第37話
メアリーの記憶が、どんどん吸い取られていく。
ガラムドに記憶エネルギーが蓄えられていく。
――が、それは途中で中断される。
「……何?」
ばちっ、と電気が弾けるような音がした。
それは、メアリーとガラムドの間に存在する『何か』だった。
「あなたは、もうこの世界に介在出来ないはず……。どうして、どうして!」
「どうして、って……」
一息。
「愛する女のために、ピンチを救うのは良くある話だろ?」
背中を見ていた彼女は、それが誰であるかをはっきりと目の当たりにしていた。
「……ふ、フル……!」
そこに立っていたのは、かつての予言の勇者、フル・ヤタクミだった。
◇◇◇
影神の頭にノイズが走る。
『……くっ。何だ、このノイズは……』
その瞬間、影神は姿を見せる。透明化させていた彼の術がうまくいかなくなったのだ。
「今だ、カラスミ=ラハスティ!」
「くっ。あなたに命令される筋合いなんて無いわよ!」
カラスミは駆け出して、影神に向かって攻撃を開始する。
影神は何度も『上の次元に移動しようとしても』なおもそれが実現出来なかった。
「まさか……、まさか、私を見捨てたというのですかっ!! 神、ムーンリット・アート!!」
そして、影神の姿は真っ二つに切り捨てられた。
動かなくなった彼の姿を踏みにじり、カラスミはその骸を見つめる。
「……今、なんと言った?」
『ムーンリット・アート。私の名前です』
踵を返す。
そこには、一人の女性が立っていた。否、浮かんでいたといった方が正しいかもしれない。
目を瞑っていた――或いは開けることが出来ないのか――女性は、ゆっくりと降り立って、一言呟く。
「私の名前は、ムーンリット・アート。管理者と影神に権利を委譲していた、神です。この世界を作り上げたのは全て私。そして、この世界での責任も、私が悪い。ずっと表に出ること無く、影神の様子を窺っていたのですから」
「……どういうこと?」
「影神は、私を乗っ取ろうとしたのです。私の意識を、私の精神を。そうして、彼は世界を作り替えた。それが、この世界。私は無数の世界のうち、たった一つの世界だけですが、それでも、その世界を影神によって作り替えられてしまった。あなたたちには次元が遠すぎて、何を言っているのかさっぱり分からないかもしれませんが、しかして、それは間違いではありません。貴方達の世界は、はっきり言って『不完全な世界』でした。記憶エネルギーによって生み出された、不安定で不完全で不確定な世界。それが貴方達の住む世界」
一息。
「ですから、それは間違えなく進めなくては成りません。一度作り上げた世界は、最後まで責任を持って管理を進める。それが私たち神とその管理者の役割。……ですが、ガラムドは影神に操られ、その役割を奪われていたようですが」
さらに一息。
「結局は、私たちが全ての責任を負わなくては成りません。世界がいくつかに分裂しました。それも元に戻しましょう。眷属が破壊した星々がありました。それも元に戻しましょう。そして、二度と私たちが関わり合いのないように、私たちの次元と、貴方達の次元での世界を絶ちましょう。そうすれば、二度と影神が暴れることはありません。まあ、もう彼は影神としては勿論のこと、存在そのものが抹消されてしまいましたが……」
ちらり、とムーンリット・アートは影神の骸を見つめる。
すると骸がきらきらと輝いて消滅していった。
「骸は……どうなるのですか?」
リニックは恐る恐る問いかける。
「そもそもの話、我々は人間とは違う立ち位置にある存在です。ですから天国も無ければ地獄も無い。待ち構えているのは、永遠の無です。その意味が分かりますか」
「……いいえ、残念ながら、そこまで知識は持ち合わせていません」
「良いのですよ、それで。私は、結局、任せきっていたことが間違いだった。影神に任せきっていたからこそ、世界の暴走を引き起こしてしまった。そして、貴方達の世界もあんな風になってしまった。本当に、本当に申し訳ないことをしてしまった……」
