第18話 甲殻の竜騎士――その名は劉武
ヒルデは緊張で震える視界と手を、一旦眼を閉じ、ゆっくりと深呼吸して落ち着かせると、再び眼を開いて照準器の向こうにいる魔王エルディアをジッと睨む。
照準器が魔王エルディアに合った瞬間、ヒルダは右手の親指にグッと力を込めてボタンを沈み込ませ、ミサイルを発射した。
発射されたミサイルは、魔族が操る魔獣の群れや飛行する魔族達とドッグファイトを繰り広げているレッド達を見事に避け、狙い違わずエルディアに命中――爆散する。
飛んでくるミサイルの破片が機体に当たり、爆風に煽られながらも何とか無事だったレッド達は爆心地を注視する。
「殺ったか!」
レッドが思わず叫んだ。
だが――
「ばっ、馬鹿な!?」
「生きてる!? なんで!?」
「……嘘だろ……あの威力で」
爆発後にもうもうと立ち込める白煙が晴れると、そこにはナーガとその上に乗るエルディアがミサイルが命中した場所で、微動だにせず佇んでいた。
それを呆然と見つめるレッド達。
「チッ! せっかく新調した鎧が砕けてしまったではないか! この鎧は名工が鍛え上げた、貴重なオリハルコン製の鎧だというに!」
舌打ちする魔王。
エルディアが纏っていた緋色に輝く黄金の鎧は、ミサイルの想像を絶する凄まじい衝撃とその破壊力によって粉々に砕け散り、主人を守るという役目を終えた鎧は無数の破片へと姿を変えて、キラキラと陽の光を反射しながら地上へと落下していく。
『ヒルデッ!!』
女神ルーキスがヒルダの頭の中でその名を叫ぶ。
「クッ!」
ルーキスの意図を察したヒルデは直様、最後の希望である二発目のミサイルを魔王エルディアに受けて発射。
これがハズレれば、最早、自分達に為す術は無い。
「当たって!!」
リュネットは祈りを捧げるように両手を堅く握りしめ、心の中で絶叫しながらそれが叶うことを強く願う。
しかし、リュネットのその
「フンッ! 二度も同じ手は通じんわ!」
魔王は自身に到達する前に、まるで尖った鋭い爪を持つ獣ような手を形作る黄金に輝くマナをミサイルに向けて放ち、ミサイルを掴んで握り潰す。
一瞬の静寂の後、ミサイルは爆散。
ミサイルの爆発は、その周囲を飛んでいた多くの魔獣諸共に飲み込む。
爆発で生じた灼熱と衝撃の刃は、魔獣やそれに乗って操る魔族に襲いかかり、肉を切り刻み、焼き尽くす。
だが、標的である魔王エルディアは無傷。
ルーキス達の心の中を絶望が支配する。
「さて、そろそろ余興もお開きじゃ。 女神ルーキスの純潔を味あわせて貰うぞ! 次いでに――その中にいるであろう、聖女と神官の女もな!」
舌舐めずりする魔王エルディア。
女神達の痴態を想像し、エルディアの股間が履いているズボンを押し上げる。
「ヒィッ!?」
魔王の下卑たその表情と仕草が、余りに
「飛船の中にいるからと、判らぬと思うたか! 臭う――臭うぞっ! 朕には判る! 妖精教の聖女が! メスの神官が!! 華のように甘く、芳醇な香りを放つ、年若い
(……お願い――誰でもいいから助けて!! 女神様を!! 私達を!!)
