットさんに似ている。


「出来れば貴方には、しばらく城に滞在して頂きたいのですが、状況がソレを許さないのがとても残念です」


「サンドリオンにはまだやり残している事がありますので。 申し訳ありません」


 主に【甲殻】での対邪神の為の道具やレッドさん達の乗る騎甲造りや騎甲造りや騎甲造りや――て、騎甲造りばっかりやん!?


 ――その後、当たり障りのない事を話し、謁見の間を離れた。


 んで、その後。


 僕達は女皇様の執務室に案内された。

 そこで謁見の間で出来なかった御話しましょう――という事になったのだ。

 正直、そのまま直ぐにでもサンドリオンに帰りたかった僕達だが、女皇様にお願いしたい事が

 あった。


 そう! 食糧だ!


 サンドリオン帝国は現在、皇帝や皇太子が色々とやらかした問題で国民が国外に大量流出。

 その所為で食糧生産や経済活動が低下。

 食糧不足、経済難の真っ只中だ。

 城では皇帝やお偉いさんにその取り巻き、僕を覗いた召喚勇者以外は十分な食事を摂れてない。

 その所為で城で働く人達や兵士達はヘロヘロになりながら働いているのだ。

 いくら僕の【甲殻】で食料を生み出しているけどソレも限界がある。

 そこで思い付いたのが食料を分けて貰うことだ。


 レッドさんいわく、”確かに面子は必要だが、サンドリオン帝国の内情は既に他国に知れ渡っている。 このままでは対邪神戦まで持たない”


 レッドさん達は皇族を守護する親衛隊であるが、皇帝の間に色々あって嫌わているらしく、その上、騙し討のようにして宮廷魔導師長のナハトラ・コーンウェルの爺様に服従の呪いを掛けられてしまった。

 これが決定打となり、レッドさん達は完全に反皇帝派となった。

 皇帝にも嫌われているのでレッドさん達も十分な食事を摂れていない。

 サンドリオン城に働く下っ端の人達、それに末端の兵士達も。

 

 邪神との戦いの際、世界各国が派兵する事が決まっている。

 当然、サンドリオン帝国も参戦する。

 それまで後数ヶ月。


 だが帝国は兵糧が十分ないので脱走する兵士が続出している。

 神々と世界の各種族・部族との間には邪神との戦いの最中は不戦の誓約がなされているので他国からの侵略の心配はないが、魔獣による襲撃など不測の事態が考えられる。

 地方は仕方ないにしても、せめて首都や都市部に待機している兵力は維持しておきたい。


 ――というのが、レッドさんの考えだ。


 僕達は女皇様が気を利かせて用意してくれた軽食を摘んでいると所用を終えた女皇様と宰相さんがやって来た。 


 宰相さんはエルフで、見た目の容姿は僕よりは年上だけど、二十歳以上には見えない男性だ。

 

 宰相さんが待たせて申し訳ないと、軽く謝罪を口にして席に着く二人。


 軽く言葉を交わした後、女皇様が僕達が待ち望んでいた言葉を口にする。


「私にできる事あればおっしゃって下さい」


「じゃあ、食料を下さい!」


 間髪入れずに答える僕。


「食料……ですか?」


 レッドさんが僕から話を受け継ぐ。


「はい。 サンドリオン帝国は現在、諸々の事情fで食糧難に喘いでおります。 その内情はへリッジ皇国にも伝わっている事でしょう。 でそので、首都や都市部に駐留する兵士の兵糧、及び城を維持する為の人材の食料を半年分――それを、お願いしたい」


 食料を半年分としたのは、これも不測の事態に備えて余剰分を確保しておく為だ。


「……分かりました。 ではアーサー侯爵、必要な量を仰って下さい」


 レッドさんの話を聞いた女皇様は一拍おいて返事をした。


 おお、良かった! 了解を得られたぞ!

 そして何気に重要な情報が。

 レッドさん、貴方は侯爵だったんですね……


「お待ち下さい」


 今まで黙っていた宰相さんが口を挟む。


「タダ殿に聞きたい。 サンドリオン帝国では兵士や城で働く者だけでなく、民草も空腹で喘いでいる。 その者達は無視すると? 自分達さえ良ければ良いと?」


「……」


 宰相さんの横で女皇様は黙して僕をじっと見ている。


 どうやら彼女は僕の答えに興味があるようだ。


 困ったぞ……どう答えて良いものやら。 


 でも、このまま黙っていても仕方ないので僕は意を決して言葉を口からひねり出す。。


「それは自分でも分かっています。 ですが、僕は全知全能の神様じゃありませんから。 それとも、ヘリッジ皇国はサンドリオン帝国の為に食料を全て差し出して下さるのですか? 自国の国民を蔑ろにして? そんな事はできないでしょう」


 宰相さんに意趣返しのつもりで少し嫌味を含んで言葉を返す。


「確かにタダ殿の仰る通り、そんな事はできない」


 頷く宰相さん。


「邪神討伐の為にこの世界に召喚されたとは言え、僕自身は十五年しか生きた経験しかない子供で――大した事なんて出来やしない。 だからと言って、自分が出来ない事を周りに押し付けるなんて僕はしたくない」


 僕は一呼吸おいて言葉を続ける。


「――でも、僕に少しでも出来る事があるなら、それを何もしない言い訳にしたくない。 両親の心無い仕打ちから、死に掛けた僕の命を救って育ててくれた伯父さんが……それを身を持って教えてくれましたから」


 言い終わり、はにかむ。


 これが――僕の答えだ。

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