第35話
メアリーは驚いていた。
何故?
何故、そこに剣が揃ってしまったのか?
何故?
何故、剣の同調の中心にリニックがいるのか?
「これは……いったいどういうこと?」
メアリーは今の状況が理解できなかった。
「総帥!」
状況を整理するために追いついてきたライトニングとレイニー。
そして、その状況を直ぐに理解できたのは、ライトニングのみ。
「……これは、同調が始まった合図なの」
「同調……ですって?」
「シルフェの剣は、オリジナルフォーズの力を封印するためのものだったの。つまり、百年前に復活したオリジナルフォーズは完全な力を持ち合わせてはいなかったの」
「どういうことっ。それってつまり、」
「未だ、オリジナルフォーズは完全に倒されていない、ということなの。……あなたたちが百年前に、別の次元に封印したそれは、全くの偽物。本物は、もう一つ上の次元に眠っている」
ごごごごご、と地面が唸る音が聞こえる。
リニックの頭上に、真っ黒い穴が出現する。
「何よ、これ……。いったいどういうこと……!」
メアリーの言葉にライトニングは答えない。ライトニングは、それどころかリニックの身体にしがみついた。
「ライトニング! あなた、いったい……」
「あなたも知りたいでしょう、この世界の、オリジナルフォーズの真実を! そして、予言の勇者、フル・ヤタクミと出会いたいでしょう!」
今までの口調とは違うそれは、別人かとも思わせた。
しかし、違う。
それは大いに間違っていた。
そして今は――彼女の指示に従うしか無い。そう思って、メアリーもしがみつく。
慌てて、レイニーもしがみつく。
「待ちなさい!」
双方からカラスミとオール・アイがやってくる。
何とか彼女たちを追い払いたいところだが、ここで手を離してしまうと二度とリニックに出会えない気がする――不思議とそう思った彼女たちはそのまましがみつくだけだった。
「カラスミ=ラハスティ! あなたもこの剣の真実を知りたいでしょう! ならば、しがみつきなさい、そのリニック・フィナンス……いいえ、剣の『器』に!」
「何ですって? あなたいったい何を」
オール・アイは何とかリニックの足にしがみついた。
「いいえ、今は迷っている暇など無いわね!」
カラスミも残っていた右足にしがみついて、それでも何とかリニックの身体は浮かび上がっていく。
そして、リニックたちの身体は完全に消失した。
◇◇◇
そこは白い部屋だった。
そこは白い空間だった。
そこは空と地上の境界が定かでは無い場所だった。
そんな場所に、メアリーは一人置き去りにされていた。
「……そんな、リニックたちと一緒にやってきたはずなのに……。どうして?」
リニックは居ない。
ライトニングは居ない。
レイニーは居ない。
カラスミも、オール・アイも居ない。
誰一人居ない世界。
誰一人居ない空間。
何も存在しない間。
「……でも、何処か懐かしい」
そう、それはまるで母の腕の中で眠る赤子のような感覚。
「……でも、来たことが無い空間」
ここはメアリーが来たことの無い空間だった。
ゆっくりと、周囲の探索を開始する。
歩き始め、少しすると、何かのオブジェが浮かび上がった。
それはまるで十字架のような何かだった。遠くから見ると何だか分からなかったが、近づいていくとそれが何であるか定かになっていく。
「フル……?」
それは、ある一人の人間が磔となった姿だった。
フル・ヤタクミ。
かつての予言の勇者であり、別の次元に封印したオリジナルフォーズごと消えてしまった――はずだった。
そんな彼が、何故今ここに居るのだろうか。
分からない。答えはまったく見えてこない。
「フル。フル!」
フルに声をかけるメアリー。
しかしフルは答えない。
フルの肌に触れる。フルは冷たくなっていた。
「嘘……フルは死んでいる……」
「それは、あなたの心の世界に居るフル・ヤタクミを具現化した姿に過ぎない。とどのつまり、それはフル・ヤタクミであってフル・ヤタクミではない。意味が通ずるかしら?」
「あなたは……」