リュネットは魔王の恐怖に耐えるも、心の中では必死に助けを乞うていた。
「魔王よ!! 彼等に手出しはなりません!! ……その代わり――私がお前の相手を努めましょう!!」
女神ルーキスはいつの間にか飛船の外へ出て、飛船を庇うように空に浮いていた。
「えっ!? 女神様?? なんで??」
事態に追い付けず、混乱するヒルダ。
自分のために奮起してくれた者達を護るため、ルーキスは悲愴の覚悟を持って魔王エルディアと対峙した。
そのルーキスが初めて披露する声は、まるで天上の天使達が奏でる木管楽器のように美しく、澄んだ声音で周囲に響き渡り、それでいて威厳に満ち溢れていた。
――だがしかし、この場にいる誰も気付かない。
気丈に振る舞う女神が、その仮面の下では無力な幼子のように手が、足が、身体が恐怖で震え、それを必死に隠している事を。
「――何故じゃ?」
「え?」
心底、不思議そうな表情で頭を傾げる魔王エルディア。
魔王のその一言と仕草に一瞬、呆けるルーキス。
「強者である朕は、我が意のままに自由に振る舞える。 朕が弱者の命令を聞かねばならぬ理由なぞ、どこにも――無い!!」
「なっ!?」
魔王の返答は彼女にとっては予想外の返答。
自分の身さえ差し出せば、魔王は満足すると思っていた、ルーキスの考えは甘かった。
一瞬でルーキスに肉薄した魔王は、彼女の纏っていた衣服を一瞬で剥ぎ取り、女神のきめ細やかで美しい白い肌を、乳房を、裸体を眼前で顕にする。
「キャアアアァァァァーーーーーーッ!!」
「ルーキス様っ!」
魔王は右手でルーキスの豊満な乳房を鷲掴みにし、太腿で堅く閉じられた股間の隙間に左手を使って捻じり込むように強引に突き入れる。
そして、自分の唇をルーキスの横顔に近づけ、ヨダレを垂らしながら長い舌で舐めまわす。
「……っ!?」
魔王の無礼なその行為に魔王の腕の中で必死に身悶えして拒絶するルーキス。
魔王に与えられる屈辱と、魔王に対抗できない弱くて無様な自分自身に思わず悔し涙を流す。
「さあ!! 宴の始まりじゃあ!! 女神ルーキスだけでは物足りぬ!! 聖女と神官の女を朕に捧げよ!! 男共は不要じゃ!! 血祭りに上げろ!!」
『させるかーーーっ!!!!」
そこへ、レッドが乗ったクルールが無数に飛び交う魔族と魔獣をの中を
レッドはクルールに搭載した魔銃を連射式でルーキスに抱きついて密着している魔王に対して銃弾を浴びせる。
魔銃は魔族・魔獣に対して有効なダメージを与えるが、それ以外のものは無効化される。
それ故、レッドは迷うことなくルーキスに密着する魔王に銃弾を叩き込めた。
「チッ! 無粋な!」
ルーキスを突き飛ばすようにして手放すと、レッドが撃ち出した魔銃の弾丸と相対す。
最高神である女神が生み出した物だけに、当たれば今の魔王でも無傷では済まない。
自分に向かって飛んでくる無数の銃弾。
魔王は黄金に輝く濃密なマナを操り、瞬時に障壁を作り出して全て防ぎ切る。
「クソッ!! ダメか!!」
魔王の頭上を高速で飛び越すレッドのクルール。
「鬱陶しいハエめが!!」
レッドが乗るクルールを睨みつけると、彼をクルールごと
「終わりだ!」
☆
『……いや、お前が終わりだよ』
魔王エルデイアがレッドに向かって魔法を放とうとした瞬間、背後から突然声を投げ掛けられる。
驚いて振り向くと、そこには全長12mの巨大な人型の竜が音もなく、気配すら感じさせずに飛んでいた。
「何っ!?」
エルデイアはナーガを操り、その場を飛び退こうとしたが、僕が乗る人型の竜の形を模した騎甲鎧――【
狙い
