ビーフガノンドロフ

かたかや

ビーフガノンドロフ

ビーフガノンドロフ

 ヘドロという単語。よく聞くが実物をご覧になったことは?

 私が初めて見たのは小学3年生のときだった。

 手洗い場を掃除していると排水口からドロっと出てきた。

 灰色でとても臭い。くさいくさいと言いながら洗うと先生はとても喜んだ。

 そんなヘドロをまさか自分が作ろうとは。

 料理教室での出来事である。

 包丁はステンレス。

 私はビーフストロガノフを作ったつもりだったが出来上がったものはビーフガノンドロフとでも呼ぼうか。

 灰色でくさい。一体誰がこんな物体を食おうものか。

 正面の奥さんである。

 向かい合った二人がお互い作った料理を食らう。

 しかし奥さんにこんなもの食わせられようか。

 勘違いしないでいただきたい。私はそんな善人ではない。たとえエコバッグを持っていようとレジ袋はしっかりいただくような悪人である。

 しかし、しかしだな、今回に限っては無理だ。

 奥さんの料理がとても美味しそうなのだ。

 同じビーフストロガノフを作った。奥さんのビーフストロガノフはビーフストロガノフだが私のビーフストロガノフはビーフガノンドロフだ。

 この奥さんどうやらいい人のようで私が料理に詰まっては何度も助けてくれた。

 今もニコニコと笑ってこちらを見ている。

「出来ましたか?」

「ええ、奥さんの料理も奥さんぐらい美味しそうですね」

「あら~」

 どんだけ~。と奥さんが指をふる。

 駄目だこの人にビーフガノンドロフは食べさせられない。こっそり捨てるか?

 いや駄目だ今日は夜まで料理教室で夜ご飯もここで作ったものを食べるのだ。奥さんをただ空腹にさせる訳にはいかない。

 このビーフガノンドロフ、なんとか捨てよう。そして奥さんには奥さんのビーフストロガノフを食べてもらうのだ。

「おっと↓手が滑↑ったァッ!」

 ツルンと皿を手から滑らせシンクにビーフガノンドロフを落とす。

 しかしその瞬間、奥さんの手が電光石火の如く飛び出しビーフガノンドロフの皿を拾い上げた。

「あらあらダメですわよちゃんと気をつけませんとオホホ」

 優雅に笑う。

「こちらそちらの作ったビーフストロガノフですわね?」

「いいえビーフガノンドロフです」

「結構。美味しそうでございますね。いただきます」

「うわああああああああああああああああ」

 私はビーフガノンドロフの皿を奥さんの手から弾き落とそうとした。殺人者にはなりたくない。

 しかし奥さんのスピードは私の想像を遥かに超えていた。先ほど拾ったスピードはまだまだ本気でなかったのだ。

 何度手を出しビーフガノンドロフをはたき落とそうとしても奥さんは避けては避けてはバケットをちぎりビーフガノンドロフにつけこんでいく。

「あら私ったらはしたない、うふふふふ」

 恐怖であった。化物に出会ったのは三度目だ。

 もうだめだ。そう思った私は包丁を手にとった。

 奥さんの手を切り落とすほかない。

 そうすれば奥さんのお命だけは守護れる。

「覚悟ッ!!」

「はッ!」

 包丁を構え飛び込んだ私を当たり前のように調理台で尻に敷くと彼女はビーフガノンドロフに手を出した。

「やめろおおおおおおおおおおおおおおお」

「美味しい」

 

 おいしいらしい。


 後で食べたらおいしかった。

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ビーフガノンドロフ かたかや @katakaya

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