第10話 知り合い

 今日は色々と有り過ぎた。

 疲れたからもう寝よう。

 皇城の間借りしている部屋に戻ってきた僕は、着ている服を脱いでベッドに横になろうとした。


 すると、どこからか声が聞こえるて来る。この部屋には僕一人しかいないのだ。


 気のせいだろう。


 そう思い直し、再びベッドに横になろうとして――


『……く…ん…舘梨たてなし君』


 今度はハッキリと僕の名前を呼ぶ声が聞こえた。

 声は扉の方、その下から聞こえる。

 良く見るとそこには小さく白い人型の様なモノがちょこんと立っていた。


『やあ! 久しぶり、舘梨たてなし君! それとも、霧島きりしま君と、呼べば良いのかな?』


「ええっと……君は?」


 僕にはこんな珍妙な知り合いなどいない……はず。

 しかし、それは確かに僕の名前と、その事情を知っている感じだった。


『ああ、ゴメンゴメン! 僕だよ! 退魔師の合同での仕事でいつも一緒になる桂木かつらぎ刀夜とうやだよ!』


「ああ、君か……て、何その姿!? それに、退魔師の合同の仕事って……」


『これは僕の特殊スキル【折神おりがみ】。 紙を依り代に命を吹き込む事が出来る能力だよ。 こんな風に色々出来るんだけどね。 退魔師は……って、君、何も知らないの!?』


 桂木君とは僕が学んだ剣術――月影流の宗家の月影つきかげそうさんや伯父さん達にお手伝いの名目で連れて行かれた場所で良く会う、僕と同年代の男の子だ。


 ただ、手伝いと言っても僕は連れて行かれた場所で伯父さんの娘のしおりさんの指示で剣術の型をするだけだ。


 その場所は様々で、古くて歴史あるお屋敷や朽ち果てた建築物、果ては山奥や海の近くにある人が近づく事もない洞窟とか。


 しかもその場所は途轍もない嫌な感じがして、剣術の型をする時には渡された木刀に何かが当たる生々しい感触が手に伝わるのだ。


 その事で何度か質問するのだが、伯父さん達は”大丈夫だ。 問題ない”と言うだけだ。

 しおりさんはその事でいつも心配そうな顔で僕に何かを話そうとするのだが、その度に伯父さんや婚約者の蒼さんに止められていたっけ。

 

 まあ、実際に伯父さんの言う通り別に問題は無いし、手伝いの後には必ず豪勢な食事に連れて行ってくれるのですぐにその事を忘れてしまうのだけど。


『僕は平安の昔から続く陰陽師の家系で退魔の――要は怨霊や悪霊、物の怪や人に仇なす神を調伏したり封神する仕事をしているんだよ』


「へ~、桂木君てそんなオカルト的な仕事してたんだ」

 

『君、他人事のように言うけど。 君だってその退魔師の仕事に就いてるだろ?』


「えっ、僕が? 僕は関係ないよ~。 だって、そんな幽霊や妖怪なんて一度も見た事ないし」


 事実、テレビやネットの映像に出てくる様な気持ち悪いモノや怖ろしいモノを生まれてこの方、一度たりとも見た事がない。


『ああ……君は確かだったね』


「見えない人?」


『蒼様からちょっと聞いたんだけど、君の場合は退魔能力が調伏・浄化能力に全振りしているらしいんだ。 その代り、退魔師として必要な他の能力が無いのだけれど。 それで月影流の技を全て修める事の出来る人はいないのに、君はそれをやってのけたって蒼様が言ってらしたよ』


「さっきから桂木君は僕の事を退魔師とか言うけど、僕にはそんな力や能力なんて無いよ?」


『月影流の剣術は元々降魔の太刀――即ち悪霊や怨霊、物の怪の類を滅する剣術なんだ。 月影流の人からすると真の意味で月影流を会得した君は”身内”で、それが出来ない他の門下生は”お客さん”――だね』


「何それ!? 僕、そんなの知らないよ!」


 あ、そうだ! こういう時こそスキルカードだ!


 僕はスキルカードを取り出す。


 このスキルカードは出したままにしていても、いつの間にか体の中に戻っているんだよね~。

 知らなかった最初の頃は無くしたと思って慌てたよ。


 閑話休題。


 え~と、【月影流剣術】をタップして、と……


 ”月影流は古くは神話の時代、北欧の魔狼フェンリルの血を受け継ぐ呪禁道の芦屋あしや道満どうまんが祖である。 剣術自体に力が宿り、あらゆる魔と穢を斬り払い、浄化し滅する。 怨霊や悪霊、物の怪や邪神の類に有効”


 他の剣術――【月影流二刀術】【月影流大太刀術】の内容を見てみたけれど、同じ内容だった。


 知らんかったーーーっ!!!!