両断された魔王の身体は、そのまま地上に落下し、地面に叩きつけられる。
ナーガの方は絶命したが、魔王エルデイアはそれでもしぶとく生きており、ふらつきながらも空を飛んで逃げようとしている。
その途中に気が付く。
元は一つの身体であった、今は二つに裂かれた自分の
左右の眼玉は頭蓋骨のハマっている穴から飛び出さんばかりに互いを見つめ合う。
「「ぎぃあああぁぁぁーーーっ!? 朕のっ!! 朕の体が真っ二つにいぃぃぃーーーーーーっ!!!!」」
その生命力は驚嘆に値するよ。
しかも、どういう体の仕組みをしているのか知らないけど、声帯が裂けているのに、二つに分かれた身体は、元気に声を張り上げて叫んでいる。
しかも、ステレオみたいに左右同じタイミングで喋る喋る。
台所の黒い悪魔も真っ青の恐るべき生命力だね。
「「た。助けてくれ!! 何でもする!! 何でもやるからっ!! 地位でも、権力でも、財宝でも、美姫でも!! 何でもくれてやる!! だ、だから、朕を、朕を殺さないでくれ!! 命だけは助けてくれ!!」」
立場が逆転すると途端――臆病風に吹かれて弱腰になり、僕に向かって命乞いを始める魔王。
だけど、僕の答えは決まっている。
『じゃあ、お前が不幸にした女性達の時間を戻せ。 その人達が、お前に蹂躙される前に! お前に身も心も汚される前に!! 彼女達が幸せだった時間まで!!!』
僕はわざと不可能な条件を魔王に突きつける。
例えコイツをここで許して見逃してやっても、改心などせず、また同じ事を繰り返す。
いや、以前よりもその行いはより悪化するだろう。
その前に、コイツは自分を追い詰めた僕に対して復讐に来るはずだ。
そしてそれは、僕に関わる女性達に被害を及ぼす。
そんな事、許容できるもんか!
「「そっ、そんな!? そんな事!! 我らが崇める龍神王様や神竜王様の御力を持ってしても無理な話しじゃ!!」」
そもそも、僕はお前を許すつもりなど毛頭ないよ!
『じゃあ、死ね。 お前が死ぬ事で、ルーキス様やリュネット、ヒルデも安らぐ。 そして――お前の被害に遭った他の女性達も心安らぐ。 みんながっ!! 安心できるんだ!!』
僕はコイツを殺す。
一片の
コイツを殺す事が罪になるのなら――僕は喜んでその罪を背負おう!
『レイパーは――』
素早く蒼龍皇の柄を、紅龍帝の分厚い刀身の切っ先の後ろ――余分にせり出した
大太刀――
『滅ぶべし!!』
急いでこの場を離れようと、飛んで逃げようとする魔王エルディアに横一線――紫皇帝の長大な刃が魔王の二つに分かれた胴体を薙ぎ払う。
「「死ぬのは!! イヤじゃああああああぁぁぁーーーーーーっ!!!!」」
魔王エルデイアは二つに分断された頭部のみをこの世に残して消滅した。
☆
ザワ……ザワ……
「……し、信じられん」
「まさか、あの魔王様が……」
生き残った魔王配下の魔族達がざわつく。
『魔王エルディアは僕が討ち取った!!』
大声で勝鬨を上げ、僕の周囲を籐巻きにして飛んでいる魔族達を威嚇する。
『お前達はどうする? 魔王の敵を討つべく、僕と戦うか? だが――』
僕の動きに連動して劉武の頭部が地面に転がる魔王の二つに割れた頭に向ける。
『そこに転がる魔王と同じ――いや、お前達は身体どころか魂すら残さず、この世から消え去るだろう』
周囲にいる魔族達と向かい合い、気合を入れた大声で恫喝する。
魔王はともかく、魔族達にはなんの恨みもない。
こいつらと戦う理由は失われた。
少なくとも僕にはもう無い。
――ていうか、疲れたんだよ!
もう戦いたくないんだよ!
休みたいんだよ!
だからこっち来んな!
