第34話

「何故あいつらは、剣をそこまでしてほしがるんだ……?」

「はい?」

「いいや、お前達には言っていない。お前達は引き続きここの捜査を続けろ」


 そう言って、カラスミは地下トンネルの奥へと進んでいく。今は列車が通ることも無い、誰も通るはずが無いその通路を歩いて行く。

 それを見た警備隊の二人は、きょとんとした表情を浮かべていたが、彼女が遠ざかっていくのを見て、再び仕事に取りかかるのだった。

 カラスミは怒っていた。

 何故我が国の人間を犠牲にしてまで、その剣を狙っているのか。

 今回の事故が誰によるものか分からない。だが、剣の眠っている祠へ向かうにはこの地下トンネルが最適解であり、それはカラスミたちも把握していた。


「……だからこそ、彼奴らの行動が気になる。このまま行けば、まず確実に帝国とぶつかることになるだろう」


 では、どうすれば良いか?

 そこまで待機していれば良かった話だったのに、どうして表に出ることになったのか?

 その引き金となったのは、その鉄道事故と言えるだろう。列車爆発事故により多数の人間が亡くなった。そしてそれが祠に一番近い地下トンネルの入り口付近での事故となると、カラスミも動かなくてはならない。そういう結論に至ったわけだ。


「……彼奴らめ、世界をどうするつもりだ……?」


 それは、実際に聞いてみないと分からない。

 そして、それを突き止めなくてはならない。

 それが彼女の使命であり、軍と剣を任された彼女の仕事だった。



 ◇◇◇



「……それにしても、彼女に剣を任せて構わなかったのですか?」


 会議室。キャビアの隣に、一人の少年が座っていた。その少年はその場には似つかわしくない雰囲気を醸し出していたが、不思議と溶け込んでいた。


「うん! だって、一番『適性』があったのは彼女だったからね。けれど、一番の適性は残念ながら既にメアリー・ホープキンの手に落ちている。それは分かっているよね?」

「ええ。分かっておりますとも。……ですが、彼奴らに剣を手に入れられるのは時間の問題……」

「だから、それをどうにかするのが君たち軍の仕事でしょう? 僕の職業は?」

「……カトル帝国皇帝、アンチョビ・リーズガルド陛下にございます」


 そうそう、とアンチョビは言って、


「だから僕の言うことを素直に聞いて、彼らに盗まれる前に剣を手に入れる。そして、剣の使い手も手に入れる。それが君たちの一番の任務だって話は……キャビア将軍、あなたにしたはずだけれどなあ?」

「お、お仕置きですかっ」


 キャビアが慌てた表情を浮かべている。

 それをニヤニヤと見つめているアンチョビ。


「どうしようかなあ、取りあえず剣は今彼女が持ち合わせているんだよね。そんでもって、今はこの星にある祠に向かっている。けれど、今、祠には別の一派もきっと向かっているだろうね。となると、その祠には、持ち主は違うとはいえ、欠片が全て揃うということになる」

「……というと?」

「剣が真の力を得るチャンスだということだよ。それは誰にも分かっていない。分かっていたら、そもそも近づけることなどしないはずだからね」

「剣と、所有者たる格を持つ人間が居ることで自動的に剣の封印は解かれる、と……?」

「そうそう。人間のくせによく分かっているじゃあないか。つまりはそういうことだよ。この世界がどう傾こうとも僕の知ったことじゃあない。そもそも、帝国としてはあれを封印するに留めているのは、あれを破壊することが出来ないからだ。世界の管理者たるガラムドが何か力をかけているのは分かる。しかしそれを解除することは出来ない。所詮、僕たち眷属はガラムドより低い次元の存在だからね。そして、それよりも低い次元に君たち人間が存在しているわけだ」

「それならば……何故我々はそれを管理しなくてはならないのですか。破壊しなくとも、何処か永遠に消し去ることだって……。そうだ、宇宙に飛ばしてしまえば永遠にこの世界には戻ってこない! そういうことだって考えられたはずです」

「考えたさ。そして実際に実行された。でも、だめだった。結局、この世界にあれは必要だった。たとえどんな力を得ようともこの世界にはあの剣は必要だった。シルフェの剣、その完全体……オリジナルフォーズを完全に破壊できなかったのは、敵の魔術師が剣を六つに破壊し、プロテクトを行ったからだ。そしてそのプロテクトは、この二千年で、やっと解放される。まるで、来たるべき時を待っていたかのように」

「……陛下、何をおっしゃられているのか、さっぱり分からないのですが……」

「簡単なことだ」


 立ち上がり、アンチョビの話は続く。


「この世界を生かすも滅ぼすも、あの剣次第だということだよ」



 ◇◇◇



 一番最初に祠に到着したのは、誰だったか。

 答えは、オール・アイだった。


「ついに祠に到着しましたか……。ロマ、準備は良いですね?」

「大丈夫よ。……ところでここには何があるのよ?」

「剣ですよ。そして、試練を司る古い人間が居ますが、そんなことはどうだっていい。力でねじ伏せるだけに過ぎません」


 石の扉を開けると、そこにはミイラが眠っていた。

 そしてミイラが抱え込むように剣が置かれていた。


「これが剣ね……」

「ええ、それよりも先に、この『ミイラ』を破壊します」


 そして、オール・アイは右手を掲げる。

 するとミイラはまるで砂上の楼閣の如く、さらさらと崩れ去っていった。

 残された剣が、ごとり、と棺の中に落ちる。


「さあ、これで二つ目です。手に取って構いませんよ、ロマ」


 そう言った矢先――剣がふわりと浮かび始める。


「?!」


 ロマは驚いてその剣を取ろうとするが、


「いけません、ロマ。避けてください!」


 オール・アイの忠告空しく、ロマはそのまま剣に切り裂かれてしまった。

 そしてロマだった身体は水にその姿を変え、そこには小さな水たまりが出来ていた。

 剣は祠を抜け出し、一直線にどこかへと向かっていった。


「……不味いですね、まさか剣が既に五本揃っているということですか……!」


 流石のオール・アイもそこまでは想定出来なかったのだろう。

 となると、向かった先は容易に想像出来る。


「あの剣を使われては成らない。使って貰っては困るのですよっ!」


 そうしてオール・アイはロマのことを見ることも無く、そのまま走り去っていくのだった。

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