 普通の剣術じゃなかったのか!!


 思わず膝から崩れ落ち、床に手を着けて項垂れる。


『どんまい。 とにかく、君と合流できて良かったよ』


「桂木君も一緒に来てたんだね。 全然気付かなかったよ……」


『僕の方は最初の……ほら、召喚された場所で気付いたけど、僕が君に話し掛ける前に君は何処か別の場所に連れて行かれたから。 それで君の事を城の人に聞いて見たんだけど、口止めされてるみたいで誰も教えてくれないんだよ。 それでスキルの訓練がてら、城の中を【折神】で歩き回って君を探してたってわけ』


 僕の存在は口止めされるほど嫌われてるのか。

 一体僕が何だと言うのだろう?


「僕はスキルカードのランクが低いからって宮廷魔術師長のナハトラに皇城の中庭……って言っても奥の方だけど。 そこで自給自足のサバイバル生活をさせられそうになったんだ。 でも翌日に近衛騎士隊の副隊長でレッドバルト・アーサーって人が助けてくれたんだ。 お陰でサバイバル生活を送らずに済んで助かったよ」


 まさか、このスキルカードのランクが低いってだけの理由じゃないよね? それだけじゃないよね?


『そっ、そうなんだ。 大変だったね……』


 困惑気味に僕の話に答える桂木君。


 そりゃそうだよね。 人がいる城の中で態々自給自足のサバイバル生活って、嫌がらせ以外のなにものでもないよ。


「それにしても凄い偶然だね。 桂木君と僕が一緒に召喚されるなんて」


『う~ん、聞いてた話と違って僕もビックリしてるんだけど。 ――だって、高天原の知恵の神である思兼様から依頼された内容では、召喚されるのは一年後。 僕と僕の兄を含めて、退魔師の中でも指折りの実力者でチームを構成して、その上で戦いに精通した神様の護衛が付くって話だったんだ。 なのに、こんな素人だらけで邪神討伐なんて無理筋だよ……。 一体、神様達は何考えてるんだろうね?』


「桂木君って、そのメンバーに入ってたんだ。 凄いね!」


『当然君も入ってるよ』


「だと思ったよ!」


 高天原に御座おわします神様、天照大御神様。 どうかこれ以上、僕から普通を奪わないで下さい……


『蒼様もメンバーなんだけど、やっぱり一緒じゃないんだ。 あの人がいると心強かったんだけど……』


「そうだね。 なんたってあの人、10tトラックが突っ込んで来て爆発炎上しても無傷なんだもん」


『アハハ、あの人らしいね! ところで、その邪神討伐のメンバーで僕と君の他に烏丸からすま志乃しのって言う女性が今僕と一緒にいるよ。 僕達より二歳上の十七歳なんだ』

「僕を含めて三人、か……。 そもそも、僕は戦力にならないよ。 自分が退魔師って言われても、そんなの知らなかったし」


『見える僕からしたら凄いよ! だって君、滅するどころか封じるのも難しい、どんな悪魔や魔物だろうと御神木で出来た木刀で一撃必殺。 ぶった斬って消滅させるんだもん。 僕、君の才能に嫉妬しちゃうなー』


「だから、見えないから分からないって」


 僕は今まで何を斬ってきたんだ?

 そんな得体の知れないモノを斬って呪われたりしないよね?

 心配だから、日本に帰れたら伯父さんに聞いてみよう。


『そう言えば君、スキルカードのランクはAだったよね? スキルは何持ってるの?』


「月影流の剣術関連と、特殊スキルの【甲殻】だよ」


『おお~! 君も特殊スキル持っているんだね! 志乃さんも特殊スキル【鬼神化】ってのを持ってるよ。 文字道理、鬼神に変化するスキルなんだけど、制御が難しいみたいで苦労してるよ。 で? そのスキルはどんなスキルなのかな?』


