第27話

「……天を裂き、大地を砕く啓示だよ」


 やがて一言だけ、村長は告げた。


「それは……!」

「文字通りの意味じゃて。何せ、それを聞いたのはここに居る、ファランクス様だからのう」

「……ファランクス様がそのようなことを……?」

「嘘ではないだろう。だが、いつやってくるかも分からぬその災厄に、我々はどう立ち向かえば良いのか……、それが問題だ」

「では、どうなさるおつもりですか。それを公表されるとか……」

「公表したところで何も変わらん。……強いて言うならば、混乱だけを招くものだよ」

「では……このまま公表なさらないつもりですか。その啓示が、もし本当ならばっ」

「分かっている!」


 村長ははっきりと言い放った。

 しかしその語気からは凄味などは感じられない。


「分かっている……が、これ以上はどうしようもない! はっきり言ってしまえば、我々の負けだ。何もできやしない!」

「……しかし、それでは我らリザードマンに死を言っているのと同義です」

「それは……!」


 これ以上は議論の無駄だ。

 彼はそう思って、祠を出ようとする。

 しかし、それよりも先に村長の手が彼の手を捉えた。


「何をするつもりですかっ。このままでは、我らはただ黙って死を待つだけになるでは無いですかっ!」

「だが、知らなければ幸せのまま終焉を迎えられる! 知ってしまえば絶望に悲観したまま終焉を迎えてしまう! それだけは避けねばなるまい、それだけは避けなくてはならないのだ」

「あなたは……っ」


 思いきり力を込めて、村長の腕を振り解く。

 村長は悲観に暮れた表情を浮かべたまま、ただじっとラムスを見つめていた。

 彼は村長の親衛隊だ。力には自信がある。それが例え村長相手であったとしても、その村長を力で捩じ伏せることだって出来る。

 でも、彼はしたくなかった。それをしようとは思わなかった。それをするはずがなかった。村長に崇敬の念を抱いており、村長を尊敬しているからこそなることが出来る『親衛隊』という職業を蔑ろにすることなど、彼には出来なかったのだ。


「……僕は、いや、私はこの事実を村のみんなに伝えます」

「伝えて、どうするつもりじゃ……」

「伝えて、それから、みんなで考えます。終焉を迎えない為にはどうすればいいのかを考えます」

「それで答えが出なければっ」

「その時は、その時でしょう。あなたみたいに既に諦めているわけではないっ。何処かに逃げ道を、答えを求めているのですから」

「……若者は強く、だが無鉄砲だ」

「それが若者の取り柄でしょう、若者は先が長い。一度きりの生涯をこんなところで諦めていいものか!」

「……確かに、君の言う通りかもしれないな」


 村長は目を閉じ、なにかを考え始める。

 やがて目を開けると、ゆっくりと頷いた。


「私が悪かった。……話をすれば何か具体的な案が思いつくかもしれん。ならば、早々に話をしようではないか。君が言うのではない、私からこのことについてははっきりと説明しよう」

「村長……」

「何をしょげておる。まだまだ始まったばかりだぞ。ここで諦めたら駄目だと言ったのは君ではないか、ラムス」


 それを聞いたラムスはゆっくりと頷いた。


「た、大変ですっ」


 そんな時だった。

 祠の前に、親衛隊の一人がやってきていた。


「ここには立ち入りを禁じているはずだが?」


 目の前にラムスが居るにも関わらず、村長はそんなこと関係ないように告げた。

 親衛隊の男は申し訳ございませんと頭を下げて、


「村長にどうしても話しておきたいことがありましたゆえ、こうして禁忌を犯している次第でございます。確かに、これはやってはならないこと。それは私たちも重々承知しております。しかしながら……」

「良い。それ以上は時間の無駄だ。それで? いったい何が起きたというのか、告げてみよ」

「はっ。実は……」


 すっ、と。

 彼は天を指差した。

 それを見た彼らは首を傾げるが、やがてそれを補足する説明が追加された。


「……天から光が落ちてきているのです。正体不明の、神からの贈り物のようにも見えるものなのですが」

「なにっ、天から光だとっ」


 慌てて外に出る村長。

 そして村長はそれを両の眼ではっきりと捉えた。


「おお……確かに、天から光が降ってきておる……。啓示は、間違っていなかったというのか!」

「は? 啓示、ですか」

「そんなことはどうだっていい! あれは何処に落ちる予定だ、はっきり述べ上げよ!」

「はっ。今調査を進めておりますが、このままの速度で向かいますと……、」



 ……およそ、二時間後には村の北東にある小島に落下するものと見られます。



 ◇◇◇



 村長の家、その中にある村役場の一室。

 既にその『天翔ける光』についての対策室が設置されていた。


「村長! 何処に向かっておられたのですか、我々は急いで調査を進めているところですが」

「そんなことはどうだっていい! 今は何処まで、何処まで調査が進んだ」


 学者の一人、リルーが手を挙げて述べ始める。


「現在、調査段階ゆえ、推測の域を出ませんが、あれは人工物であると考えられます」


 それを聞いた学者たちがざわつき始める。そんな推測など情報共有していない。彼らにとっては予想外の言葉だった。

 しかしながら、その反応は、勿論リルーには想定通りだった。


「……続け給え」


 村長だけが、平静を保って聞いていた。


「ありがとうございます」


 一息。


「……人工物の規模は定かではありません。しかし、ここ数年の天文学の記録によれば、このような大きな規模の落下物が出るとは、到底考えられないのです」

「成程、つまり君は過去の記録を参照した結果、『自然に落下する物体』では有り得ないということだな?」

「はい。あれはただの落下物ではありません。……ここから先は、私の予測ではありますが、あれには嫌な予感がします。歓迎するかどうかは別として、その人工物に乗る存在の命令を聞いておいた方が良い。そう感じられるのです」

「あれには何か乗っていると言いたいのか」


 しかし、それならば村長の聞いた啓示と予測は一致する。

 どのぐらいの規模によるかは置いて、その落下物が着水した程度で得られた影響など高が知れている。天を裂き、大地を砕く。その啓示には合致しないのだ。

 では、その啓示はどうやって実現されるのか。

 これは……村長は信じたくなかっただろうが、人工的なものではないか、と予測していた。大地を砕く程の莫大なエネルギーが発生するのではないか、彼はそう予測していたのだ。

 そして、それと同じ予測を、リルーも立てていた。


「……リルー、だったか」


 村長は重い口を開ける。


「はっ、はいっ。すいません、過ぎたことを言ってしまいましたかっ」

「いいや、そんなことは考えておらん。……寧ろその予測は私も考えていた」

「村長……様もですか?」

「そうだ」


 村長は頷く。


「私は……出来ることなら、君たちからその不安を払拭する材料を得たかった。だからこうして急いでやって来たという訳だが……、私と同じ予測を立てたのが一人でも居ると言うのならば、私の予測も、『机上の空論』ではないということだ」

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