第4話 マキ

今年の5月4日、21時頃。

家の洗面台の鏡ごしで自分の前髪と格闘してた。何度か鋏を入れる。まっすぐにならないと気が済まない。

最後にブラシを背中までの長さの髪に流してベレー帽かぶって駅まで自転車ですっ飛ばした。


私の住む町から氷り山駅までの最終は21:28。

終電は早いし一時間に一本だし線路は単線だし、と学校の皆は嘆く。

確かに皆で映画見に行った日の、忘れ物取りに戻った友達を駅で待ってた時なんかは予定の映画が観れなくて次の電車さえすぐ来れば...と悲しかった。

折角皆が楽しみにしてた予定だったし。

でも不便さも悪くない。私はその日観る予定じゃなかった予備知識ゼロだったアニメ映画も楽しかった。こんな事がなければ一生見なかったかも知れない。


最終に乗って50分程揺られて寝落ちしかけた頃、氷り山に着いた。

いつも乗ってるから到着時間は覚えてたけど何となく腕時計を見ながら

「今行ってもまだガラガラで寂しいかな」と思う。

でも時間潰すにもお腹もすいてなかったし、そのまま店に向かった。


目指す雑居ビルの前に誰もいない。

「やっぱりまだ早かったか」

いつもなら音から逃げた人が耳を休める為にここでだべってる。


バスドラの四つ打ちの低音が階段の下から聞こえ、段を降りる度近づいて来る。

踵が高い靴、まだ慣れないからゆっくり階段を降りた。

ドアにアイスナインの文字。重い防音ドアを毎度苦労して開ける。


中に入った途端、Happiness In SlaveryのRe-mix Ver.に曲が変わった。これCD持ってる。

フロアを観る。いつも通り真っ暗。

たまに走るレーザーで2、3人踊ってるのが見えた。


「マキ」

呼ぶ声がしたので振り向くとヨウコねーさんがいた。

「この不良娘、またクラブ通いか」ハグのポーズして来てくれたけど

恥ずかしくて反射的にガードしてしまった。でも気にしてない様で安心した。

「ワタクシ、クラスでは優等生なんですわよ」

ねーさんは

「知っとるわ!よい子ちゃんアピールか?いやらしい」と笑いながらバー・カウンターに入って行った。


カンパリオレンジを出して貰い「ストローもね」

「はいはい、どうぞよちよち」と出してくれた。


お酒は別に好きじゃ無い。ほぼ一晩かけてこの一杯をちびちび飲む。ストローで。

音楽は好きだけど踊らない、いつもこのカウンターのハイチェアーに座ってフロアを眺めてるか、ねーさんと朝まで駄話をしてる。


学校で優等生扱いされてるのは本当。

制服のスカートも長すぎないし短すぎない。成績も良い、勉強も結構好き。

美容室の担当のねーさんに音楽を色々教えて貰って仲良くなって、

ねーさんのお兄さんが経営してるクラブに遊びに誘われて、

それから毎週来てる。


少し悪い事をしてみたいけど怖さから

知人の手の中で中途半端な悪事。私らしい。

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