第四章

第26話

 トロワに浮かぶ唯一の島、リバルサード。

 そこは外部からの人間を拒み、竜人――リザードマンが蔓延っており、独自の文化を形成していた。

 そして、リザードマンにとって兵士は男子の憧れの職業であり、村長を守るという任務において命を賭してでも実行するという志の高い民族だった。

 リザードマンの兵士、ラムスもその一人であり、今日も鍛錬に励んでいた。

 目的はいつどんな時であっても村長を守り抜くため。

 最悪、自分と賊が差し違えても構わない。そういった『覚悟』をもって彼らは生きているのだ。


「よっ、ラムス。今日も精が出るな」


 そんな彼に声をかけるのは、ラムスの幼なじみであるリルーだった。

 リルーは兵士ではなく、学者だった。彼はこの世界の歴史のすべてを編纂する仕事に携わっており、彼は毎日のように深夜まで仕事をしている。彼曰く、これは天職だと言っているが、彼の身体の様子を心配するリザードマンも少なくない。


「よう、リルー。今日もこれから仕事か?」

「ああ、どれくらいやっても終わることの無い仕事だ。やりがいのある仕事だよ。場所と時間と仕事は提供してくれる。仕事をしていれば、司書付のリザードマンが食事を持ってきてくれる。こんなに素晴らしいことは無い。そうだろう?」

「そうかねえ、俺は生憎頭が良いわけじゃあないからな。……お前みたいに、本と一生向き合う仕事なんてやっていたら、一日も持たずに気が狂っちまうだろうな」

「そりゃあ、言えてる」


 リルーは失笑しつつ、時計を見る。


「おっと、そろそろ行かないと。仮眠の時間を終わらせているのに、こんなところで時間を潰しているとばれてしまっては怒られてしまう。君も鍛錬頑張ってくれ」


 そうしてそそくさとリルーは去って行った。


「相変わらず、だな……」


 槍で肩をぽんぽんと叩きながら、彼は嘯く。


「……あれ? リルー、もうどっか行っちゃった?」


 それを聞いて、ラムスは答える。


「ああ。もう仮眠の時間が終わったんだと。……って、その声はサリアか。どうした?」


 サリア。

 リルーとラムスの幼なじみである彼女は、村長のお世話をしていた。

 代々、リザードマンの雌は一定の年齢になるまで村長のお世話をするということになっており、彼女もそれに従っている次第だ。そして、その一定の年齢というのが――お見合いの出来るようになり、さらに生殖機能がきちんと整った十八歳である。

 リルーとラムス、それにサリアは十七歳。年齢で言えばそろそろ大人の類いに入る。

 そんな彼らは、ある葛藤を抱いていた。

 リルーもラムスも――サリアに恋心を抱いていた、ということだ。

 サリアは当然それを知るよしも無い。そしてサリアもまた誰かを好き好んでいることは知っている。

 しかし、お見合いはそう希望を通してくれやしない。村長が相手同士を決定し、それに逆らうことは、一族の死を意味している。

 そんな封建的な村は、存続している。他者との交流を絶って、他者との影響を受けずに。

 それは村長の命令であり、人数が減少の一途を辿るリザードマンの決断でもあった。ここで仮に人間を出迎えたら、彼らの血がさらに薄まる可能性がある。村長はそう考えていたのだ。


「しかし、このままでは……」


 このままでは、リザードマンが滅びる。

 トロワという惑星に知的生命体が全く住み着かない惑星と化してしまう。

 きっと、それは村長も把握している事態のはずだ。しかし、村長が何か命令を出さないと、動くことが出来ないのがこの村のリザードマンである。

 リザードマンは上下社会であり、その上下の繋がりがとても強い。だからこそ、こういうものが成立出来ているとでも言えば良いのだろう。


「しかし、このままでは……」


 彼は考える。

 村長はきっと、何も考えていない、と。

 だから村長に従うべきでは無い、そう考えていた。

 勿論そんなことを言える心意気が無い。それに彼は村長の警備に当たっている。

 言ってしまえば、いつでも村長の寝首を掻くことが出来る。

 村長はいったい何を考えているのだろうか?

 村長はいったい、何をすれば良いと思っているのだろうか?

