第30話 試験勉強 上

「なーおぉ」

「ん?」


 朝、眠い目をこすりながら学校に来ると、いきなり琴がやって来た。

 珍しくしゅんとしている。


「おはよう。どした?」

「おはよう……来週」 

「ああ、期末だな。ま、お互い、頑張ろうぜ」

「う~」


 拗ねた表情になり、ぽかぽか、と肩を叩いてくる。

 いつもは、しっかりしてるのだけれども、お勉強はそこまで得意ではないのだ。 苦笑しながら、答える。


「分かってるって。今日から一緒に勉強するか」

「うん! えへへ♪」 


「――こほん」


 隣からこれみよがしな咳払い。

 視線を向けると、宮ノ木さんがお澄まし顔。相変わらず、今日も美少女だ。夏服が似合、ってぇ!


「琴、何すんだよ」

「ふんっ! なおのバーカバーカ。……宮ノ木さん、何かなおに御用?」 

「はい。御二人も試験勉強されるのですよね? 是非、私も参加させてもらえないでしょうか。以前いた学校と少し範囲が違っていて、不安なので」

「別に」「駄目」


 構わない、と続ける前に琴に遮られた。

 僕と宮ノ木さんの間に仁王立ちし、彼女を睨みつける。


「宮ノ木さん、とっても頭いいって聞いてるけど? なおは頭よくないし、一緒に勉強しても教えられないと思うな」

「私もそこまでじゃありません。ですが、多少は教えられる科目もあると思います。お互いに教え合えばいいと思います」

「むぐっ。そ、それはそうだけど……」

「……私、まだそこまで親しくさせていただいてるクラスメートがいなくて。恋ヶ窪さんとも仲良くなりたいですし。ダメ、ですか?」 

「っぐっ――わ、分かった。で、でも、なおは私のなんだからねっ! それじゃ、また後でね!」

「おー」


 琴が少し照れつつ教室から出て行った。

 涼しげな顔のお隣さんを見やる。親しくしているクラスメートがいない、ねぇ。既に男女問わず、クラスの中心だと思っていたけれども。……妙だな。既視感が


「中ノ瀬君、何か?」

「……いえ、特段」


 まさか、ね。そんな事、ある訳ないし。あっちゃならないし。

 確かに、あの人は自分を『可愛い女子高生』とのたもうているけれども、あくまでもオンラインゲーム上のお話。幾らでも嘘はつける。

 まぁ、倉みたく、何一つ嘘をついていなかった事例も――突然、宮ノ木さんの顔が近付いて来た。思わず、後ろへ身体を引く。


「む、どうして、今、逃げたんですか? 前髪にゴミがついていただけですよ」 「そ、それはどうも。ご丁寧に……」  

「あ、もしかして、もしかして、私が何かすると思いました? ふふ、中ノ瀬君って女の子に慣れてないんですね」

「いや、単に驚いただけ」

「そんな中ノ瀬君に救済措置です。私は寛大ですからね」 

「あのー宮ノ木さん」

「ぶー」

「?」

「ねね」

「??」

「ほら、呼んでみてください。女の子の名前を恥ずかしがって呼べないようじゃ、将来が思いやられます。特別に私が付き合ってあげ」

「ねね」

「!?!!」


 宮ノ木さんが、音を立てて椅子から転げ落ちそうになった。スカートが……あー。

 取り出したノートで頬を手で仰ぐ。うーん、今日は暑いなぁ。   


「いたた……中ノ瀬君」  

「何でしょう」

「……どうして、私から視線を逸らしているんですか? しかも、女の子が転びかかったのに、助けてもくれないなんて。減点です」

「やむにやまれぬ事情が」

「それは何ですか? さ、言ってみてください!」

「…………」


 無言で、少しだけ身体をずらす。

 怪訝そうな顔をして奥を見た宮ノ木さん。そこにはこちらを窺っている男女混合のグループ。今までは、僕が盾代わりになっていた。

 最初は首を傾げていたものの――やがて、みるみる内に頬が赤く染まった。僕を睨んできたので、頷く。

 力なく机を突っ伏す。美少女はこんな風になっても絵になるなぁ。にしても。


「あー宮ノ木さん」

「……何でしょう。エッチな中ノ瀬君」 

「……不幸な事故だと思います、ハイ」

「…………見たことは否定しないんですね」

「小官は何も見ておりません!」

「酷いです。もう、御嫁にいけません。中ノ瀬君、責任を取ってくださいますか?」 

「何も見ておりませんっ!」

「そうですか……今日のは見られても大丈夫! と自分では思っていたんですが……」 

「のーこめんと、です。……あんまり虐めないでください。昨日。ゲームの中でも虐められたので、もうお腹いっぱいなんですよ」

「――へぇ」


 宮ノ木さんが机に身体を投げ出したまま、顔だけこちらへ向けてきた。瞳には強い興味。

 くそぉ、無駄に可愛いなこの人。


「でも、分かります。中ノ瀬君って虐めたくなるんですよ。こう、虐めずにはいられないと、というか」 

「虐めカッコ悪い」

「私のを見た人は誰でしたっけ?」


 深々と頭を下げる。

 ……おかしい。何かこのやり取り、散々してきたような。

 くすくす、と笑い声。


「冗談ですよ。事故なのは分かってます。気にしては……いますけど。気にしてません。時折、思い出すくらいですね」

「脅しカッコ悪い」

「この場で泣いてもいいんですけど?」

「……要求は何でございましょう、御嬢様」

「分かってくれて嬉しいです。簡単な事ですよ。ええ、とっても簡単な」


 ざわり、と背筋に寒気。何だ。何をしないといけないんだ、僕は。



「試験が終わった後で構いません、少し付き合ってください。私、美味しい苺パフエが食べたいと思ってたんです」 

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