第38話 買い物 中

「有原先輩、間違ってます。兄さんには、こちらの方が似合います。無論、普段の恰好も似合わないわけではありません。ありませんが……兄さんに足りないのは、男らしさです。それを補完する為には、このような少しミリタリーが入っている方がいいと考えます。QEDですね。では、これを合わせてください」

「えーっと……律さん、それは違うと思うの。直さんは、やっぱり清潔感がある格好が一番似合うから――これと、これで、うん、とってもいいと思います。大人っぽく見えますよ♪」


 どうも、皆さんこんにちは。中ノ瀬直です。アウトレットに来て、かれこれ小一時間が経過しております。

 その間、僕は次々と服を持ってくる、さつきさんと律の着せ替え人形になってました。

 どうしてかって? 

 きっかけは律の一言だった。


『今日は、有原先輩の弟さんの誕生日プレゼント選びをする、と聞いています。そこで兄さんの意見を参考にしたい、と。なら――まずは、服でしょう。服しかありません。それ以外の選択肢は何処にも転がっていない筈です。では、行きましょうか』


 うん、ごめん。どうして『まずは』になるのか、お兄ちゃんには分からないんだ……。しかも、さつきさんまで大きく頷かれて


『! そ、そうね。うん、そうだわ。それ以外はあり得ないよね。ありがとう、律さん』

『有原先輩の為じゃありません。馴れ合いをするつもりは、毛頭ありませんので。あくまでも、わ……有原先輩の弟さんの為です』 

『それでも、ありがとう』

『…………』


 まぁ、律が照れる、という可愛らしい光景が見れたからいいけれど。

 それにしても……二人のセンスが真逆過ぎて、少し面白い。

 律は、こう見えてミリタリー系、大好き。

 さつきさんは、大枠はオーソドックス。

 だけど、僕が普段着ない(というか、着る機会がそもそもない)高級ブランドを無造作に持ってくる。0がいっぱいあったような。

 ……御嬢様、恐るべし。いやでも、肌触りとかは本当にいいんだなぁ。高いのには理由がある、と実感。

 楽しそうに言い合っていた二人の視線が僕へ。


「兄さん!」「直さん」

「「どっちがいいんですか!?」」

「んー……さつきさん、のかな」

「!? そ、そんな……」「! やりましたっ」


 律がよろめき、さつきさんは満面の笑み。

 いやだってねぇ……僕にミリタリーはちょっと似合わないと思う。弟さんは知らないけど。


「……かっこいいのに。兄さんは、そうやって何時も何時も、私を蔑ろにするんです。私は妹なのに。偶には餌をくれるべきです」

「餌をあげすぎたら、太るだろ?」 

「女の子に向かって、何たる台詞ですかっ!」

「律は痩せすぎだから、たくさん餌をあげてるじゃないか。さつきさん、弟さんへ、どの服を贈るか決まりましたか?」 

「へっ? この服は、な」

「―—こほん。有原先輩」

「! あ――は、はい。とっても参考になりました♪ これは候補にしますね。ありがとうございました」


 役には立ったらしい。なら、まぁ……良いか。

 腕時計を確認。まだ、お昼までには少し時間がある。

 二人へ声をかけようとした時―—視線を感じた。

 周囲を確認するも、誰もいない。気のせいか?


「兄さん?」「直さん?」

「ああ、ごめん。それじゃ、他の店も回ってみましょうか」

 

※※※


「―—それで、兄さんはその映画を観てたら泣いてしまったんですよ? まったく、子供っぽいです」 

「まぁ、直さんが。でも、ふふ、分かる気がします」

「…………二人共」


 あの後、少しお店を回った僕達は、お腹も減ってきたのでレストランへ入った。

 既に食べ終え、食後の珈琲を飲んでいる。

 さっきの服選び後、急速に打ち解けた二人は、楽しそうに僕の昔話を話している。

 いや、あの映画は子供向け、と言われてるけど侮れないんだよ? 第一、律だって号泣してたじゃないか。


「こういう兄なので、妹は本当に大変なんです。鈍いですし、妹は甘やかさないし。再教育が必要だと思っています」

「あら? そうなんですか?? 直さん♪」

「……律、今度からホラーゲームは一人でするように」

「! に、兄さん!!? い、妹が恐怖に震えているのを容認されるんですかっ!?」

「兄を虐める妹は助けません! やらなければいいじゃないか」

「それは無理です。何故なら……ゲームが私を呼んでいるからです」

「カッコいいことを言ってるけど、一人だからね?」

「そ、そんな……うぅ……」


 律はオンラインゲームこそやってないものの、案外とゲーム好き。しかも、怖い話やお化けは苦手なのに、ホラーゲームをやりたがる。訳が分からない。

 結果、僕が呼ばれ、二人で進めることになる。そろそろ、ゾンビは一人で倒せるようになってほしい。毎回、抱き着いて来るのも卒業をしてほしいし。

 僕等のやり取りを、さつきさんは微笑みながら見ている。改めて


「……綺麗な人だなぁ」

「―—ふぇ」

「む……」


 おっと、声に出ていた。いやだって、本当に綺麗な人なんだからしょうがない。性格も良い方だし。

 取り繕うように珈琲を飲み、席を立つ。


「あ、えっと、その……中ノ瀬君? 今のって」

「……兄さん、どちらへ? お話があります」

「お手洗いだよ。すぐに戻ってくるって。あ、さつきさん」

「は、はい……」

「嘘じゃないので」

「!」


 律の目が吊り上がった。そういう他ないだろう?

 怒られる前に離れる。

 まったく、律はしょうが――また、何となく視線を感じた。騒ぎ過ぎたか。

 けれど、店員さんが寄ってくる気配なし。

 ……自意識過剰か、僕は。あり得るとしたら、さつきさんと律だろうに。二人共、目をひくし。

 さて――午後も、頑張らないとっ! 

 そう言えば、さつきさんの弟さんってどういう人なんだろうな?

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