女神はおっぱいにこだわる

 良い天気だ。こんなさわやかな朝は布団と洗濯物を干して、どこかに出かけたくなる。心も洗われて非常にすがすがしい気分に・・・


「何を言ってるんですか豪牙ごうがさん。おっぱいですよ。おっぱいを議題にして飲みますよ!」

「うわっ。強引に場面転換をするんじゃない!しかもおっぱいを議題にって本当にやるの?前回のオチで終わりなんじゃないの?」

「やるって言ったらやるんですよ!さあ飲みましょう話しましょう!」


 なゆたんの強引な割り込みは時をゆがませ、さわやかな朝からドロドロの夜へと場面が転換してしまった。この子のふざけっぷりはこんなところにまで影響力があるのか。


「さあ、つまみも用意できたようですね。飲みましょう飲みましょう。かんぱーい」

「かんぱい」


 シソが好きななゆたんのためにシソ入り鶏団子を作って、いつでも食べられるように冷凍してある。鶏のひき肉にシソを混ぜるだけじゃなく、食感を良くするために刻んだレンコンを入れ、コクを出すために鶏がらスープを入れている。あとは調味料で味付けして丸めたあと、茹でて固まったら出来上がりだ。


 鍋の具だけじゃなく、味噌汁に入れてもおいしい。上から餡をかけても良いし、焼き目を入れたりと色んなアレンジができる。面倒なときはレンジでチンするだけで手っ取り早くつまみが出来上がる。お好みでしょうゆ、わさび、しょうが、ごま油などをつけて食べるのも良い。今日はカレーマヨネーズとわさびマヨネーズを用意した。


「いやー。いつ食べても豪牙さんのつまみは最高ですね」

「喜んで食べてくれて俺も嬉しいよ」

「では、おっぱいについて語りましょう」

「本当にやるの?」

「ここまで言ってきて、今さらやりませんで済むと思ってます?」

「確かにもう引っ込みがつかないね」

「そうです。だからやるのです」


 なゆたんは1つ咳払いをしてから質問してきた。


「豪牙さん。私のおっぱいは何カップでしょう」

「へっ?!」


 思いもよらぬことを聞かれ間抜けな声を出してしまった。なゆたんはじっと俺を見つめている。俺はなゆたん目からの胸へと視線を落とした。


「えー・・・・・・目が。目がああああああ」


 目に痛みが走ったが、慣れ親しんだ泡ビームの痛みとは違っている。視界が回復して見えたのは、裏ピースをしているなゆたんだった。これ指で目つぶししたよね。突っ込みの範疇を超えてるよね。


「このたわわに実った私の果実をちゃんと見てください」

「どう見てもたわわじゃない」

「まあ正解はBカップなんですけどね」

「へえ。そうなんだ。それで?」

「私の胸は日本人の平均サイズなんです」

「平均はCカップくらいありそうな気がするけど」

「ダメですよ!豪牙さん!!!」


 なゆたんは右手で俺の両ほほをつかみ、おもいっきり握ってきた。


「この口ですか!この口が言ったんですか!」

「いだだだだ。痛い痛い」

「良いですか?豪牙さんの回答次第で、敵に回す人が増えるか減るかの瀬戸際なんですよ。良く考えてください。日本人の平均カップはどれくらいだと思いますか?」

「び・・・Bでお願いします」

「わかれば良いんです」


 なゆたんは手を放して座りなおした。


「ちなみに私は限りなくCに近いBです。ここ大事ですよ。限りなくCに近いんです。」

「ニホンジン。ヘイキンビーカップ」

「棒読みで恐れないで下さいよ。分かれば良いんです」

「それで急にこんな話をしてどうしたの?」


 なゆたんはスックと立ち上がり、俺に向けて指さして言い放った。


「私は貧乳キャラじゃない!」


 なゆたんの頭上にはババーンという文字が浮かんでいる。


「誰もそんなこと言ってないでしょ」

「気になったんです。誰かが思ってそうだったんです」


 続けて力説しはじめた。


「私に限らずなんですけどね。近頃の作品ってBカップですら貧乳キャラに分類することが多くなってるんですよ。これは捨て置けません。Bは控えめな標準、Cが少し贅沢な標準なんです。なんなら大きめのCは既に巨乳ですよ。Bは普通盛りのごはんでCは大盛りごはんみたいなものですからね。Dカップからは完全に巨乳です。巨乳も巨乳、大巨乳です」


 なゆたんがいつなく真面目な口調だ。でも内容は全く真面目じゃない。


「言いたいことは分かった。なゆたんは標準的な胸のサイズだ。だけど何でそんなにこだわってるの?」

「私にも女性の魅力が十分にあると言いたいんです」

「ま、まあ、ちょっと行動がやりすぎちゃうこともあるけど、なゆたんは可愛らしいと思うよ」

「そんな程度じゃダメなんです!」


 なんで女性の魅力が必要なのだろう。もしかして俺に対して?


「そ・・・そんなに気にしなくても俺は・・・なゆたんを・・・・・・」

「いえ。豪牙さんはどうでも良いんです」


 ・・・・・・俺はどうでも良かった。


「じゃあ何でそんなこと気にするの?」

「新キャラですよ!」

「え?新キャラ?」

「もし私の女性としての魅力が足りないってなったら、それを補う新キャラが出てきてしまうじゃないですか。お色気要員が追加されて人気が出ちゃったら、ヒロインの座が危なくなるでしょう!」


 なんかとんでもないこと考えてたー!!!


「新キャラとか変なこと言いださないでよ。二人で暮らしてるんだし。キャラとかどういうこと?」

「何を言ってるんですか。これからいろんなキャラが出てくるかもしれないじゃないですか。そのときにちゃんとヒロインの座を守りたいんです」

「あの、何を言ってるかわからないんですけど。ヒロインとか何の話ですか」

「前回ぶつくさ言ってた人は誰でしたっけ?」

「すみませんでした」


 いや前回の俺はどうかしてたんだ。何かに憑りつかれたように知らぬ間にぶつくさと何かをしゃべっていたんだ。


「それに豪牙さんのことを考えているんですよ」

「どういうこと?」

「これまで友達がいなかったから人と接する機会が少なかったでしょう」

「おっしゃる通り」

「これからは私と外に出かけたり遊んだりするんですから、それなりに誰かと知り合いになると思うんです」

「そうかもしれない」

「いきなりおっぱいお化けが現れたら、豪牙さんは人生が狂うほどの大失敗をしちゃうかもしれないじゃないですか」

「いや・・・そこまでは」

「とにかく豪牙さんは新キャラが登場することについて心の準備をしなきゃいけません。よそよそしかったら突っ込むこともできませんからね」

「ボケキャラ前提なの?」


 これまで俺は運の悪い人間だと思っていた。そのせいで人との距離が遠くなっていたのかもしれない。なゆたんと一緒に暮らしてみて、他人と関わるのも悪くない気がしてきている。


「まあヒロインの座は誰にも渡しませんけどね!」


 意気込みを語りながら仁王立ちでビールを飲むなゆたんを見て、もしかしたら今まで運が悪かったのはこの子が来るためだったのかもしれないと思った。

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