閑話 高天原とサンドリオン帝国の裏事情
――一方その頃
日本の神域にある高天原の聖なる陽の光が優しく照らす神殿の執務室にて。
長く、そして艷やかで美しい黒髪の女性が装飾が過美にならない程度に施された木製の椅子に座り、これまた椅子と対になっている机に向かってただひたすらに書類を読む。
そしてその内容が適切かどうかを判断した上で署名・捺印をすると言う事務作業を繰り返していた。
天照大御神――人間名を
「ああっ! 片付けても片付けても湧き出るGの如く仕事が尽きぬ! さりとて、これも我が国に住まう臣民と愛しの旦那様のため! 後でタップリと旦那様成分を補充させて頂きましょう!」
彼女は神話の時代から続く尊き神官の血筋である天皇家の
日陽は下級女神の侍女が次々と運び込んでくる山の様な書類に心折られそうになりながらも自らの心を奮い立たせ、書類仕事に邁進する。
――と、そこへ一柱の女神が執務室に尋ねて来た。
月の様な髪色と漆黒の黒衣を纏う切れ長の目の美しい容貌である女神は恭しく礼をすると日陽に対して口を開いた。
「天照大御神様、報告したき儀が御座いますれば暫し我の話を聞いて頂きたい」
「何事ですか、月詠。 私は今大変忙しいのです。 その私の手を止めさせる程の要件なのですか?」
「……勇士召喚の儀がなされました」
月詠と呼ばれる女神は自身の姉であり上司である日陽の非難の言葉をいつもの事と思い、無視して発言した。
「何ですって?」
日陽は仕事の手を止める。
「何かの間違い、ではなくて?」
「いえ、我も確認しましたが間違いでは御座りませぬ」
「邪神復活は一年後。その六ヵ月までに三十名の勇士をこちらで選別し、その間は我が方で鍛え抜き、勇士召喚の最には勇士達の他にこちらの最強戦力である剣神――武御雷を始め、戦上手の神々を勇士達の護衛に付ける。 そして、あちらが言う”スキルカード”なるものと”スキル”を会得させた上でそれらを習熟、戦いに望む。 そういう取り決めであったはずですが?」
「予見より早くファーレシアで邪神が復活したとの事。 どうやら向こうの神々がそれに慌てふためいて、急遽向こうが勝手に決めた勇士達を召喚した模様です。 しかも、まだ年端の行かぬ若者達を」
「その勇士達の情報はこちらで確認は?」
「既に。 こちらが名簿と詳細です」
「……何ですか、これはっ!? ほとんどが何の能力も持ち合わせていない、未熟な学生達ではないですか!!」
「対応は如何致しましょう?」
「……こちらとあちらの往来は我々神と言えども困難極まりない。 彼等彼女等を我々が保護する事は最早不可能に近い。 この事態は全くの予想外です。
「”不幸中の幸いと言うか、こちらが送ろうとした勇士の中で邪神討伐の一番高い可能性を持つ者が含まれている。 その者達に頑張ってもらう他はない”との事です」
「三名、ですか……。 退魔師の名門、陰陽師――”
(この舘梨 運幸……気になりますね……。 もしかして、私の血筋の者? いや、しかし舘梨と言う性は無いはず……。 逆に、
自身の感覚から湧き出た矛盾に対して疑問に思い首を傾げる日陽。
「それはともかく。 至急、彼ら勇士達の家族に知らせなくてはいけませんね……それに報奨も必要です」
「既にそれも含め、思兼がファーレシアの神々と念話で交渉しています。 勇士達にはこちら側からは金銭と魔具を与える事を伝えてもらい、勇士達を身勝手にも召喚したファーレシアの神々には勇士達が亡くなった時の賠償も含めて財貨と神具を要求しました」
「妥当な要求ですね。 一応蘇生も可能ではありますが、それはこちらの世界での話。 向こうの世界で亡くなられてはこの世界にいる我々では手の打ち様がありません」
「勇士達の家族への連絡は学校側を通じて始めております。 どうやら全員、修学旅行先の京都にて纏めて召喚された様で大和(日本国)では大層な騒ぎになっておりました」
「……頭と胃が痛い話ですね。 火消しが大変です。 マスコミの対応もしなくてはいけませんし」
月詠は日陽に報告し終わると早々に執務室から立ち去った。
日陽は侍女に頭痛と胃痛に良く聞く薬湯を用意させる。
日の本を統べる女神は増えた問題に頭を悩ませながら再び書類仕事を再開した。
☆
――同時刻
サンドリオン帝国の皇城では近衛騎士隊長用執務室の椅子に隊長クラスを示す白い騎士服に身を包んだ女性が座っていた。
明るい茶色の短髪に翡翠の瞳に服の上からでも十分過ぎる程に分かる盛り上がった胸と尻の形の何とも悩ましい体付きに整った顔立ちの妙齢の女性。
彼女こそ近衛騎士隊副隊長レッドバルト・アーサーの直属の上司にして近衛騎士隊長のレイヤ・ベケットであった。
彼女は勇者達の鍛錬に付き合っている間に溜まっていた書類仕事を片付けていた。
とは言え、実際にはそれ程の量は無い。
昔に比べれば現在の仕事量は激減していた。
それもこれも自身が仕えるサンドリオン帝国の皇帝サンドリオン、そして皇太子が前代未聞の不祥事を起こし、それにより国力が低下。
近衛騎士隊もそれに比例して規模が縮小されたのが理由なのだが。.