 彼は考える。しかしそれは村長にしか分からないことだ。彼がいくら考えようったって、それが分かる訳では無い。その思考はリザードマンそれぞれにある思考なのだから。

 ふと、彼が村長の家に目をやると、村長が裏口から外に出る様子を目撃した。

 村長は何か様子がおかしかった。きょろきょろあたりを見渡して、まるで何かに怯えているような、そんな感覚だった。


(……気になるな)


 単なる興味のつもりだった。

 ただ興味が湧いただけだった。

 そこで気づかないふりをしていれば――よかったものを、彼はそれについていってしまった。

 村長に気づかれないように、一定の距離を保ちつつ、姿を隠して進んでいく。

 そして村長が到着した場所は――村の奥にある石造りの祠だった。そこは普段立ち入りを禁じられており、それは村のリザードマンの共通認識だった。

 しかし、村長は、その扉をゆっくりと開けていったのだ。


「あそこが開くなんて、見たことが無い」


 気づけば、彼はそんなことを呟いてしまっていた。

 はっと気づいた頃にはもう口から言葉が出てしまっていた。

 慌てて手で覆うがもう遅い。しかし声のトーンが小さかったからか、村長にまで届くことは無かった。


「……いったい、あの中には何があるんだ……?」


 彼はさらについていくことにした。

 祠の中を覗き込むと、村長が棺に向かって頭を下げ、両手を合わせていた。

 それはまるで祈りのポーズにも似た何かだった。

 そして何か呟いているようだったが、流石にそこまでは聞こえない。


「……もう少し近づけば聞こえるかもしれないが……流石に近づきすぎる。もうこれ以上は分かりそうに無いな」


 そう思って、元の場所へ戻ろうとした――そのとき、


「ラムス。見ておったのだろう」


 村長の冷たい声が聞こえた。

 村長の言葉は、はっきりと伝わっていた。

 しかし、動くことが出来なかった。


「……ラムス。もう一度尋ねるぞ。見ておったのだろう? 正直に答えなさい」


 そして、彼はゆっくりと、口を開けた。


「……はい。申し訳ございません。裏口から出る村長様の姿が見えたものですから……」


 それを聞いた村長は深い溜息を吐く。


「やれやれ、気づかれないようにしたつもりだったがな……」


 そして、村長はゆっくりと振り返り、ラムスと対面する。

 ラムスはすっかり顔を強張らせていた。これからどんな罰が待ち構えているのか、と恐怖が彼を包み込んでいた。

 それを見ていた村長は、再び溜息を吐くと、


「別に苛めるつもりは無い。いいから、中に入ってきなさい」

「……宜しいのですか?」

「良い。私が許可する」


 そうして、恐る恐る、彼は祠の中へと入っていく。

 中はひんやりとしていた。まるでそこだけ空気の時間が止まっていたような、そんな感覚に陥らせた。

 祠の中は狭く、彼と村長が入ってしまうともういっぱいになってしまうくらいの狭さだった。

 そして祠の奥には棺が立てかけられており、剣が両手に抱かれていた。


「……あれは、一体何なのですか? 剣、のように見えますが」

「その通り。あれは剣だよ。……一万年以上も昔の話だ。かつてこの星がもっと広い場所だった頃の話、人間が争い、そして星は分裂した。その昔話は聞いたことがあるだろう」


 こくり、と頷くラムス。


「これは、そのときに使われた剣だよ。そして剣を持っているのはかつてのリーダーであり、我らリザードマンの英雄であるファランクス。今は風化してしまっており、ミイラと化してしまっているがね。彼の剣を、私たちはずっと守り続けているのだ。それを、神と同じく扱うために祠も作ってね……」


 一息。


「これは、代々村長になるリザードマンに教え込まれる話だ。だから、村長以外のリザードマンが知ることも無い。それがたとえ歴史の編纂に携わったリザードマンであっても」

「……これは、永遠に守られ続けられるのですか? 僕たちにも、真実を伝えぬまま」

「剣がどこかにあること自体は知られ続けていただろう。そして、ここには最初何が眠っていると考えられていたかね? いや、どう教えられていたか、と尋ねればいいか」

「……ここには、リザードマンの始祖であり偉大なる戦いで戦ったファランクス様を祭っていると、子供の頃から教えられてきました。しかし、こんな剣があるとは……」


 その剣を見て、ラムスは美しいと思った。

 一万年以上もこの場所に置かれているはずなのに、まったく風化されていないその剣は、まるで風化させまいという何かの怨みにも似た感情が働いているようなそんな感じにも思えた。


「……さて、戻る前に、お前に話しておかねば成るまい。何故、私がここにやってきたのか。そして祠の扉を開けたのか」

「祠の中身を確認したかった……ということですか? 誰かに盗まれていないか、とか」

「ほう。結構良いところを突いてくるな。……間違っていないよ、今朝そういう『啓示』があったのだ」


 啓示。

 村長は代々、そういった啓示を受ける一族の元に成り立つ。

 そしてその一族は、リザードマンの中でも優秀な血筋を持った存在であると信じられてきた。

 その村長が、不穏な啓示を受け取ったのだ。

 だから、祠にやってきたのだろう。


「それは……どんな啓示なのか、教えていただくことは出来るのですか」


 ラムスの言葉に、やがてゆっくりと村長は頷いた。

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