女神は120度ずれた向きで名乗る

 お茶を飲んで落ち着いた俺は、単刀直入に聞いてみた。


「何の用ですか?」


 その言葉を聞いた彼女は明らかに不機嫌そうにホホを膨らませた。まだ膨らませている。どんどん膨らんでいる。というか膨らませすぎじゃない?彼女のホホは熟れたスイカと同じくらいまで膨らんでいた。


「答えの方向性が見つからないような、つまらない質問をしないでくださいよ。というか、こんなに可愛い女の子が目の前にいるんですよ?まずは名前を聞くのが先じゃないんですか?」


 可愛いというところは否定できない。悔しいけれど。

 それだけじゃなくて、名前を聞くということも否定できないな。そりゃ知らない人同士で話をはじめるには名前を聞くのが当然か。じゃあ名前を聞こうかと思った瞬間、彼女の人差し指が俺のおでこにズビシッと突き刺さった。


「自分が名乗らずに私の名前をいきなり聞こうとしましたね?」


 いやいやその通りだけれども、何で分かった。口に出そうとしたら、今度は彼女の指が俺の口をさえぎった。


「まあ良いでしょう。まずは私から名乗ります」


 何で俺の考えてることが分かるんだ?まさか心が読まれて・・・


「心が読まれたと思ってるでしょう。違いますよ。最初にあんな質問をしたら、普通の人はそういう風に考えるものなんですよ。いわゆるテンプレってやつです」


 彼女は思いっきりドヤ顔をしている。その通りに思ってしまった俺も俺だが、あまりにもドヤドヤし続けている彼女を見ると、少しずつ腹が立ってきた。でもそんな単純にイライラするのも大人げない。大きく息を吐いて心を落ち着かせようとした瞬間、覚えのある痛みが襲ってきた。


「目が。目があああああああああ」

「突っ込みも入れず何をしてるんですか。ずっと聞いてるだけじゃないですか。まさか本当に心の声が聞こえてると思ってるんじゃないでしょうね・・・・・・そのまさかなんですけどね」

「はぁ?やっぱり俺が考えてることを読まれてるの?!」


 彼女はじっとりとした目で俺を見つめ、おもいっきりため息をついた。吐いた息はドライアイスでモヤモヤと覆われているかのように床一面に広がった。


「そんなことできるわけないじゃないですか。いくら女神でもそこまでは無理ですよ」

「でもそのまさかって。心を読まれてるってことでしょ?」

「読者に」

「読者とか誰だよ!そういうの言い始めるとこっちの世界の人間は暗くなるんだからやめろ!」

「あははははは。その調子ですよ。心の中で思ってるだけじゃなくてちゃんと喋ってくれないと、私には伝わらないですからね。これ大事ですよ。2回は言いませんけどね」


 彼女はさっきまでのじっとりした目とはうってかわって、一転して雨上がりの虹のような笑顔を見せた。何度もウムウムとうなずいている。何やら満足していただけたようだ。すると彼女は突然すっくと立ち上がった。


「さあ本題ですよ。私の名前です!」


 その場で彼女はいきなりギュルギュルギュルっと回転しはじめた。そしてピタリと止まったあと、いかにも決め台詞といった感じで言い放った。


「我が名はなゆたん。天上から舞い降りし森羅万象の女神。存分に崇めたまえ!」


 完璧なポーズだと思っているのだろう。でも俺からは後姿ばかりが見えている。正確に言えば、自分と正対する位置を0度としたら、左回りに120度回転した方向へ決めポーズを取っているのだ。ギュルギュル回転して止まった時にそっちの方向を向いちゃったんだね。残念。


「えーと・・・・・・なゆたん?」

「はい。なゆたんです。平仮名でなゆたんです」


 なゆたんは何事も無かったように再び正面に座った。俺は、なゆたんという言葉に何か懐かしい響きを覚えたけれど、それ以上のことは思い出せなかった。


「名前についていうのもあれなんだけど・・・・・・」

「なんですか?」

「こういうときの名前ってカタカナでバシッと決めたやつとか、漢字で凛々しいやつとかが普通なんじゃないかな?」

「だっさwwwテラワロスwwwwww」


 なゆたんは俺を指さしながらプギャァと馬鹿にした顔をして話を続けた。さっきまで普通にしゃべってたから忘れてたけど、そういやこいつは登場してからしばらくこんな口調だったな。


「ただの名前ですよ。どんな名前でもありえるじゃないですか。そんな発想するなんて小説でも読んでるんじゃないですか?」

「うーん。突っ込みづらい」


 そういうことを考えはじめると、この世界の人間は暗い気持ちになるからやめておこう。


「じゃあ俺も自己紹介するよ」

「それはいらないです!」

「はぁ?自己紹介する流れでしょ?」

「だって知ってますから。あなたの名前は沙極豪牙。沙極と書いてシャゴク、豪牙と書いてゴウガですね」

「な・・・何で知ってるの?」

「女神ですから」


 ニッコリとほほ笑むなゆたんと目を合わせながら、通報しようとそっとスマホに手を伸ばそうとしたら、泡ビームが俺の目を直撃したのだった。

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