第18話
目を覚ますと、そこは砂浜だった。
「……ううん、ここは?」
「漸く目を覚ましたの。ここはカトルの町外れ。生憎誰にも気づかれていないようなの」
リニックの言葉に答えたのは、ライトニングだった。
ライトニングは持ち合わせた武器――金属バットを手持ち無沙汰に持ち歩いている。
はっきり言って危険だから、それをどこかに仕舞って欲しいものだったが――。
「ちょっと待って、マリア……レイニーと、メアリーさんはいったい何処へ?」
「安心するの。ちょうど今、あたりの探索に向かっているはずなの。直ぐに戻ってくるはずなの」
「じゃあ、君はここでお留守番?」
「リニックが一人で戦えるとは思えないの。それくらい分からないの?」
「……それは否定しないけれど」
リニックは取りあえず周囲を確認することとした。
青い海、白い砂浜。少なくとも今のアースではお目にかかれないものだった。今のアースは赤い海に円柱型にくりぬかれた世界しか見えていない。とどのつまり、この時点でアースとカトルでは大きく環境が違うということだ。
次に、息を大きく吸い込んでみた。息苦しく感じない。ということは酸素が十分に構成要素の中に入っているということだ。もし酸素が足りないようならば息苦しくなり、頭に十分に酸素が回らなくなり、そのまま倒れこむ可能性だってある。
「……ところで、ここはいったい何処なんですか?」
「だから言ったはずなの。ここはカトルの町外れ。今は町に向けてメアリーたちが調査に向かっているの。もし私たちがやってきた情報が既に町に流布されていたら……それはそれで問題なの」
「……そうですか。じゃあ、取りあえず待つしかない、ってことですよね」
諦めたリニックは手荷物のリュックから本を一冊取り出す。それは錬金術の基本が書かれた本だった。もし今も大学に居るならば論文を執筆中だったことだろう。しかし今はそんなことをしている暇もなく、フィールドワークというよりも戦うためにここに居る、みたいなそんな感覚だった。
「……ところで、ライトニングさんはいったい何故キョロキョロとあたりを見渡しているんですか? どう見たって隠れようがない場所だらけなのに」
確かに、周囲を見渡してみると岩場は一つもなく、隠れられそうなポイントが見当たらない。
しかし砂の中に隠れている可能性も十分に考えられたし、それについてライトニングは可能性を捨て去ることは出来なかった。
それを理由に話をすると、リニックは、
「だったら、仕方ないですね」
と笑みを浮かべて本を読み始めた。
「……確認したいのだけれど、リニック、あなたには緊張感というモノがないの? 今は敵から狙われている身だというのに」
それを聞いたリニックはうーん、と首を傾げつつ、
「でも、仕方ないですよね? どうやって逃げ出すかということは常に考えてはいますけれど……、でも、緊張というかあたふたというか、そんなことをしたところで何も始まらない。だったら、気持ちを落ち着かせて置いた方が良いと思うんですけれど」
「……それもそうなの。けれど、」
はっきり言って、流石に落ち着き度合いが人間のそれではない。
と、ライトニングは思う。
普通ならもっと驚いていて良いし、緊張していても良いし、騒いでいても良い。寧ろその可能性を考慮して様々な『手段』を考えてきていたし、行使する必要性もあるならば、それも致し方なし。
そう思っていた。
けれど、彼は既にそれを通り越していた。
リニックは既にそれを通り越して、考えていた。
「……何というか、英雄と呼ばれる理由も分かってきた気がするの」
「え? 何か言いました?」
「何も言っていないの。……それにしても、メアリーたち、遅いの」
「何かに巻き込まれているんじゃあ……」
「そんなことは無いと思うのだけれど……」
そのとき、リニックの視界に人影が見えた。
「待ってください、人影が……」
ライトニングはリニックを手で制する。
もし敵ならば、リニックは戦力として考えられない。つまり、彼女一人で戦わなくてはならない。
それを考えていくと、ライトニングは緊張をほぐしたくてもほぐしきれないのが実情だ。
「……誰だ!」
そうして、ライトニングは意を決して声をかける。
或いは威嚇のために大声を上げたと言ってもいいだろう。
「ライトニング、私よ。メアリーよ!」
返ってきた声を聞いてライトニングはほっと溜息を吐く。
そうして、やってきたのはメアリーとレイニーだった。
「その様子だと、何事もなかったようね。リニックも無事?」
「ええ。僕よりも、ライトニングのほうが緊張しているようにどぐしゃ」
急に言葉が変になったのは、彼が言葉を言い切る前にライトニングが金属バットで彼の頭を殴ったからである。勿論手加減をしないとただじゃあ済まないから手加減をした上での攻撃ではあるのだが。
それを見たメアリーはきょとんとした様子で眺めている。
どうやら彼女が金属バットで殴打するのはいつものことらしく、
「……何というか、そこまで仲良くなれたのね!」
「ほええ?」
殴られてまともな思考が出来ていないリニックは、メアリーの言葉を聞いて首を傾げる。
「彼女が金属バットで殴打するということは、それなりに心を許したと言うことなのよね。だから、安心なさい。ま、確かに気になるかもしれないけれど」
「……いやいや、普通に考えて死にますよ?」
「死なないって事は、手加減しているってことよ?」
「……あ」
確かに、言われてみればその通りだ。
けれど、痛いことには変わりないし、それはどうかと思うけれど。
リニックはそんなことを思いながら、叩かれたところを撫でる。
撫でるとぷっくりと膨らんでいた。たんこぶになっているじゃないか、という突っ込みは野暮だと思ったのだろう。リニックは何も考えずにライトニングを睨み付ける。
「……もう一度殴られたいの?」
ぶんぶん!! 首を何度も横に振って、積極的に否定する。
ライトニングは残念そうな表情をして、
「そうなの。なら、仕方がないの」
金属バットをどこかに仕舞った。
「……ところで、どうでしたか? 町の様子は」
「意外にも何も音沙汰なかったわね。あんなに巨大なものが落ちたのに、誰もこちらには向かってきていないでしょう? どうやら、帝国の人間は生きるのに精一杯でそういうことには目を向けていないようなのよね」
「帝国?」
「カトル帝国のことですね」
リニックの質問にリストが補足する。
「リスト。君も町へ向かったのかい?」
「ええ。出来れば父さんの居る場所のヒントでもあれば……なんて思ったのですが、そこまで運は良くなかったですね」
「そうか。それは、残念だったな」
リニックは、リストの頭を撫でる。
「……何故、撫でるんですか」
「いや、ちょっとな……。気を落とすことはないよ、きっといつか見つかるさ」
「そうですね……。そう思っていますよ」
リストは少しだけ元気を取り戻したように見える。
それを見てリニックはほっとする。
「で。問題は、『剣』なんだけれど」
メアリーが話を本題に移す。
「剣、ですか」
「そう。シールダーの試練とも言えるそれは、どうやら先に帝国が目をつけているようなのよね。そこを中心とした基地を組み立てているようなのよ」
メアリーは地図を広げ始める。
どうやら町で地図を入手したようで、それを見せようとしているらしい。
地図の中心には帝国の首都と町が広がっており、海は東側にある。
そして、西側にも海が見え、その海岸沿いにある灰色の建物を指さした。
「ということは、基地の中に剣が?」
「正確には剣を収めし祠が眠っている、とでも言えば良いかしら」
「……帝国もその力に気づいている、ということなの」
ライトニングは地図を見つめながら、そう言う。
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