第3話 王宮の地下で


 王宮の地下に小綺麗だが窓の無い小さな部屋が一つある。


エルフの男性がその部屋に入ると、一つしかない椅子にダークエルフの女性が座っていた。


「なんだ、もう戻って来たの?」


黒髪のエルフの男性は明かりをつけ、何も言わずに服を脱ぎ始めた。


彼は、着慣れない豪華な服は金輪際ごめんだと、ため息を吐きながら軽く畳む。


「どうだった?。会えたんでしょう、例の彼女に」


ニヤニヤといやらしい笑みを浮かべるその女性を無視して、エルフの男性は自分の服に着替えた。


「お借りした服をお返しします。もう遅いですからお帰りください」


「えー、一応私はあんたの上司なんだけど」


このダークエルフの女性は王族専属の諜報員である。


白い髪と褐色の肌。女性としては小柄だが、豊満な胸と鍛えられ引き締まった筋肉が強調された護衛用の制服を身に着けている。




「とりあえず仕事の報告は明日しますから、出てってください」


冷たく言い放つと、エルフの男性は一つしかない扉を開けて、自分の上司を廊下に追い出す。


「少しぐらいいいじゃない、けちー」


目の前で扉を閉める。


上司はぷりぷりしながら扉を蹴り、くるりと背を向けて階段を上がって行った。


「ふう」


彼は一つ大きな息を吐く。


「あなたにはちゃんと感謝してますよ」



☆ ☆ ☆



 エルフの男性は元から黒い髪をしていた訳ではなかった。


彼は金色の髪と緑の瞳をした、エルフの森で拾われた孤児だった。


 本来なら森の民は共同で子育てをする。


しかし彼が産まれた頃、エルフの森は人族との戦争に敗れ、すさんでいた。


誰も見知らぬ赤子の面倒など見る余裕がなかった。


彼は最低限の食事以外は与えられず、放置され、何も教えられないまま少年になった。



 やがて、少年は同族に馴染むことが出来ないまま、こっそり森を抜け出した。


何も知らない少年だったが警戒心だけは強く、隠れながら旅をした。


食糧は森さえあれば調達出来るし、ゴミを漁る事もある。


野宿はざらで、どこかの納屋に潜り込めればいいほうだった。



 それが何年も続き、流れ流れて賑やかな王都に着いた。


当時の王都はエルフ族が少なく、見つかると拐われ見せ物にされる。


彼はエルフであることを隠し、なるべく気配を消して生きていくしかなかった。


気がつけば、この王都の闇の中で百年以上も過ごしている。


そして、いつの間にか彼の髪は黒くなっていた。


 ある日、たまたま彼は衛兵の勘違いで捕まった。


魔法を使うエルフは危険とみなされて、特別な牢に放り込まれてしまう。


その彼を、何故かあのダークエルフの上司が見つけて引き取ったのである。



☆ ☆ ☆



 あの日々を思えば、ここは上等の上だと思う。


黒髪のエルフは薄い毛布をかぶり、明かりを消した暗い部屋で目を閉じた。


 髪が黒くなり始めた頃から、彼は暗闇を全く恐れず、エルフ特有の夜目にも頼らず自由に動くことが出来るようになっていた。


その上、軍の裏組織である諜報部隊の訓練を受けたせいで、彼の中の闇を使う能力がさらに強化される。


上司はこの黒髪のエルフの予想以上の能力に驚き、喜んだ。


闇に同化し、気配を消す彼は王宮の中にいても自由に動き回ることが出来たのだ。


戦闘などは苦手としているが、情報収集にはうってつけの能力である。


彼はそれを活かし、王宮内の不穏な者を上司に知らせる役目を担うことになった。




 真夜中にぱちりと目を覚ます。


気配察知に鋭く、わずかな時間で身体と意識が覚醒するようになっている。


 そんなエルフの男性が自身の中の闇に眼を凝らせば、一筋の光が見える。


彼が見たのは、今夜の月にも負けない彼女の美しい横顔。


「こんな仕事、受けなきゃよかったかな」


選択肢など、初めからなかったのだけど。




 エルフの男性は、第二魔術師団の副長である女性を二年ほど前から知っていた。


「監視、ですか?」