それはともかく。
レイヤが今こうしているのは、神々に召喚された勇者達の武術鍛錬の指導を担当をしていたのだが、鍛錬そっちのけで自身を執拗に口説こうとする勇者の一人、
休憩がてら室内に設えてある茶器を利用して紅茶を自ら用意し一息つく。
ティーカップに注いだ紅茶の香りが漂う。
その香りを嗅いだ瞬間、レイヤは顔を顰める。
気を取り直して紅茶を口に含んだ瞬間、更に顔を顰めた。
(皇城で用意されている茶葉もとうとう低級品の安物に差し替えられたわね。 今度から自前で用意しなくては……)
――と、そこへ誰かが扉をノックする。
普通ならこういう場合、専属の秘書官が確認を行い取次をするのだが、それも今は昔。
先の理由から秘書官を雇い入れる余裕がなくなった皇城は秘書官を解雇したのだ。
よって現在、レイヤ自身が自ら対応する必要があった。
「どうぞ。 開いてるわよ」
レイヤの許可を得て執務室に入って来たのはレイヤの腹心の部下であるレッドバルト・アーサーだ。
「随分と久しぶりに会う感じがするわね、レッド。 それで、どう? そちらの彼、モノになりそう?」
「それはもちろん。 試しに彼と私、ミハエル達四人掛かりで軽く打ち合いをしたら私達の方が負かされましたよ。 なので以降は本気でやっています。 それこそ――殺すつもりで、ね」
ニヤリと口角を上げて獰猛な笑みを浮かべるレッドバルト。
レイヤは平静を装いつつ、内心とても驚く。
こんな彼を見るのは八年前、騎士に成り立てだった当時十五歳の彼が、国力を低下する要因の一つとなったドワーフの女傭兵レジ――後に、この事が切っ掛けで国崩しと呼ばれるようになった彼女と騎甲鎧で単身一騎打ちに挑んだ時以来だ。
その後、サンドリオン帝国は何度か大きな戦を経験したが、そんな彼を見る事は
「あらあら、駄目よ。 本当に殺しては。 彼はオマケと言えど、一応神様が使わして下さった勇者様なのだから。 それにしても、そう……貴方がそこまで惚れ込むなんて相当ね。 羨ましいわ……」
レッドバルトの答えに何処か遠い目をして羨ましそうに言うレイヤ。
「隊長の方は、まさか……」
レッドバルトの疑問に溜息を吐いて答えるレイヤ。
「はぁ……その通りよ。 勇者の一人は私を執拗に口説いて来るし。 それを周りの者も注意しない。 ちょっとでも鍛錬を厳し目にすると”それでは大事な勇者様方の御身に怪我を負わしますぞ!”とか言われて私の方が注意を受ける始末。 あの魔術師長殿が甘やかすお陰で禄に鍛錬が進まないわ……。 騎士団長は使い物にならないし、副団長は皇帝陛下や魔術師長の息の掛かった者だし」
「やっぱり……」
八年前、サンドリオン皇帝は世界屈指のドワーフの騎工師”ボロ”を攫い、無理矢理に騎甲の一種である人型の有人兵器――騎甲鎧を大量に作らせて軍事力を増強しようとした。
が、ボロの良人である同じくドワーフの女傭兵”レジ”が当時大国の中でも屈指の軍事力を誇っていたこの国――サンドリオン帝国の首都サンドリオンにたった一騎の騎甲鎧で乗り込み、壊滅させたのだ。
その当時、首都に常駐していた兵は六万。
騎甲鎧が千騎。
騎甲鎧一騎は騎士百人に相当する。
兵力差六万千対一。
騎甲鎧を兵力に換算するとその差は十六万対百。
絶望的な数字である。
しかし、傭兵レジはその絶望的な数字をボロが特殊スキル【騎甲建造】した騎甲鎧を次々乗り継いで覆したのだ。
以降、騎工師ボロの名声は高まり、傭兵レジには二つ名”国崩し”が付けられ、その名が世間に広く知れ渡るようになった。
そしてその直後、レイヤの婚約者であった皇太子が国教として信仰していた
当然、皇太子は女神一族の怒りを買い、その場で生きたまま地獄に落とされた。
「幸い女神様に手を出していなかったから良かったのだけど。 神々の怒りに触れて、よくこの国滅びなかったわねえ。 凄いわぁ……」
「そもそも、どうやって女神様を捕えたのか。 未だに謎が残りますけどね」
「どうせミリタリアか魔国が裏で暗躍したのでしょう。 私もまさか、自分達が信仰している女神様を捕える暴挙に出るなんて思ってもみなかったわよ」
お陰でこの帝国は
国民は帝国を見限り、人材は国外へと流出。
人工の減少に伴い国力も低下した。
レッドバルトが眉間に皺を寄せながら更に言い募る。
「皇帝陛下と皇太子がやらかしたその二つの出来事のせいで周りの国に攻め入られ、我が帝国は領土の大半を失い――今や風前の灯です。 この国に住む臣民にとっては洒落にならないですよ」
