第2話

「アスタロトの火を」

「……。」


 その合言葉を聞くと傷を蓄えた禿げ頭の男は黙って店の奥へ消える。しばらくして革袋に納められたライフル銃を持って現れた。


「……金は」

「これで」


 商人は金貨を数え終えるとライフル銃を探偵に渡す。


「ここで開けない事だ。俺に火の粉がかかるのは御免でな」

「ふむ、了解だ」


 少し場所を変えて、探偵は慎重に革袋を開けた。軍の刻印が施された木のグリップと鉄の銃身でから成る普通の、一世代前の正式採用銃である。


「……普通のライフル銃ですね」

「……思い出すのか?」

「……いえ」


 少女は少しだけ顔を曇らせた。探偵の男は目を閉じる。銃の木の部分にそっと触れるとふっと笑みをこぼす。


「……やっぱりな」

「魔術の類ですか」

「東洋にも似た伝承があってね。『ヨートー』と呼ばれ、持てば人を斬りたくなる剣だそうだ」

「それってつまり……」

「そう、武器にも物にも魔術をかける事ができるってことだ」


 探偵はどこからともなく魔導書を取り出した。


「『魔術 - 形質魔術 -』魔痕追跡……」


 唱えられた魔術はライフル銃に残された魔力を紡いでいく。



 その女は帰り道を急いでいた。街で銃による通り魔が続いているその雰囲気は、暮れかけの街に不安を駆り立てる。誰かに見られているような、つけられているような妙な胸騒ぎがして彼女は石畳を走る。いくつか通りを曲がり、小さな広場に出た。あたりはなぜか人の気配がしない。もう少しで大きな通りに出る。そこに紛れてしまえばこの胸騒ぎは消えるだろう。そう思い目線を上げる。


その目線の先で、男が自身に銃を向けていた。


「そんな……」


女は思わず息を呑んだ。そんなことがあるはずがない。


「バカな……その錯乱は術者だけは除外されるはず……!」

「……。」


 探偵はそれを聞いて微笑んだ。


「なるほど、そこまで考えられているのか。おかげで証言を取る手間が省けた」

「……何者だ」

「依頼があってな。貴様が編み出した魔術を追っていた」

「食い扶持にこまった武器職人……という訳ではなさそうですね」


 物陰から現れた少女が呟いた。

 銃を突きつけられている女のいで立ちは普通の格好だった。腕は細く武器に触った事のないような、一見すると一連の通り魔と関わりがなさそうに見えた。女は探偵が銃を持ちながら、その引き金には指をかけていないことに気が付いた。


「見破ったか、その術を」

「金属の部分だけに魔術をかけてある。撃鉄や引き金に触れれば錯乱に陥るようにな。『ヨートー』とやらの呪術を基にしたのだろう。よくできている魔術だ」


 そこで男は女に向き直った。


「目的は金か……?」

「ああ」

 女は答える。武器の闇市にこの銃を流してしまえばそれは噂と興味を呼ぶ。人を殺したい、という願望は戦争が終わっても燻っている。


「もっとだ、もっと金が必要だ。この金を元に魔導を再興させるために。魔導の家に生まれたものとして、魔術の時代を取り戻す!」


 女の右手、白い手の甲に魔術の印が浮かび上がった。それは紫色に妖しく光る。


「これは使命だ! 私はまだ止められる訳にはいかないッ……!」


 転移魔術で十を越えるライフル銃が喚び出される。女はその全てに操作魔術をかける。銃口が探偵に向けた。かなり高度な魔術だ、探偵はそう感じた。


「死ね!」

「ん……!」


 瞬間、探偵の横にいたはずの少女が駆け出した。地面を蹴り、壁を翔け、詠唱の虚を突いて距離を詰めた。少女は服の背中に手をかけた。三十センチほどの二振りの直刀が抜かれ、銃を全て斬り刻む。それは数秒だった。斬られた残骸が音を立てて石畳に転がった。


「ルゼルクの悪魔……」


 探偵が小さな声で呟いた。そしてその言葉を打ち消すように言葉を続けた。


「体力仕事は若い者に任せないとな」

「後は任せます……私にもう人を斬らせない、でしょう……?」


 いつの間にか探偵の横に少女がいる。


「ああ、……これからは魔術の時間だ」


 彼は応えた。少しの笑みを含んで。

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光の書架 紙川浅葱 @asagi_kamikawa

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