第3話 詩人(廃神)な日常その①

 自分のプライベートスペースにミネットを移動させ、ポストの前でナオさんからの薬品を待つ。じっと待つ――きました!

 MP回復薬+5が2Dと競売でも滅多に見ない神水が1D。アイテム欄には『作成者:ナオ』の文字。

 思わず、パソコンの画面を眺めながらにやついてしまうのを抑えられません。

 きっと、わざわざレア属性だけを選別して送ってくれたのでしょう。

 

 ――そういうちょっとした事が嬉しい。

 

 思わず、ベットの上で足をばたつかせてしまいます。

 あーもー。仕方ない人ですねぇ、ナオさんは。私の好感度をこれ以上、上げてどうするつもりなんですか? 

 きっと、今回挑むボスがアンデット系だと当たりをつけてでしょうけど、それって私が今、何をやってるのかをちゃんと知ってくれてるって事ですよね?


「うふふ♪」

「お姉ちゃーん、機嫌良さそうなとこ悪いんだけど、そろそろ始めるよ、作戦会議。共通クリスタル付けてよ。みんな『まだー』って言ってるから。一応、発起人の一人なんだからさ。だいたい、ここ数日、引っ越しとかで忙しくてゲーム出来なかったから、楽しいのは分かるけどそこまで――あ! ずるーい! ナオ先輩印の薬品! 私にも分けてよ!」

「駄目です。これは私のです。競売で買ってください。お金持ちなんですから」

「ケチ! この前だって私がログインしてない時に、先輩のミッション進めるしさ……横暴が過ぎると思います! 姉の横暴に断固、抗議しますっ!! いいもん。直接もらうから!」

「なな、会議始まるみたいよ?」

「う~! そうやって意地悪する~!!」


 画面を覗いてきた一つ違いの妹であるななが、私に悪態をつきながら、隣に置いてある自分のベッドに戻っていきます。そう簡単に、ナオさんに近づけさせませんよ? 

 基本的にこの子には恐ろしく甘い人ですし、妹も妙に懐いています。

 これで私の推測通り、ゲームだけでなく、現実でも同じ学校にいる事が分かったら……間違いなく、私より早く親しくなるでしょう。高校と中学の壁なんか関係ありません。妹ながら行動力ありますし……。

 でも、それは駄目です。認められません。少なくとも、私が中ノ瀬直君=ナオさんと確認し、距離を近しくするまでは。


「お姉ちゃん、本当にもう始まるよー」

「分かったわ」


 ミネットに共通クリスタル――これを付けると、パーティを組んでいなくてもチャットが出来る――を付けます。そして、挨拶。


【こんばんは】

【お、きたな御大】

【ミネットの姐御がきた。これで勝つるwww】

【今日は挑まないんだろうが。姐さん、今回もよろしく<m(__)m>】

【お姉様~☆】


 ……どうして、皆、私を可愛くない呼び方をするんでしょうか?

 私のキャラであるミネットは、天使族でこんなにも可愛いのに。始めて1年以上経ちましたが、未だに分からないことだらけです。

 なな? 何を笑っているの?

 今回の発起人にの一人である、ギークさんが発言します。


【おっし! 役者は揃ったな。今から、古都『カランオスト』の最終ミッションボス戦の打ち合わせを始めるぞ。ミネット、説明頼むわ】

【はい。と、言っても、今回のミッションボスですが――未だ何の情報もありません。日本はもとより、アメリカ・EU含めです。もしかしたら、何処かのトップ攻略ギルドが挑んでいるのかもしれませんが、今のところ攻略報告はないようです。つまり、今回は前情報無し。攻略出来れば世界最速かと思われます。あと、ボスは今までの例から考えればアンデッド系です】

