第4話 彼女ができた
今日は 生まれて初めてのバイトの日だった
ひょっとこに似た 親方は 忙しそうに焼き鳥を焼きながら 小皿料理を作っている 唯一 頼れるのが ホールの宮田加代子さんだった
『秀君 生ビールはね ジョッキを少し傾けて このラインに来たら 泡を注ぐの いいわね』
「はい」
『それと テーブル番号だけど 時計回りに Tの1、2、3で回っているから 全部で10卓 カウンターは Cの1、2、3で7席だから OK?』
「はい」
『それと伝票は このハンディー注文機で登録すると 冷ケースのここから出てくるから それを各テーブルの伝票板に挟んでね お会計は 私がするから ね』
「はい」
『秀君 Tの2番さんがお呼びよ 行って来て とりあえずこのメモ帳に書けば 私に頂戴 いいわね』
「行って来ます」 俺は小走りでテーブル2番に向かった お客は 生ビールのお替りだった
「加代さん Tの2番さん 生三っつです」 俺は 大きな声で加代さんに伝えた 俺は 蜂のように飛び回った やがて9時を回った頃 店は 一段落した
「秀 賄いだ こっちへ来て食べなさい」 厨房の僅かなスペースに天婦羅と味噌汁があった
「はい 頂きます」 旨い さすがこの道35年のプロの板前だ 手際がいいし味も最高だった
今日は 昼にかけうどんしか食べて無いのでお腹が空いていた ご飯のお替りも2回もした
労働の後に食べる食事は 美味しいものだ それにしても加代さんの身のこなしがいい
特別に美人でも無いが 笑顔がチャーミングでとてもかわいいのだ
「よし 秀 もうオーダーは しばらく入らないだろう 加代ちゃんと変わってあげな」
「はい」 そして俺は 加代さんからハンディ注文機を受け取ると 自分でも恐ろしいほど 仕事の手順が良かった オーダーを登録するハンディ注文機も完全にマスターしていた
からだも軽い 身のこなしもいい 笑顔も出る 大きな声が出る まさに居酒屋のホールは 俺にとっては 天職だった さすがの親方も加代さんも驚いている
『秀君 ありがとう 煙草とか吸わないの?』 加代さんは 厨房の奥のホールから見えない所で煙草を吸っていた 細い指が細い煙草に巻きつき色気が漂う
「俺 まだ未成年だし 煙草吸ったことないんです」
『本当に優等生ね 少し見直しちゃった 今日 私が秀君の歓迎会してあげる 終わったら飲もうよ お酒は 少しくらいなら飲めるんでしょ?』 加代さんが紫煙を噴き上げて問う
「はい」
間近で見る 加代さんは 本当に可愛かった
11時半 店は終わった
「加代ちゃん 秀 今日はもういいぞ お疲れ 秀 お前 月水金土で来てくれや 時間はいっしょ どうだ? 続けられそうか?」
「大丈夫です 自分にあったバイトのような気がします これからもよろしくお願いします」
『じゃあ 秀君 行こう マスター お先に失礼します』
「あぁ お疲れ」
外に出ると 風が爽やかだった ゆるりとして興奮した肌を癒してくれる 加代さんは いくつなんだろう 20代の前半にしか見えない もしかしたら10代にも見えそうだ
『秀君 ここ入ろう [甚八] 朝5時まで営業してるって 頑張ってるね 行こう行こう』
店の奥に入ると 個室の堀炬燵で 妖艶な灯りがユラユラして揺れている
『秀君 何飲む? 今日は 私がおごってあげる 何何?』
「じゃあ 生ビールを」
『すいません じゃぁ生ビールふたつ あと焼き鳥セット塩で あと甚八サラダで』
生ビールが来た 加代さんと乾杯した 昨日まで苦かったビールが 今日は美味しく感じた
『ねぇ秀君 お酒とかは 飲んだことあるんだ』
「昨日 たらふく飲みました 気づいたら朝だったのでびっくりです」
『ふ~ん でも真面目なんだね ちゃんと大学行って ちゃんとバイトしてさ サークルは?』
「ワンダーフォーゲル同好会です」
『うんうん いいな~ 友達とかできそう?』
「いや いいんですけど・・・」
『何?』
「どうも波長が合わないような気がして・・・」
『誰と?』
「会長です いつもギャンブルばかりやってて 競馬の次は 今度麻雀とか言うから」
『あら 麻雀って頭使うのよ イカサマもありだし』
「僕に おヒキをやれって・・・」
『その会長さん 相当腕がいいようね 私も経験あるけど 実わね 私 まだ22歳なんだけど・・・ いわゆるバツいちなの ふふ 前の旦那が ギャンブル好きでね それでもめて別れたんだけど』 加代さんは ぐいっと生ビールを飲み干した
「え 子供は?」
『いない 流産しちゃって・・・ 私の親も借金があるから 高校も行ってないわよ 行きたかったな』 そう言うと加代さんは 下を向いて寂しそうな顔をした
加代さんは お酒のペースが早かった 生ビールを3杯飲んで カシスオレンジを飲みだした それでも全然酔っ払っていない 呆れるくらいに酒が強いのだ
話は 佳代さんの今の環境 過去の男 子供のこと いろんなことを喋り続けた 特に前の
旦那さんがパチンコや競馬・競輪などでサラ金までお金を借りたくらいだと・・ 嫌になるのも分かる気がした 生活も荒れ果て やっとできた子供も流産しちゃって本当に可哀想だ
『ふ~ なんか酔っ払らちゃった 秀君 女の子にモテるでしょ 彼女いないの?』
そう言われた時 何故か 中野可憐さんを想い出した
「彼女なんていないっす 気になる人は いますが」
『相手の反応は どうなの?』
「至って普通です 年上だし」
『あら 私だって年上よ じゃあさ 暫定的に私とつきあおうよ どう?』
おい いきなりかよ~ どうせ彼女もいないし暫定的だし でもな~ 同じ職場だし・・・・・
『おい 六輔 聞いてるのか 私の話!』
「いいですよ じゃあおつきあいお願いします」
『よし いい子だいい子 すいません~~ カシスオレンジ~ もう一杯替わり~~』
グラスに残った カシスオレンジを加代さんは 一気に飲んだ
『私意外と寂しがり屋なの それも強度ね ぷは~~ よし秀 ここで私にキスして 唇にね』
「え」
『早く~』 加代さんが唇を突き出して目を瞑った
「あ はい」
加代さんとのキスは オレンジの味がした 加代さんの舌も 俺の舌に絡まった
『ありがと 美味しかった じゃあ これ一杯飲んだら帰ろうね 私は十条 秀は?』
「板橋駅の近くです」
『うん 若い子っていいよね 漲ってて はは』
店を出ると 加代さんは 千鳥足だった
自分の自転車にまたがり 俺に投げキッスをして去って行った
俺は 自分の唇を触った 午前3時 晴れ 俺に暫定的だが彼女ができた
だが俺の胸の内には 可憐さんがいる 今日もミニスカートで頑張ってるんだろうな~~
なぜか 急に会いたくなった でも俺には 加代さんがいる 複雑な気持ちだった
満月の月が 18歳の俺を照らす
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