「うん、相手は女性だからずっと私が担当してたんだけど忙しいからさ」


彼の表向きの仕事は、王宮内でエルフ兵用の商品を売る商人である。


王都に来るまでひとりぼっちだった彼は、薬や非常食を常に自作していた。


その知識を活かし、その商品を作成、売店に卸す商人として登録しているのである。


彼は商人としての仕事をしながら、対象者を監視することになった。




 副長の女性は、魔術師でありながら剣術や体術までこなす猛者と聞いていた。


しかし実際調べてみると、ごく普通の人族の女性である。


若くして副長という立場にいるが、これには理由があった。


 彼女は魔術師学校で重傷者二名を出す事件を起こしている。


本当は彼女に非はなかったのだが、相手が貴族ということで卒業間近でありながら放校になりかけた。


優秀な生徒の事件を知った裏組織は事件そのものをもみ消し、助ける代わりに卒業後に国軍の魔術師団へ入ることを約束させた。


王都で客商売をしている実家への影響も考え、彼女は渋々頷いた。


そして入団したからにはいつも全力で務めた。


そのお陰でわずかの期間で彼女は副長になった。


しかし昇進に関しては兵の重鎮として囲い、報復を目論む貴族の関係者たちに手だしさせないための国軍の措置だったのである。




 エルフの男性は来る日も来る日も彼女を遠くから観察し続けた。


彼女の男性嫌いは相当なもので、見ていてハラハラすることも多かった。


そうなった経緯を知っていれば無理もないと思う。


しかし、あれほど強い女性が男性を見るだけで震えて逃げ出す。


エルフの男性には哀れに思えた。


彼女は努力家だ。一人で黙々と身体を鍛え、魔術の勉強を欠かさない。


そんな彼女に何かしてあげたいと思うようになり、その想いはだんだんと募っていく。




 恋、ではないだろうと黒髪のエルフは思う。


どう考えても釣り合う相手ではない。


同情、というには彼女は幸運過ぎる。


自分の助けなど必要としない程度に、彼女の周りは彼女を大切にする者たちが守っていた。


黒髪のエルフは、今日も王宮内の林から訓練に汗を流す彼女をただ見守る。




 監視の目的には二通りある。


相手が何かやらかさないように見張る事と、他から手出しされるのを防ぐ事である。


気配察知にすぐれたエルフは、のんびり木の上で寝ているように見えても耳が周りの音をすべて拾っている。


不審な動きがあればすぐに報告。必要ならば排除する。


 彼女の担当になって二年。男性エルフはすでに数名の間者を追い出している。


闇の中から恐怖を与え、直接傷つけなくてもその場にはいられなくする。


おそらく彼女を取り込もうとする勢力だろうと上司は言うが、単に嫁候補の身元調査もあるんじゃないかと男性エルフは思う。


あの極端な男嫌いでさえなければ、彼女はモテるだろう。


どちらにしてもエルフの男性にとっては邪魔でしかない。




「このままだと彼女、結婚も出来ないと思うのね」


舞踏会の少し前、黒髪のエルフに上司の女性はそう言った。


 魔術師の魔力は血筋で遺伝すると言われている。


彼女のような優秀な魔術師の血は貴重なのだ。


王族が彼女を囲っているのも、国にとって財産にも等しいからでもある。


しかし彼女の男嫌いは相当なものだ。このままでは子孫を残すことも出来ない。


男性エルフは無表情のまま指示を待つ。


「だからねえ、あんた、彼女の最初の恋人になりなさい」


「は?」


意味が分からない。


「男性に免疫を付けるために、エルフが最適なんじゃないかと思うわけ」


男性エルフはこめかみを抑える。


「つまり中性的な外見を利用して、彼女に取り入れということですか」


「ついでに子供作っちゃえば尚いいよ?」


「遠慮します」


子供の件はともかく、こうして第二魔術師団の副長と、表向きは商人だが実は裏組織の者である黒髪のエルフとの出会いは仕組まれたのである。


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