第5話 売店の前で
仕方なく彼女は他の方法を考えることにした。
「他にエルフがいそうな場所かあ」
昼の鐘が鳴り、訓練を引き上げた兵士たちが王宮内の食堂に向かう姿が見える。
「あ、そうか」
彼女も食堂に向かった。
同じ団の同僚の姿も見えるが、今は事情が事情だけに知られたくない。
こっそりと食堂を通り過ぎ、目的であるエルフ兵用の売店に向かう。
食堂の出入り口の外にある小さな売店。
エルフの日用品は王都では手に入りにくい物もある。そのため、エルフの森から仕入れたエルフ専用の売店が存在するのだ。
「あ、あの」
「はあい、いらっしゃいませええ」
売店にいたのは、中性的な者が多いエルフにしては豊かな胸をした色っぽい女性だった。
魔術師の女性は自分の胸に手を当て、しばし敗北感に浸っていたが、頭を振って気を取り直す。
「お忙しいところ申し訳ありませんが」
先ほどは門番のエルフ兵に怒られてしまったので、彼女は目を逸らしながら丁寧な口調で訊ねてみる。
「黒い髪のエルフの男性をご存知ありませんか?」
「え?」
魔術師の女性は知らなかったが、この売店の売り子も裏組織の者である。
「何かそのエルフが悪さでもしたの?」
心配そうに売り子の女性が魔術師の顔を覗き込む。
「いえ、そうではないんですけど。あの、その」
泳ぎまくる視線を売店の中に移すと、売り切れと書かれた紙を見つけた。
「あ、あれを注文していたんです。その彼に」
エルフ以外の者はこの店に欲しい物がある場合、知り合いのエルフを通すことが多い。
「ふうん」
やはり不審がられただろうか、と魔術師の女性は顔を赤くして俯いた。
「そう、わかったわ。じゃ、あれが入荷したら彼に届けさせるわね」
「へ?」
魔術師が顔を上げると、売店のエルフはにこりと笑った。
「お買い上げありがとうございます」
それはその店の中でも高額な商品だったのである。
価格を聞いて、魔術師の女性は一目散に部屋へ戻って来た。
「お金、あったかな」
ばたばたと部屋の中で鞄や、へそくりの場所を探す。
「あった、良かったー」
金額は何とかなりそうで安心した。
座り込むと、さっきの売り子の言葉を思い出す。
あのエルフの女性は黒髪のエルフを知っていた。
届けさせると言っていた。
「彼に会えるんだ」
夢ではないのだ。魔術師の女性は顔が真っ赤になった。
しかしそうなると自分自身の容姿が問題になる。
舞踏会の時は着飾り、まるで普段の自分とは違う姿になっていた。
エルフは容姿の美しさで相手の好き嫌いがはっきりしているという。
「う」
彼女は、今度はばたばたと衣服を引っ張り出したり、髪や、肌を気にし始めた。
昼間の自分を見て、がっかりされたらどうしよう。
そんな焦りが彼女を普段と違う彼女にしていた。
「副長、最近変ですよ?」
部下の女性に突っ込まれる。
売店で注文をしてから二日が経っていた。あの日からずっと副長の女性は容姿を気にしている。
「え、そんなことないと思うけど」
いつも自分を庇って男性との間に入ってくれる部下に秘密を持つのは少し躊躇われた。
それでもまだ恥ずかしくて口には出来ない。
「そんなに変かしら」
訓練中にも関わらず、服に着いた土を払い、髪を撫でつける。
「やっぱり変ですって。今までそんなに服の汚れとか気にしたことなかったじゃないですか」
部下たちがうるさく言っても、別にどうでもいいとぼさぼさの髪で出歩いていた女性である。
「あはは」
苦笑いで誤魔化して訓練が終わる。
部下の女性と共に部屋へ向かって歩いていると、魔術師団の見習いが部屋の前で待っていた。
「副長。これ、お届け物です」
両手に入るほどの大きさの可愛いらしい木箱である。
「誰から?」
「えーっと、それが分からなくて」
兵舎の受付にいつの間にか置かれていたらしい。
魔術的にも特に問題がなく、副長宛てと書かれていたので持って来たらしい。
「そんな怪しい物を」
と部下の女性は怒ったが、副長の女性には心当たりがあった。
「いいの、分かったわ。じゃあ、お金をお支払いしないと」
当然彼に会えると思っていた彼女は、少しがっかりしながらお金を支払おうとした。
「いえ、贈り物ですから」
「え?」
そう言って見習いは立ち去った。
確かにその箱には、男性が女性に贈るための小さな紙が挟まれている。
それには差出人はなく、彼女宛てであることのみが記されていた。
「なーんだ、副長。やっぱ舞踏会で誰か捕まえたんでしょ」
舞踏会などで知り合った男女はこうして贈り物をし合って愛を深めるそうだ。
冷やかすように部下の女性が箱を奪い、先に部屋へ入ってしまう。
「ちょ、ちょっと待って」
慌てて後を追う。
「あ、これお菓子ですよ」
蓋を開いて中身をこちらに向けて見せてくれる。
こういう時、あまりにも仲が良いのも考え物だと思う。
「お茶入れますねー」
当然自分も食べるのだという勢いで、部下の女性はお茶の用意を始める。
可愛い木箱には白くて細長い四角の、上品そうなお菓子が並んでいた。
一つ手に取って眺める。
「わ、これ、すっごく美味しい」
もう部下に食べられていた。
脱力して椅子に座ったまま、彼女もそのお菓子を口に入れた。
見た目より柔らかく、さくっと音がした。
香りはあまりしなかったのに、口の中に甘さが広がった。
「美味しい」
ほうっと息を吐き、部下の女性が再び箱へと伸ばした手をピシッと叩く。
部下を追い出しひとりになる。
本人に会えなかったのは仕方ないが、このお菓子はおそらくあの売店の高級品に違いない。
「お金を払わないと」
今まで彼女はこんな贈り物をもらったことがなかった。
それがどういう意味なのかも分かっていない。
彼女は着替えて身支度をすると、夕食で兵士が集まり始めた食堂の入り口へ向かう。
売店の女性に声をかけた。
先日と同じ色っぽいエルフの女性である。
「あの、先日はどうも」
「あら、魔術師のお姉さん。こんにちは」
エルフの女性売り子はにっこりと微笑んだ。
そして魔術師の女性は、届けてもらったものの、代金を支払っていないことを話した。
「まあ」
目を丸くした売り子のエルフは、何かぶつぶつと呟いていた。
「あー、お代はその彼が支払ったので問題はありませんよ」
「え、でも」
宝飾品と比べることは出来ないが、単なる顔見知り程度の相手への贈り物としては高額ではないだろうか。
「できればお金を彼に返したいのですが」
大真面目にそんなことを言い出す魔術師の女性が店員には不思議に思えた。
普通の女性なら、男性からの贈り物の代金など支払ったりしない。
可能性があるとしたら、その男性のことが大っ嫌いで、贈り物を受け取っても自分で代金を払って買ったことにしたいと思っているということだ。
その場合は売店側が男性に代金を返却することになる。
しかし、この女性は特にそんな様子は見受けられない。
少し考え込んでいたエルフの店員は、顔を上げて行き遅れの魔術師を見た。
「それはその彼が悪いので。そうですね、直接彼に支払ってもらえませんか」
「はあ、でも会えなくて」
名前も所属部署も知らない。
会いたくても会えないのだ。
「じゃあ、もう一つ注文してください。今度はちゃんと本人に手渡すように言いますから」
売り上げ至上主義の売り子であった。
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