【世界最速……いい響きだ……】

【遂に、俺の名が世界に轟く時が!】

【逆の意味じゃね?】

【でも前情報無しかー……み・な・ぎってきたぁぁぁ……!】

【全員、黒魔術師になって焼き尽くせば万事解決だと思うっ!】

【私、黒魔触った事もな~い】

【俺も。と言うか、後衛系触ったこともない】

【なんだとー。それでも、ナナ親衛隊なのかー】

【あ、俺、姐御派なんで】

【わ、私も】

【うぐぐ……ここでも、格差が……】


 チャットのログが埋まっていく。今回、参加しているのは二十数名。

 皆、顔見知りで、今までも組んで難敵を倒してきた歴戦の猛者達。情報無しにも動じた様子はありません。何回死ぬか分かったものじゃないのに。

 ……はぁ、まったく。廃神ばかりですね。私のようなか弱い女子にはとても理解し難い状況です。

 それにしても、世界最速ですか――いいですね。心躍ります。

 ギークさんが司会をしながら、具体的な戦術やパーティ編成等々が話し合われていきます。まぁ今回は、戦術も何もないので、そこまで奇抜なものは組めません。運営サイドは『高難易度』と謳っていたので、初見クリアは難しいでしょうし。

 なので、メイン盾・物理アタッカー・魔法アタッカー・マラソン・予備の通常編成です。

 私は常にメイン盾班なので、面白味も何もありません。

 ナオさんもいませんし。ナオさんもいませんし! 重要なので二度言いました。

 ……はぁ暇ですね。


『ナオさん、暇です。何か楽しい事をお話してください。面白かったら、その分だけ薬品代をお支払いします』

『ハードルが高い! しかも、踏み倒す気しか感じられないんですが……それは……』

『失礼ですね。ちゃんとお支払いしますよ。定価の5割引きで』

『さっきよりも安く!? と、言うかですね、会議中なんでしょう? 真面目にやってください』

『うん。後で送っておくね。この時期の引っ越しお疲れ様。ナナちゃんは、いい子だから大丈夫だよ。すぐ、友達が出来ると思うな』

『……誤爆です』

『……ナオさん、先程言った通り私も引っ越したんですが?』

『ミネットさんは、ほら、ね? 何の問題もないでしょうし』

『そんな事ありません。私も転校初日だったんですが、隣の席の男の子が最初の挨拶だけで話しかけてくれないんです。幾ら、私が凄く可愛いからって酷いと思いませんか?』

『単に怖かったんだと思います!』

『薬品はナオさんからの寄付として配っておきます。あと、私の許可なくナナを甘やかさないでください』

『酷いっ! ほら。黒魔は白魔の同胞ですからね! 名前も似てるし』

『黒魔は唯一無二の魔法アタッカーとして引く手数多ですが?』

『……血塗られた天使様が虐める。訴訟も辞さず!』


 何でもない会話です。けれど、凄く楽しい。

 

 ……本当に、中ノ瀬直君がナオさんなんでしょうか? 

 

 さっき、かまをかけたんですけど心当たりがなさそうでした。でもでも、今日のお昼に、背の高い美形な女子と話をしていて、そしたら『剣魔物語Ⅱが~』とか、『まだ不遇なの?』とか、見知った単語が飛び交っていましたし。

 

 ただ――私は名前を聞いた時、『ナオさんだ!』と思ったのです。自分の直感は信じるべき、というのが信念の一つでもあります


 ま、まぁ、当然ですけど、ゲームと現実は違います。ナオさんがいい人でも、リアルでは怖い人かもしれません。なので――明日以降は情報収集を頑張らないといけません!

 私がナオさんとチャットをしている間に、会議は終わったようです。ログを確認しましたが――特段、変な内容はないですね。

 ギークさんが〆ます。


【おっし! それじゃ、明日の21時スタートで挑戦だ。気合いれろよっ、糞廃神共!! 馬鹿な事をしでかすと……鬼より怖い、天使様に虐められるからな!!】

【……ほぉ。ギークさん、それは誰のことですか?】


 まったく! 失礼にも程がありますねっ! そんな事しませんよっ!

 ……ちょっとだけ、注意するだけです。

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