第19話

「帝国はカトルにしか勢力を持っていないんだろう? だったら、さっさと手に入れて他の星へ逃げてしまえば……」

「それがそうも行かないのよ。……帝国は勢力を徐々に広げつつあってね。アースがああなってしまったでしょう? だからアースに元々住んでいた人たちがアースには生きていけないと思って別の星へと逃げることになってしまったのよ」

「そうして出来たのが、帝国?」

「正確にはもう少し面倒なやりとりがあったそうだけれどね」

「つまり、カトル以外にも帝国の基地はあると?」


 リニックの言葉に頷くメアリー。

 メアリーはさらに話を続ける。


「そして、私たちが向かうのはカトルの中で一番大きな基地、『マグーナ基地』よ。そこには噂によると二刀流のカラスミ将軍が居るとかどうとか」

「将軍……ですか。出来れば出会いたくないモノですけれど」

「それはそうなの。けれど、もし出会ったら戦わざるを得ないの」

「ところで帝国の支配度ってどの程度なんですか?」

「どういうこと?」


 リニックの問いに首を傾げるメアリー。


「完全に町の人間が帝国に忠誠を誓っているのか否か、ということです。それによって行動をどう取るか変わるんじゃないですか? もし前者なら、このカトルに居る全員を敵と認識した方が良いでしょう。しかし後者なら……」

「成程。帝国を敵と思っている勢力も、少なからず存在するだろう――あなたはそう言いたい訳ね?」


 こくり。リニックは頷いた。


「確かにあなたの言うとおり、全員が全員帝国を崇敬している訳じゃあないわ。……それに、帝国も求心力の低下を問題としているようね。かなり帝国の魔道兵が屯していたわ」

「魔道兵?」

「魔法によって動く兵士のことなの。命を吹き込まれていない、でくの坊なの」

「それを言うなら木偶人形ね……。魔法を吹き込まれているからこそ、命の尊厳が失われていると嘆く科学者も居るけれど、兵士を家族に持っていた人間からしてみると、兵士の職は失われるかもしれないけれど、死ぬことはなくなるから問題ない、という声が大きいようね」

「でも、魔道兵なら逆に安心ですね。どれだけ壊しても、人が死ぬことはない」


 リニックの言葉に、メアリーは頷く。


「そう思うのも仕方ないかもしれないわね。けれど、いつかは人を殺す時がやってくるかもしれない。それだけは心に留めておきなさい。英雄というのは、決して全員を救える存在ではないの。人々を正しい方向に導く存在なのよ。……覚えておきなさい、そして彼もそれを成し遂げたからこそ、英雄と呼ばれるようになった」

「彼……フル・ヤタクミのことですか」


 ええ、とメアリーは言った。


「彼はただの人間だった。だからこそ英雄になり得たのかもしれない。……世界は英雄を望んでいた。しかし、英雄は奇特な力を使うことの出来る人間を望んではいなかった。簡単に言ってしまえば、世界が欲しかったのは平和のための礎。平和のための犠牲。平和のための亡者だった」

「?」

「世界は亡者の魂を必要としていたのよ。記憶をエネルギーにしておく以上、世界は、既にそのエネルギーを使い果たそうとしていた。しかし、世界もまた生命の一つ。アースだってそう。カトルだってそう。……そのエネルギーがなくなるのを防ぐために、何をしていると思う?」

「……まさか、それが、歴史に記載されていたという『メタモルフォーズ』なのですか?」

「察しが良いわね、流石は大学に通っているといったところかしら」


 メアリーは立ち上がり、背伸びをする。


「その通り。世界のエネルギーを平定する存在が、メタモルフォーズだった。そしてそのオリジナルとなる存在がオリジナルフォーズ。彼らは世界の記憶エネルギーを利用する我々人類を滅ぼすためにプログラムされていた、ワクチンみたいなものだった」

「でも、それを考えると僕たち人間は……」

「世界に蔓延るウイルス、とでも言えばいいかしらね?」


 メアリーがはっきりと言い放った。


「……ウイルス、ですか。それじゃあ、メタモルフォーズはこの星にも居るんですか?」

「ええ、居るわ。けれど、この国はメタモルフォーズを崇敬しているようね」

「崇敬、とは?」

「文字通りの意味よ。この世界を滅ぼすとして、人間をウイルス扱いしているメタモルフォーズを崇敬している。しかし、メタモルフォーズの力どういうものかということは、帝国も理解している。だから封印しているのよ。それも、剣の力によってね」

「剣は……それほどの力を持ち合わせているんですね……」

「そりゃあ、全て集めれば世界を救うことの出来る力を持ち合わせているんですもの。一振りだけならメタモルフォーズを封印することだって難しくないでしょう」

「でも、その話だと……」

「剣を私たちが手に入れた瞬間、メタモルフォーズが復活し、暴走する可能性だって……あり得ますよね?」

「そりゃあまあ、そうでしょうね。……でも、多くを救うためには多少の犠牲も必要なのよ」

「犠牲なく、人々を救うことは出来ないんですか」


 リニックの言葉に、メアリーは何も言えなかった。

 それをどう捉えたのか分からない。しかしリニックはさらに話を続ける。


「かつての英雄も、そうだったんですか。英雄は、人々を救えれば、そこに犠牲があったとしてもなかったことに出来るんですか。だったら、僕はそんな英雄になんてなりたくない。皆を救ってこその英雄じゃないんですか」

「……、」

「そんな英雄には、僕はなりたくありません」

「リニック。あなたさっきから聞いていれば……!」


 レイニーの言葉を手で制したのはメアリーだった。


「総帥!」

「……いや、あなたの言う言葉の通りよ、リニック。確かに、たくさんの人間を救うために僅かな人間を殺して良いという考えは間違っているかもしれない。しかし、時にはその考えも必要であるということ、それも分かって欲しいのよ」


 しばし考え込んでいたリニックだったが、やがてゆっくりと頷く。

 そうして、作戦は開始される。

 目的地は、カトル帝国マグーナ基地。

 目的は、英雄の剣の奪還。


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