第7話 アイスナイン

フロアにはThink Fastがかかってたので、DJはこの曲を良くかけるシュウさんだなと思った。

DJは曲をつなげる時のパターンの一つで、先にかけていた曲のラストまでかけず、最後のリフレインに次の曲の頭を重ねるやり方がある。

そうすると躍動する空気感を止めずに曲を変える事ができるんだ。

でもこの日はThink Fastの激しいビートの部分が終わり、曲の最後に余韻的に残るリバース音部分までかけていた。

空気感は一度終わった感じになるけど、これはこれでDJのパターンとして次の曲の頭が印象的になるんだ。


「マキは踊らないの?」

「うん、ダメ、恥ずかしくて」

「えー踊ろうよ」

「勘弁してー」


その時私と直子が同時にフロアを見て、顔を見合わせて

二人は爆笑した。

「凄い」

「嘘」

Until Deathがかかった。さっき直子が長いイントロのドラムを歌ってた曲。

「行こ行こ」

拒否する言葉を挟む間も無く無理やりフロアに引っ張られた。


前に一度無理やりフロアに連れ出された時があったけど、私を引っ張った常連客のお兄さんお姉さん方は閉店までムクれてた私のご機嫌をとる羽目になった。


しかし今日フロアに引っ張った直子は、私の両手を取りニコニコニコニコしていて...これじゃムクれられないよ。


フロアでは、直子のリードで社交ダンス、バレエ、タンゴ、マイムマイムの踊り真似をしてふざけた。

こんなに笑ったのは生まれて初めてじゃないかと思った。



時計は4時を超えてた。

私は再びカウンターのハイチェアーに座ってた。

ねーさんは洗い物してる。

直子はハイチェアーを並べてその上に横になって、私の膝の上に顔を乗せて寝てる。


「その幼稚園児、本当に凄いね」とねーさん。

「うん、元気だよね」

「マキをあんなに笑わせるなんてね」


直子は私の右手の平を両手で握ってた。

眠ってると思えない力強さで。

手の温もりのおかげで、あの時耳打ちされた言葉を思い出した。


「私ね、名字が変わるんだ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る