ソーダライト

クコ

ソーダライト

惨めな彼は一人きり。

ぼろぼろの布一枚が彼の服。

固い土が彼の寝具。

道路の隅で気だるげに、

視線を宙に向けている。


通り過ぎる音の中、

二つの音が彼に近寄り

彼の視線に一人の女性が写り込む。


眼は虚無に染まり、

薄汚い布からは細い体がのぞく。

しかし彼は不思議な美しさを持っていた

ただ今美しさは彼の虚無感に

蝕まれ効果をなしていないようだ

何て哀れな人なんだろ。

そう思い彼女は、

彼に手を差し伸べた。


彼は彼女が自分を憐れんでいることぐらいわかっていた

今まで何度も同じ目を向けられたから

分っていながらも彼は彼女の手を取り

お礼を言った。


そんな彼を観て彼女は

何て愚かな人なのだろ。

彼には人を見る目が無いのか

それともプライドというものが一ミリも存在しないのか。

そう思った。

しかし彼女は哀れで愚かで惨めな彼を痛く気に入ったようで

自分の屋敷に連れて帰ることにした。


屋敷での彼の扱いは動物のようで、

使用人は皆彼を憐れんでいた。

寝床は小さく、

食事は冷めた残り物。

しかし彼はいつも楽し気で、

彼女を慕っているようだ。


「貴方様は私をあの劣悪な環境から救ってくれた女神のようなお方だ。

衣服も食事も住み家もそして寝どこまで与えてくださるなんて。

感謝してもしきれない。」


哀れな彼は同情の的。

動物よりもひどい扱いを受けていたという彼が、

この現状を受け入れるのは当然のことだ。

使用人たちもそう考えるようになりました。


彼は犬のように、はたまた猫のように

屋敷の人間たちにかわいがられていました。


彼は彼女の犬であり、

彼は彼女の飼い猫だった。

奴隷でも人間でもなく、

彼はまさしく愛玩動物。


それは周知の事実であった。


自分がいなければ生きていくこともできない彼に、

彼女は心奪われた。


彼はいつでもしなやかで、

彼はいつでも可愛らしく、

彼はいつでも彼女を想って。

差し伸べられた手だけを握り続けた。


「貴方はとってもいい子、私の大事なかわいい子。

いつもお利口さんの貴方に私から褒美をあげる。

好きなものを言ってちょうだい、

何だって叶えてあげる。」


「…頭を、なでて欲しいです」

彼はそう願ったが

彼女は納得していないようだ

彼の頭を撫でながら

「それじゃ褒美にならないわ、ほかにないの?」

と問いかけた。


抱きしめて欲しい。

一緒に寝たい。

手ずから食べさせてほしい

彼はたくさんのことを願った。

そして彼女もそれに答えたが。


彼女の納得する要望は出なかった。


食べたいもの、欲しいものはないかと言っても。

彼は彼女にしてほしいことを

遠慮気味に言うだけだった。


「貴方は無欲なのかしらね」


「私は今とても幸せで、これ以上望むものなど無いのです。

貴方様のお傍に居られるのならそれでよいのです。」


それに気を良くした彼女は

彼のしてほしいことを次々と叶えて行きました。


庭を散歩し、

食事を共にし、

風呂に入り、

寝床をともにし、

抱きしめて、

頭をなでて、

彼の髪をとかした。


自分の行動で喜ぶ彼を見るのが彼女はうれしくて仕方なかった。


彼はいつも謙虚で素直でかわいくて。

その笑顔には人を引き付けるものがあった。

彼はまるでうまれながらの愛玩動物のよう。

シルクのような髪

そよ風のように澄んだ声、

金魚のようなしなやかさ、

犬のような従順さ。


彼の瞳はソーダライトのよな青色で

濃く、深く、そしてうつくしく、

一度見つめられれば

魅了され、引きずり込まれ、

逃れることなどできなくなってしまう。


何が食べたい?

どうしてほしい?

何度も彼に問いかけた。


彼は愛玩動物

周りは飼育係。

彼女は飼い主。


ふかふかのベットの上で、

彼は彼女に抱きしめられ、

顔を赤らめる


困ったように下げられた眉に、

青い瞳を包む瞼に、

常喜した頬に、

誘うように小さく開いた口に、

彼女は愛おしそうに口づけた。


何度口づけても彼はいつも恥ずかしそうで。

それでいて気持ちの良さそうに彼女を受け入れた。


啄む口づけにしびれを切らすのはいつも彼で。

不安げに、一生懸命に、彼女を誘う


彼女は彼をきつく抱きしめ

「可愛い私の子、

怯えなくてもいいの、あなたの願いはいつだって叶えてあげる。

だってあなたは私の物だもの、貴方に触れ、貴方を慰めるのは私だけ。

そうでしょ。」

「勿論、私は貴方様のものです」

彼女は満足げに微笑んで彼の口を塞ぐ。


彼は変わらない。

屋敷に来た時から、

彼女を見た時から、

近づく音を聞いた時から、

あの路上についた時から。

彼の心は変わっていない。


彼の眼のように

濃く、底なしの深さを持っていた。


彼は美しい。

瞳は宝石、髪はシルクのようだった。

そして彼は

動作や表情、声も美しかった。


だから彼の体に傷はつかなかった。

だから彼の頭部と胴体は切り離させれなかった。

だから彼の眼球が取り出されることはなかった。

だから彼は仲間とは違い生きることができた。


彼のうつくしさは命あってのもの。

彼の魅力は動いてこそのもの。

それが彼を生かした才能。

彼の生きる術。


私は愛玩動物、

彼女のペット。

彼女に一生傍にいて。

いつまでもいつまでも、放さない。

全てを尽くしたのだから。

これだけ時間をかけたのだから。

もう大丈夫。

彼女はもう私を手放すことなどできない。


彼は心の中で小さく微笑み

ベットの質感を

今朝の食事を

先ほどの快感を思い出し

幸せを噛みしめた。

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ソーダライト クコ @lycium_9

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