「そして今回の邪神復活。 その討伐のための神々による勇者召喚。 この国に取っては運が良いのか悪いのか」
「滅亡が先延ばしになっただけですがね」
本来は邪神復活の場所に程近い軍事大国ミリタリアやヘリッジ皇国、インキュバスとサードアイの魔王が治める魔国が勇者の世話役として名前が挙がっていた。
だが、ミリタリア王国や魔国はヘリッジ皇国を狙い、お互い睨みあっている状態なので適当な理由を付けて辞退。
ヘリッジ皇国はその強大な二国に狙われて隙きを見せられない状態なので辞退。
他の国々も静観し、場合によっては漁夫の利を得ようとしてやはり辞退。
残るはミソッカスのサンドリオン帝国だけだった。
帝国は今回の邪神討伐を成す勇者の世話をして、神々からの心象を良くし、この機に乗じて巻き返そうという腹積もりなのだ。
しかも上手く行けば皇太子を地獄から戻してもらえるよう神々は確約もしてくれた。
最愛の息子が帰って来るのだから皇帝に取っては断る理由もない。
むしろ二つ返事で引き受けた。
しかし、
もし、彼が邪神討伐を成し遂げればこの帝国は神々によって止めを刺されるだろう。
「それで騎士団長の心は折れて全くやる気を失くしたのよね。 今では皇帝陛下や魔術師長の言いなりよ。 気持ちは分かるけど職責は全うして欲しいわ。 皺寄せが全部私に来るのだから溜まった物ではないわよ……」
「その苦労も、もう直ぐ終わりますよ。 この国に未来は無い。 何せアンモライトのスキルカード持ちを無能呼ばわりですから」
「アンモライトですって!?」
スキルカードは魂の位階が上昇したり、心の有り様が激変すると、スキルカードの種類も変化する。
しかしアンモライトは例外中の例外で、どんなに位階が上昇しようと、心の有り様が激変して位階が下がったとしてもスキルカードの種類は全く変化しないのだ。
それ故にアンモライトを持つ者のランクを断定する事は出来ない。
現在ではアンモライトはAランクとされてはいるが、これは平均的な能力を勘案しての暫定である。
「例え神の位階――EXランク以上に至っていたとしても、我々には判断が下しようがない。 それは魔術師長も知っているはず。 なのにあのクソジジイときたら!」
「ナハトラ殿は自分が認めたモノしか認めない。 例え有能で周りから認められた大人物であろうと、自分が認めた無能を重用する偏屈なのだから困った御方よね」
「まだ皇帝や皇太子がまともだったら良かったのですが、クソジジイに輪を掛けて救い様がない屑ですからね。 本来ならも我々もこの帝国とはオサラバして他国に亡命するつりが、まさか隷属の呪いを掛けて従わせるとは思いませんでしたよ……」
忌々しそうに胸の辺り、心臓を右手で強く押えるレッドバルト。
「こらこら。 気持ちは分かるけど、何処に耳が在るかも分からないのだからクソジジイとか屑とか言わないの」
レッドバルトを微苦笑して嗜めるレイヤ。
皇帝や皇太子など帝国上層部に対して怒りで興奮していたレッドバルトはレイヤの忠告に冷静さを取り戻す。
「すみません隊長。 思い出したら腹が立って……冷静さを欠いてました」
「さて、過去の思い出話はこれくらいにして未来の話をしましょう。 それでどう? あの計画、順調に進んでる? レッドバルト・アーサー侯爵」
「はい、もちろんです。 レイヤ・ベケット公爵閣下。 ティータに早い時期に騎士を引退してもらったのが功を奏しました。 私の代わりに色々と動いてくれてます」
「ティータは貴方の婚約者だったわね。 結婚相手がいるのは羨ましいわ。 何処かにいい男はいないかしら? 何なら貴方がティータと一緒に私を娶ってくれても構わないのだけれど?」
レッドバルトはレイヤの冗談を真に受ける程、付き合いは短くない。
今度はレッドバルトが苦笑いで返す。
「バンパイアとサキュバスの血を引く貴女なら、まだ結婚適齢期は過ぎていませんよ」
十八で皇太子から婚約破棄されて以降八年間、彼女は二十六歳の身の上ながら未だ独身である。
しかし、彼女は父方の曽祖父がバンパイア、母がサキュバスでその血を引いている。
これら二種族は長生きでとても有名な種族だ。
故に若輩の彼女はまだ行き遅れていないとレッドバルトは暗に言っているのだ。
「意地の悪い人ね。 それはともかく、話を詰めましょうか」
「はい」
二人は今後迎える帝国の滅亡の時、どう行動するかを論じ合った。
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