第7話 コリコリ壺貝

「……コレ、食べてみませんか?」


「えっ!? ちょっ、ちょっと待て、タダ君!!」


 信じられないと言う目で僕を説教し始めたレッドさん。


「いいか? 神具というものは人の手で作り出す事が出来ない世界の宝とも言うべき物なんだ! いくら食用可能と言えども、そんな貴重なモノを食べるなんて以ての外――」


「竈はこんなものか?」


「もうちょい、幅を狭くした方が良いんじゃないか?」


「薪、貰ってきたよー!」


 ミハエルさん、ランディスさんが土魔法を使って竈を作り、いつの間にかダニエルさんが薪を何処からか調達してきた。


 どうやら三人は食べる気満々のようだ。

 それにしても行動が素早い。

 さすが、レッドさんに有能と言わしめた騎士達だ。


「お前らーーーっ!?」


「まあまあ、副長。 これも経験ですよ」


「そうだぜ、副長! 生きた魔道具を食べる機会なんて滅多にないんだぜ!」


「しかし、だな……」


「それに副長、忘れてはいませんか? コレはタダがスキルを使って生み出したモノ。 ならば、タダにまた作ってもらえば良いじゃないですか」


「まあ、そうなんだが……」


 ミハエルさんに説得されるも渋るレッドさん。

 どうも貴重な道具というよりも、グロテスクな見た目のオウムガイを食べたくないような感じがする。


 そうこうする内に竈に火がくべられオウムガイを焼く準備が整う。


「よいしょ」


 そんなレッドさんを他所に僕は煌々と火が燃える竈に躊躇なくオウムガイを突っ込む。


「ああっ!?」


 オウムガイを竈から救出しようと手を伸ばすレッドさん。

 だが燃え上がる竈の火と熱に邪魔されオウムガイを取り出せない。


 そんなレッドさんを他所に相変わらず触腕をうねらせているオウムガイ。

 そのオウムガイから香ばしい匂いの煙が立ち上り始めると徐々にオウムガイの触腕の動きが鈍くなり、やがて完全に停止する。

 するとオウムガイの殻が色鮮やかな七色に変色してきた。


 オウムガイの殻は焼いた程度でこの様な変化は起こさない。

 これも僕がスキルで生み出したモノだからだろうか?


 ほど良く焼けてきた貝の開口部の隙間からはオウムガイの体液がグツグツと煮え滾る。

 その美味しそうな匂いを放つオウムガイに渋っていたレッドさんさえ食欲を刺激されゴクリと生唾を飲みむ。


 これ以上オウムガイを焼き過ぎで焦がさないよう燃料の薪をくべるのを止め火勢が落ちたのを見計らってランディスさんが竈の火を消した。


「よし! 皆で食べようぜ!」


「斬るのは僕がやろう」


 そう言うとダニエルさんはナイフを取り出し、熱さに耐えながらオウムガイの触腕を一本一本切り取り皆に渡す。


「あちちちっ!?」


 ランディスさんがダニエルさんに渡された触腕の余りの熱さに左右に交互に持ち替える。


「火傷には気を付けてね」


 ダニエルさんは注意しながら触腕を配る。


「では先ずタダ君から」


「はい」


 ミハエルさんが僕に触腕をまず初めに食べるように勧める。

 僕はそれに従い熱々焼き立ての触腕を口の中に運ぶ。


「こっ、これは!!」


「ど、どうした、タダ君!? やはり、何か問題が――」


「すごく美味しい!!」


 何これ!?

 コリコリした食感なのに程良い弾力で硬過ぎず、歯で十分噛み切れてそれでいて噛めば噛む程味が染み出してくる!!

 

「何っ!?」


「どれどれ……」


「本当だ! これは酒の肴にうってつけだぜ!」


「不本意だが、確かに美味い……」


 しかも眼や口といった普通なら硬くて食べられない部分も美味しく頂ける。

 塩など無くてもオウムガイ自身がもつ塩気で食べられるが醤油があればもっと美味しくなるだろう。


 さて、最後に本命のミソだ。


 ミハエルさんがミソを食べるために何処からともなくスプーンを出した。

 これはマナを使って道具などを具現化する具現スキルで即興で作ったのだと言う。


 そのスプーンを皆に配り終えると各々ミソを一掬いして口の中に入れる。

 途端に口の中一杯に拡がる濃厚で旨味がギュッと凝縮されたミソの味。

 このミソは魚介類特有の臭みが少ないのでスープの出汁にも使えそうだ。


 そしてこのミソの味はレッドさん達の舌を虜にした。

 無言でミソをスプーンで口に運ぶその顔は恍惚とした表情で頬の筋肉が緩んでいる。


「そういえば、コイツの名前はオウムガイで良いのか?」


 ミハエルさんが僕の生み出したオウムガイを指さして尋ねた。


「見た目はオウムガイでも能力とか味とか全然別物ですから。 それに火で炙ったぐらいで殻が七色に変化する事もありませんし。 別に名前を付けた方が良いのかな?」


「でも下手に名前を付けてそれを魔術師長や国王の子飼いの奴らに知られたら取り上げられるかもだぜ」


 ランディスさんがオウムガイの能力を余り知られたくない方々に目を付けられるのを危惧する。


「【コリコリ壺貝】と言うのはどうでしょう? これなら一見食材の名前にしか聞こえないし、もしバレて渡すように要求されてもコレとそっくりな奴を渡せば済むと思うんです」


 彼らの事だ。 僕にコリコリ壺貝を大量に作らせ、その代り僕にはコリコリ壺貝の使用を禁じ、その恩恵を受けさせないだろう。


「よし、それでいこう! これ以上、タダ君の鍛錬の邪魔をされては敵わんしな!」


 レッドさんが僕のアイデイアを採用する。


 その後、僕達は濡れタオルで汗を軽く拭い鍛錬を終えた。

 竈の熱で美しく七色に発色したコリコリ壺貝の殻は綺麗だったので僕が部屋に持ち帰った。


 ベッドと備え付けの机しか無い殺風景な部屋だったので机の上に置いて飾ったのだが。


 翌日、朝起きたら――


 うねうね……


「復活したーーーっ!?」


 どうやら【コリコリ壺貝】の能力は壺貝自身にも有効な様だった。

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