 興味津々で僕のスキルを尋ねてくる桂木君。

 話して良いものか少し迷ったけど、彼はこの世界に来る以前からの知り合いだ。

 人柄も知っている。とても誠実で真面目な性格をしている。

 少なくとも人を貶める事はしないだろう。


「甲殻を持つ生物や甲殻そのものを生み出すスキルだよ。 甲殻を組合わせる事で色んな道具が作れるってあるけど……」


『何と言うか、理解し難いスキルだね。 そうだ! 僕が良く使う仕込杖をその【甲殻】で作ってみてよ。 僕のいつも使ってた奴は急な召喚のせいで自宅に置いて来たから……』


「分かった。 やってみる」


 僕は甲殻を複数枚出してそれっぽく加工して行く。


 甲殻の不便な所は一度甲殻を生み出してしまうと、生み出した甲殻は生み出す前に戻す事が出来ない。


 例えばサバイバル生活を強いられた時に僕が生み出した甲殻の小屋。

 くっつけた甲殻は再度引き離して解体したり、加工し直す事が可能だ。

 でも甲殻を消去して僕のマナに戻す事は不可能だ。


 仕方がないのでそれら余った分の甲殻はスキルカードのストレージに仕舞ってある。

 スキルカードのストレージにはまだ十分余裕があるし。

 でもスキルカードに仕舞える容量には限度があるのでいずれ対策は必要だ。


『作業しながらで済まないけど、話を続けるね。 スキルカードだけど、僕はメタモルフォーゼスでSランク。 志乃さんはレッドダイヤでSSランクだよ』


「レッドダイヤは赤いダイヤモンドでイメージ出来るけど、メタモルフォーゼスは――分からないなぁ」


『うん、僕も知らない。 マイナーなんだろうね』


「そっちの様子はどうなん? 他の召喚された勇者達とか」


『SSSランクの自称、霧島きりしま幸璃こうりの特殊スキル【消滅光イレイザー】がとても強力で、それが怖くて大抵の子達は彼に従ってるよ。 ちなみに特殊スキル持ちは僕達とその彼を合わせて四人だけだね』


「良く調べられたね」


『僕は元々陰陽師だからね。 僕が以前から契約していた【式神】に頼んで調べてもらったんだ。 とは言え、霧島・幸璃に関して言えば自分で吹聴しているし、実際見てるからね。 調べる手間が省けたよ。 彼の特殊スキル【消滅光イレイザー】は直線で放つ光線でマナ以外の全てを消し去ってしまう怖るべき能力だ。 その光線に当たれば神ですらタダでは済まないだろうね』


「うわ、質悪っ!」


『質が悪いと言えば、この王宮の人達。 何か質の悪い呪いの様なモノに掛かっているね。 君、何か知らないかい?』


 ドキッ!


 桂木君ってそういうのも分かるのか……

 でも、僕はレイヤさんと誓約を交わしてる。

 彼に話す事は――出来ない。


「それは……ゴメン。 神誓書しんせいしょの効力で話せないんだ」


 僕は誓約書の事を日本での呼び方に直して質問に答える事が出来ないと伝える。


『ちょっ!? それって大丈夫なのかい!?』


「大丈夫だよ。 これに関しては――そうだね……神誓書を交わした相手と相談してみるよ」


『分かった。 この件は保留にしておくよ』


「ありがとう」


『もう一つ、君に伝える事がある。 霧島・幸璃が君の事をしきりに気にしてた。 僕も君と彼の間に何があるのか詳しく知らないけど、気をつけた方がいい』


「ああ、それなら話せるよ。 実は――」


 僕は自分の事情――生まれたばかりの時に看護師が悪戯で、彼――霧島・幸璃と取り替えられた事を話す。


『……それは質が悪いを通り越して犯罪行為だね。 でも、スキルカードはそんな事も書き記されてあるのか~。 スキルカードはちょっとした履歴書だね。 それはともかく、彼については僕の方でも注意を払うよ。 え~と、今は多田ただこう……コウ・タダだっけ? タダ君だね! タダ君も気をつけてね』


「ありがとう。 君も気を付けて」


 桂木君の配慮に感謝しつつ、僕は彼の【折神】にたった今完成したばかりの仕込み杖を渡した。

 持てないかもと思ったが、【折神】は以外に力持ちで仕込み杖を横に寝かせた状態で軽々と掲げて見せた。


 僕は部屋の外のに通じる扉を開いて桂木君の【折神】を送り出す。


『あっ、そうそう! 最後に一つ質問があるんだけど――夕方になると中庭から漂ってくる香ばしい匂いは何かな?』


 どうやら、【コリコリ壺貝】を焼く匂いが城の中にも漂っていた様だ。

 今度から焼く時は気をつけよう。

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