光の書架
紙川浅葱
第1話
「して、ご依頼は?」
整った白髪交じりの髪、黒い縁の眼鏡、蓄えた髭。探偵と言われて想像する容姿に少しだけ時間を足したような、そんな形容が似合う男が膝を組んでいた。今でも切れ者と評される通りの、聡明で落ち着いた雰囲気を持つ壮年の男であった。眼鏡の奥で、横に細長い瞳が古代文字で刻まれた魔導書をまるで新聞を読むように目で追っていた。
「……アルバさん、紅茶です……どうぞ」
「おお、ありがとう」
黒い髪の少女が柄物のティーカップを依頼人の男の前に運んだ。透き通った水面は全く揺れることなく、物音もせず静かにアルバと呼ばれた男の前に置かれた。
「……。」
給仕の役割を終えると、少女は探偵の男の机の横にちょこんと座る。年齢は十三だと以前に聞いていたが、体格は年齢の割には小柄で、藍の瞳はそれとは逆に大人びた色を含んでいた。
「……はーっ」
そんな二人の雰囲気に依頼人は短く息を吐いた。相変わらずこの男は不愛想で、息が苦しくなる。そんな感覚があった。
「……近頃、巷で銃の乱射事件が起こっているのは知っているだろう」
「……。」
探偵は返事をしなかった。しかし、魔導書を追う目が少しだけ止まったことにアルバは気づく。おそらくは続けろ、という意味だろう。
「容疑者は全員死亡か錯乱。軍内部は偶然で片付けようとしているが、それにしては数が多すぎる」
「……それを軍の人間である貴様が持ち込んでくるというのはどういう吹き回しだ」
探偵は書物への視線を切らずに少しめんどくさそうに言った。
「……死傷者の数も、現場もバラバラだがひとつだけ共通点がある」
探偵の隣に座る少女が椅子に膝をつき机の上の天球儀を回し始めた。アルバは胸ポケットから一枚の書類を取り出して続けた。
「犯行に使われた銃は全てがクランセリア戦役で使われたライフル銃の軍下り品だ」
その書類には銃のロット番号が記されていた。
「……なるほど」
探偵はぱたん、と読んでいた魔導書を閉じた。その感嘆が読書によるものなのか依頼に対してのものなのかはわからなかった。
「だいぶ年季が入っているな」
「古いものだ。本来なら博物館に眠るべきレベルのな」
「……失われつつある魔術時代の遺物、か」
依頼人はまだ湯気が立つ紅茶をあおった。
「……もう犯行の目星はついているんですか」
「人々が魔術を忘れ、失われつつあるからこそ、説明がつかない事件にはその匂いがしてくるものだ」
探偵は隣を歩く少女に話す。
「あの単細胞が持ち込んできたのならばなおさらな」
二人は街に出ていた。通りは黄土や橙といった石畳で舗装され、その両側には建物が綺麗に整列していた。かつての、入り組んだ通りや建物といったこの街の面影は少なくなっていた。綺麗になったものだな、と探偵は感嘆を漏らす。ルゼルクとクランセリア、ふたつの戦役で傷ついた街は少しずつ癒え、街の中央の通りはにぎわいを見せるようになっている。工場の煙突からは蒸気が昇り、紡錘機で紡がれた生糸が市場に並ぶ。「産業」という言葉が生まれ、人々の社会の中で確かに成長していた。
ルゼルク戦役、五年前に大陸の東で起こった今世紀最初の戦争にして、その手段が、武器が魔術から鉄と火薬と機械へと移り代わった変革の戦争である。続くクランセリア戦役にて武力として高度に魔術を練り上げてきた軍略魔導士は完全に廃され、誰もが少しの修練で戦地へ赴くことができるようになった。才あるものが魔術を修め、万人のためにあれと謂われた時代は終わり、万人が修めうる蒸気と機械へと世界は変わり始めていた。
探偵は年季の入った木の扉を開く。乾いたベルの音がして、喫茶店の店主が視線を上げる。
「今日は遅かったな」
「軍のそこそこお偉いさんがおいでなさってね」
「……こんにちは」
探偵のコートの裾を掴みながら、少し後ろに隠れて少女が挨拶をした。
「おう、お嬢さん。いらっしゃい」
探偵と少女のふたりはいつもの朝のように喫茶店の奥の小さいテーブルに座った。
「コーヒーふたつとベーコントマトサンドと」
「……マーマレードパンケーキを」
「かしこまりました」
ここで朝をとるのがふたりのいつもの習慣である。運ばれてきたパンケーキを少女は見つめた。その瞳は少し子供の色をした。マーマレードを乗せてほおばると少女は笑う。
「……ん、おいし」
サンドイッチを食べながら、探偵の男は彼女のそんな様子をどこか嬉しそうに眺め、コーヒーを啜る。壮年の男と十三を数えたくらいの少女、一見すると孫娘のようなその関係に少し遅めの、ゆっくりとした朝の時間が流れていた。
「それで、どうする?」
しばらくして、店主が探偵に訊ねた。
「……この街でキナ臭い武器市場を探りたい。最新の場所を教えてくれないか」
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