白の世界から、地面から、ぬるりと生えてきたその存在は、白と赤を基調にした服を身にまとっていた。
オール・アイに近いその存在は、しかして、メアリーには覚えがあった。
「あなたはご存じでしたね。お久しぶりです、メアリー・ホープキン?」
「ガラムド……。この世界の管理者にして、フルをこんな世界に閉じ込めた存在……」
「閉じ込めた、とは心外ですね。そもそもフル・ヤタクミは自ら望んでこの世界にやってきたのですよ。その意味を分かっていただきたいものですね」
「あなた……フルを閉じ込めておいて、良くそんなことが言えるわね……!」
「だから、それは心外だと言ったじゃあないですか。そもそもオリジナルフォーズを封印するためには、フル・ヤタクミという人柱が必要だった。だから彼には世界の為に犠牲になってもらった」
「世界が血の海になっても、フルが人柱になって問題ないと言えるの?!」
「……それは、ミスですよ。世界を正しく回していく上で、オール・アイが……リュージュがミスを犯した。この世界へとつなげる為に無理矢理世界を破壊しようとした。本来ならあれほどの出来事が起きたら上位存在が修正せねばならないのですが……」
「どういうこと?」
「上位存在があの世界を修正するために、人間やその他動物を一度『液体』に戻す必要があった。記憶エネルギーの媒体として地球が存在し、分割してアースと化した。しかしながら、記憶エネルギーの上限にも限界がある。限りがあるのですよ、幾ら惑星とはいえ、四十六億年分の記憶エネルギーを、人間は僅か二千年で使い切ろうとしていた。だから、管理者である私が処分を下さねばならなかった」
「処分……ですって?」
「世界を平穏にするために、記憶エネルギーの循環を強化した。あなたたちが『血の海』と名付けた現象ですよ。そもそも人間はあの世界においてウイルスと言っても過言では無かった。オリジナルフォーズはそのために世界から生み出された『白血球』と言ってもいいでしょう。そして人間であるあなたたちがウイルス。意味が分かりますか?」
「分からないわよ、いいや、分かってたまるものですかっ。それってつまり、」
「ええ。この世界はあなたたち人類を不要であると判断した。だから、オリジナルフォーズとメタモルフォーズは、世界を席巻するようになった。血の海によって記憶エネルギーは徐々に回復傾向にあります。けれども、未だ足りない。人間が使い果たしたエネルギーは、未だ足りないのです」
「記憶エネルギーを手に入れる……それって」
「記憶エネルギーを手に入れるために、私の部下が良く活躍してくれましたね。私の部下が誰であるかは、最早知っているでしょう。眷属という存在です。眷属という存在は、エネルギーを必要とする。あなたが黒い靄だと言っていたそれは……記憶エネルギーの塊。あなたも感じていたのでしょう、徐々に記憶が失われている、ということに」
「そんな……そんなことは……」
メアリーは頭痛を感じる。
「そう。その頭痛こそが、記憶エネルギーの充填を感じたサインなのです。エネルギーには限りがある。人間はそれを使い切らなくてはならない。しかし、人間の身体とは不自由なことでそれを溜め込むことが出来ない。常に吐き出し続けなくてはならないのです。非常にもったいない。そうは思いませんか?」
ガラムドは、メアリーの頭にそっと手を当てる。
すると頭から黒い靄が消えていく――そんな感覚がした。
「これは、記憶を吸い取っていたということ。あなたは、祈祷師の血を引いている。だからエネルギータンクとしては有用だったのですよ。人間は記憶エネルギーを失うことで、記憶によって得られるストレスを解消出来る。つまり、人間が長生きする為には記憶エネルギーを失い、完全なる無となること。意味が分かりますか? 記憶エネルギーは、記憶というのは、人間にとって不要なのですよっ!」
「いや、いや、いやああああああああああああああああっ!!」
白い空間に、メアリーの叫びが響き渡った。
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