「い、いや……そんな急に畏まられてもっ」
「結局、あの世界はどうなるつもりだ」
カラスミは剣をムーンリット・アートに向ける。
「カラスミ! 今、君が剣を向けているのは、誰だか分かっているのか!」
「知らんね。そもそも、帝国が信仰しているのはガラムド教だ。ガラムド様以外の存在を神と認めるつもりは毛頭無い」
「毛頭無い……ですか。ふふ、それについては仕方ないことでしょう。貴方達の世界では、神はガラムドだと教えられていた。いや、正確にはそういう風に仕組まれていたのですから。だから貴方達の世界を先ずは元に戻さなくては成らないのですけれど」
「?」
「元に戻す……つまり、六つの世界を一つにする、その大仕事が最後に残されています。その為にも、先ずはガラムドから管理者の権限を剥奪しなくてはなりません」
◇◇◇
「なっ……?!」
ガラムドが急に顔色を変える。
それを見ていたフルは、今だと言わんばかりに攻撃を開始する。
右手に構えていた剣を手にしていた彼は、そのまま攻撃を行い、ガラムドの身体を真っ二つに切り裂いた。
ガラムドの身体はそのまま霧のように消えてしまったが、少なくとも危機は脱したのは、メアリーにも分かっていることだった。
いや、それよりも。
「フル、まさか会えるなんて……」
しかし、フルの姿は半分透けている状態になっている。
「メアリー。まさか僕も会えるとは思わなかったよ。……けれど、僕は一度きりしか会うことが出来ないんだ。……多分偶然というか、奇跡というか、そういう類いだと思うのだけれど、きっとカミサマがなんとかしてくれたんだ」
「カミサマ……ガラムドじゃあなくて……?」
メアリーはフルが何を言っているのかさっぱり分からない。
しかし、フルの身体はどんどん消えていく。
「ありがとう、メアリー。また君に会えて……。君を助けることが出来て、本当に良かった……」
「フル! フル! お願い、返ってきて!」
「それは、出来ないみたいなんだ。どうやら、僕の魂を、オリジナルフォーズを封印するための鍵として使ってしまっているみたいで、長い時間ここに滞在していると、どうやらオリジナルフォーズが復活してしまうかもしれないんだ」
「だったら、オリジナルフォーズを倒せば良い! オリジナルフォーズさえいなければ……」
「だめだ。だめなんだよ。メアリー」
フルの身体は最早見えなく成りつつある。
さらに、メアリーは話を続ける。
「フル! 絶対に、絶対にあなたを助ける! オリジナルフォーズを倒して、絶対にあなたを助けるから!!」
そして、フル・ヤタクミの身体は完全に消え去った。
◇◇◇
あれから。
惑星は、一つに収まった。
大学で起きた騒動も、一度はどうなることかと思ったが、案外誰も騒ぎ立てておらず、リニックは普通に大学に復帰することが出来た。
それどころか、今まで起きたことはまるで無かったかのように扱われていた。
正確に言えば、一週間程度旅行に行っていただけ、という風に記憶が書き替えられているような感じだった。
窓から外を眺める。
「英雄譚……ねえ」
あれからメアリーとは連絡を取り合っていない。彼女は、あれから英雄を探して旅をしているのだろうか。それすらも分からない。
まあ、そんなものは僕には似合わない。
僕には大学で研究をしていることがお似合いだ。
と、リニックは踵を返したところで――。
「あ、」
何かを思い出したリニックは、忘れようと思う風に呟いた。
「そういえば、彼女から錬金魔術のこと聞きそびれちゃったなあ……」
窓から強い風が吹き込んできたので、書類が飛ばされないように、窓を閉じるリニックだった。
第一部 完
もう一度、英雄譚を始めましょう。 巫夏希 @natsuki_miko
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