第19話 帰ろうと思ったら……

 魔王を討ち取られ、慌てて飛び去った魔王軍。

 その後、ヘリッジ皇国の砦からやって来た兵士達が僕達に接触して来た。


 魔王が大群を率いて自国の国境に押し寄せて来たのだ。

 偵察のため、斥候を放つのは当然だろう。

 魔王軍と僕達の戦闘の様子を斥候経由で報告を受けた砦の司令官が部隊を派遣したそうだ。

 

「そこに居られるはもしかして、妖精教の聖女様で御座いますか?」


 部隊長の誰何にリュネトさんが答える。


「そうです。 我々は妖精教の大司祭の密命を果たし、女神ルーキス様を伴い戻ってまいりました」


「なんと!? では、聖女様の後ろに居られる御方がそうなのですね!!」


「その通り。 この御方こそ、我々妖精族が崇める女神ルーキス様です」


 凛とした姿と落ち着いた声で答えるリュネットさんはさすが聖女様という感じだ。


『……』


 そしてリュネットさんの堂々とした態度とは対象的に、彼女の後ろで縮こまるように隠れるコミュ障女神のルーキス様。

 だけど、ルーキス様の方が背が高いので隠れきれてません。

 ルーキス様……さっきの威厳はどこ行ったんですか?

 

「積もる話もあります。 落ち着ける場所で話をしたいので、砦に案内して頂けますか?」


「ハッ! 直ちに!」


「あ、スイマセン。 そこの地面に転がってる魔王の首って、そのままでいいんですか?」


 身元確認に必要じゃないかな?と思った僕は、隊長さんに縦に真っ二つに割れた魔王の頭を差して言う。


 生憎と僕の手元には生首を運べる道具はない。

 【甲殻】スキルで作ろうと思えば作れるけどね。

 でも、生首なんて持ち歩きたくないんだよ!


 なので、ここは兵士さんに押し付け……ゲフン、ゲフン! お願いしたい。


「あっ! そうですね! 回収しなくてはいけませんね! ……すみませんが、魔王の首の回収をお願いしてもよろしいでしょうか?」


 リュネットさんが僕の指摘に魔王の事を思い出し、僕に代わって隊長さんに首を回収するようお願いしてくれた。


「まっ、魔王の首!?(あの報告、マジだったのか!!)」


 僕達の話に絶句するヘリッジ皇国の兵士さん達。

 それでも隊長さんは何とか声を出し、部下に命じて地面に転がっていた魔王の首を回収させて持って来させる。


「……斥候から魔王が討ち取られたという報告は受けていました。 ですが、にわかには信じがたい話です。 女神様や聖女様を疑う訳ではありませんが、念の為、この首は砦にて検分させて頂きたいと存じます」







「……まさしく、魔王本人で間違いありません!」


 砦で鑑定系のスキルを持つ士官さんお陰でこれが魔王本人の首であると証明された。


 それに伴い、今までの経緯と、ついでに僕やレッドさん達の事をリュネットさんの口から説明してもらった。


 僕とレッドさん達はしばしこの砦で休憩させてもらい、それからサンドリオン帝国に帰還する予定を組んだ。


 巨獣の檻から帝国に帰還する予定日を大幅にオーバーしていたし、レイヤさんの事も心配だからね!


 僕達は砦にある騎甲の格納庫の一角を借りて劉武りゅうぶやクルールの整備をする。

 特にクルールは魔王軍との戦いで損傷したから、ここで最低限の補修をしておきたい。

 ついでに、僕達の消耗した体力や疲労を回復しておこうと思い、コリコリ壺貝を出して床に置く。

 久しぶりの出番に張り切っているのか、置かれた床の上で触腕を元気一杯うねらせるコリコリ壺貝。


「あれ? クルールの損傷が直ってる?」


 さっきまで在ったクルールの装甲の凹みや穴が瞬く間に修復されていくじゃないか!