『その覚悟があるなら掛かって来いっ!!!!』
だめ押しとばかりに劉武の拳と拳を打ち合わせる。
思いの外、大きな音が出てちょっとビックリ。
「ヒィッ!!」
「てっ、撤退!! 撤退だ!! 我らは一刻も早く国に戻り、この事を知らせるのだ!!」
『オ、オウッ!!』
部隊の隊長だろうか? 彼が言い訳がましい撤退の理由を述べると、部下である魔族達はそれに賛同し、逃げるように引き上げて行った。
「ふう~っ!」
僕は劉武の中で安堵のため息を吐く。
「――やっと……終わったーーーーー!!」
☆
女神ルーキスは魔王に破かれた衣服を自身の能力で再度生み出し、それを既に纏っていた。
(まさか、最高神の力を退ける魔王エルディアを倒すとは……。 もう少しすれば、主神クラスにも手が届くであろう恐るべき相手だったというのに……)
主神とは眷属神の頂点に君臨し、眷属神を束ねる神々の長や王の事である。
最高神はその次の位階で、女神ルーキスは最高神であり、それに相応しい力を持っていた。
しかし、その力を持ってしても、自身と同等の力を得た魔王エルディアを倒すことは、既に不可能に近かった。
そんな相手をあっさり倒したタダこと
少し離れた所でクルールを着陸させて降りる幸璃をボーと見つめていた。
すると――自分の心臓が早鐘の如く、激しく鼓動を刻んでいるのに気が付く。
それに頬も紅潮している。
「……ルーキス様、顔が赤いですよ?」
いきなり、リュネットに話し掛けられ、あわわと慌てるルーキス。
「さすがのルーキス様も、魔王には肝を冷やされましたか?」
『そっ、そうですね! 私も、もうダメかと思いましたよ!』
「リュネット様、違いますよ~! ルーキス様はタダ様に好意を持もたれたのです!」
茶化すように言うヒルデ。
『そういうヒルデこそ、頬を染めているようですが?』
ルーキスの声が恨めしそうに頭の中に響く。
「ふぇ!? そ、そんな事ありませんよぅ!! それをいうならリュネット様ですよ!! なにせ、タダ様から正式にプロポーズの言葉を頂いたのですから!!」
言い返されて激しく動揺するヒルデ。
してやったりと心でほくそ笑むルーキス。
「あれは……何というか、タダ様が私を気遣って下さっただけで……タダ様には、そういうつもりはなかったと思いますよ? 彼は異世界の人間ですから、我々とは慣習が違いますし。 そういう意味ではなかったかと……。 それに、タダ様にはレイヤ様がいらっしゃいますし……」
そう言いながら言葉がしりぼみするリュネット。
リュネットとしては、タダにそれとなく確認して、最初からお友達として付き合うつもりだったのだが。
「でもっ! あんな姿を見せられたら、惚れない女性はいないと思います! ねっ! ヒルデ!」
「うっ!?」
リュネットに名指しされ、言葉に詰まるヒルデ。
二人のやり取りを見てクスリと笑うルーキス。
『どうやら、ここにいるのは私を含めて同士のようですね。 でも、タダは鈍い振りして相手の気持ちにわざと気付かないフリをしている感じがします。 ……そうならば、かなり手強いですよ』
「「そうなんですかっ!?」」
『だから同盟を組むのです。 レイヤとやらも巻き込んで。 そうして周りを包囲して、逃げ場を完全に無くさなければ、あの手合は観念しません』
そうしてここに、”タダを落とす会”が結成された瞬間であった。
☆
さすがに魔王といったところか。
紫皇帝の刀身が粉々に砕けたよ。
これはさらなる改良が必要だ。
そんな事を考えていると、四機のクルールが僕の近くに着陸する。
着陸したクルールからは、レッドさん達が次々と降りて、僕に近づいて来る。
「何か作っていたのは知っていたが、まさか空を飛べる人型の騎甲鎧を建造していたとは……。 タダ君、この騎甲鎧の名は何と呼ぶのだ?」
「劉武です」
「劉部か……良い名だ。 そして、とても良いモノだ!」
まるで恋する乙女のようにウットリした瞳で劉武を見つめるレッドさん。
続けてミハエルさん、ダニエルさん、ランディさんが下心丸出しで劉武を称賛する。
「ウム! 素晴らしいモノだぞ!」
「凄いモノだね!」
「こいつはぁ、とんでもねぇ
僕は四人のその発言の意図を読み取り、ため息を吐きながら言う。
「はぁ……作ればいいんでしょ。 作れば」
「「「「ヨロシク頼む!!!!」」」」
かくして、未だ名前が定まらないオマケ勇者の活躍により、魔王エルデイアの野望は阻止され、世界から一つの驚異が取り除かれたのであった。
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