 どうやら、コリコリ壺貝は物にも効果かあるようで、これは驚きの発見だった。


 それならと、僕達は床に座り込んで休憩がてら、司令官の厚意で提供された食事を美味しく頂く。


「ヘリッジの飯、美味ぇなあ! こういう砦とかって、飯マズなのが定番なのに」


「ウチは国民の流出で、国内の食料生産が満足に出来ない。 他所から買おうにも、経済活動も低下してるから国に入る金も少ない。 その所為で安くて不味い食料しか仕入れられん」


「そうだよねぇ……なのに、全ての元凶の皇帝や皇帝派は贅沢三昧してるんだよ! アイツら、頭がおかしいよ!」


「……ここでそういう話をするな。 聞かれるぞ」


 自国のお偉いさん達に対する不満で、感情が徐々にヒートアップする三人。

 それをレッドさんが注意して黙らせる。


 この格納庫には変わった騎甲――クルールを一目見ようと兵士や整備兵が見物に来ている。

 彼等に国内事情を聞かれたくないのだ。


 でも、三人の気持ちも痛いほど分かる。


 勇者召喚されてからお城でお世話になってるけど、日に日に食事の質や量が低下している。


 皇帝や宮廷魔術師長のナハトラ爺さんに媚びてる人達は美味しい食事を腹一杯食べられるそうな。

 当然、召喚された勇者達も例外ではない(僕は除くけどね!)。


 それ以外――嫌われてたり、どうでも良いと思われてる城務めの侍従やメイドさん達の食料事情は酷い。

 パンが三分の一もなかったり、スープなんて塩にちょっとした具しか入ってない。

 下手したら塩水で凌いでるらしい。


 そんな彼等の一助となるため、僕は特殊スキル【甲殻】の熟練度を上げる名目で貝やエビ・カニなどを生み出し、それらを食材として提供している。


 それにしても、彼等の中に貝や甲殻類のアレルギー持ちが居なくて良かったよ!

 アレルギーがあると食べれないからね!


 でも、同じ食材ばかりじゃ飽きてしまう。

 なので現在、ミハエルさんの実家の協力を得て種類を増やす努力をしています。


 なんと! ミハエルさんの実家はサンドリオン帝国でも一、二を争う大店の商会

 ”だった”とは、サンドリオン帝国の凋落を逸早く察して本店をヘリッジ皇国に移し、支店や系列店は国外に退避した。

 今では帝都に小規模な支店を一つ残しているのみ。

 その支店も指示があれば、いつでも帝国から脱出する準備を整えてあるらしい。


「さて、体も十分回復できた。 そろそろ帝国に戻ろう」


 レッドさんは立ち上がると、立ち去る際の礼儀として砦の司令官に一言挨拶しに行く。

 僕もルーキス様やリュネットさんに別れの挨拶をするのにレッドさんに付いて行く。

 ミハエルさん、ダニエルさん、ランディさんの三人は、いつでも出発できるようにクルールに乗って待機。


 格納庫に居た兵士さんに案内を頼み、砦の司令官がいる部屋に案内してもらった。

 ところが、僕達が会いに行くと、司令官宛に女皇陛下より僕達を皇都にある城に招待したいという旨の連絡を受け取ったと言う。


「連絡のやり取りが速いですね」


「連絡には召喚師の召喚獣を使役したのだよ、勇者殿」


 僕が疑問に思った事を口にすると、砦の司令官が親切に教えてくれた。


 その隣ではレッドさんが眉間にシワを寄せて何やら悩んでるようだ。


「しかし、弱ったな……女皇直々の招待だと断り難い。 私やレイヤ隊長は女皇に色々と融通してもらっている立場だ。 断る事で女皇の心証を悪くしたくはない」


「だったら、すぐに帰る事を条件に招待を受けたらどうです?」


「それしかないか……」


 そういう訳で、僕達は一路ヘリッジ皇国の皇都に行くことになった。

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