第17話

「ここは、いったい……?」


 白一色の世界。

 世界は白一色。

 僕だけしか居ないその世界は、何も見えない――孤独だった。


「誰も居ない、誰も居ない。その世界は、まるで――」

「君の心のような?」


 背後から、誰かの声が聞こえた。

 それは聞いたことのあるようで、無いようで、やっぱり聞いたことのあるような声。


「……誰?」

「君こそ、誰だい?」


 振り返る。

 そこには――リニックが立っていた。

 鏡映しの如く、彼と彼が白い世界に立っていた。

 もう一人の彼が笑みを浮かべる。


「……君は、僕なのか?」


 リニックの言葉に、もう一人のリニックは頷く。


「そうさ。僕は君の中のもう一人の僕。……何を言えば良いのか分からないけれど、君の中の『迷い』が具現化したものと思えば、それで構わない」

「迷い……。僕の心に迷いがある、と?」

「迷いだらけじゃないか、君の心は」


 とん、とリニックの心臓の部分を指さす。

 すると彼の心がそのまま抜き出されていく。

 それはハートの形をしていたが、徐々に一つの線に変わっていった。


「……それは……」

「ああ、安心して。君の心はちゃんと君の中にある。そして、これは君の心をコピーしたもの。君の心は何だってなれる」


 線を鞭のようにしならせて、それを踏みつける。

 すると線は折れ曲がり、やがてL字型になった。


「こうすれば、心はささくれる」

「ふむ」

「けれど、どんな形にだってなることは出来る。それは誰にも想像することは出来ない」


 ふわふわと浮かび上がったそれは、彼の目の前で様々な形に姿を変えていく。

 魚、雲、牛、馬、人間、円。


「そう。人間の心は、どんなものにだってなることが出来る。どんなものにだって変化することが出来る。だからこそ、心は――劣化しない。心は盾で覆われてしまうと、プロテクトされてしまうことになるのだけれどね。分かるかい、その意味が」

「どういうことだよ、さっぱり分からないよ」

「コンピューターのコアを想像して貰えればいい。セーフモードで起動することがあるだろう? 人間の心に傷が付きそうなとき、セーフモードに移行するんだ。そうすると、ある程度の年齢は退行してしまうけれど、見た感じは何も変わらない。要するに、心が幼児退行しているんじゃない。事前に用意されたセーフモードで心は起動する。ということは、どういうことか分かるかい?」

「何が言いたいんだ、さっぱり分からないよ」

「人間の心は、身体に一つとは限らない――ということだ」



 ◇◇◇



「おい、リニック! 生きてるか!」


 声を聞いて、リニックは我に返る。

 どうなっているのか状態を確認しようとあたりを見渡すが、


「見渡している暇はないぞ、リニック。はっきりと簡潔に述べる! 今からこの宇宙船は捨てる! だが、我々は生きる。生きねばならないのだ! ……分かるか? お前は英雄として、この世界を救わねばならない。その為には、ここを脱出する!」

「え……? 軍からは逃げ切れていない、ということですか?」


 そこまで言って漸く、警告音などのビープ音が耳に入ってくる。

 そうして徐々に危機感が伝わってきて――青ざめてきた。


「……分かりました。僕も生きたい。生きるためには、どうすれば……」

「オーケイ、状況を確認出来たようでなにより。脱出ポッドがこの船にある。それに乗り込んで大急ぎで脱出するわよ。生憎、今は彼らもこの船を見逃してくれているのか見逃してしまったのか分からないけれど、追撃は来ていないようだし」

「分かりました、じゃあ、僕はそれに乗り込めば良いんですね」

「まあ、それだったら良いのだけれどね」

「……?」


 リニックは嫌な予感がし始めた。

 メアリーが今から何を言いたいのか、それがなんとなく想像出来てしまったからだ。

 メアリーは言った。


「……人数制限があってね、四人乗りなのよ。あなたは乗らないと行けないけれど、私たちは誰かがここに残らなくてはならない。そして、サニーが自ら進言してくれたから……、私たちはここでサニーに別れを述べなくてはならなくなる」

「……サニーさん、が?」


 僕はサニーさんのほうを向いた。

 サニーさんは両手を挙げ、


「まあ、残念なことだ。運命ってやつを信じるというならば、今のような状況を指すのだろうな」

「でも……サニーさんはそれで良いんですか……?」

「良いも悪いもないだろう。結局はそれで決まってしまうんだ。欠員は、俺だけで十分だ。運転は出来ないからそのまま浮かんでいるだけに過ぎないがな。或いは敵が見つけたら運が良くカトルに墜落させてくれるかな?」

「大気圏には……」

「残念ながら、一歩及ばず、というところです。……運が良ければ突入出来ますが、この攻撃を食らった後では燃え尽きる可能性も……」

「ならば、致し方ないだろうな」


 サニーは呟く。


「結局の所、そういうことなのだ。……もう仕方が無いと言えば良い。だから、俺は諦めた。諦めたと言うよりは、次に意志を託した。そう、レイニーとライトニングに」

「……そういうことだ。リニック。少しは彼の思いを汲んでやれ」

「なんとかならないんですか、助かる方法は! 皆が、助かる方法が!」

「リニック!」

「嫌だ……嫌だ、諦められません。諦められませんよ、僕は! どうして、助けようとしないんですか、どうして助けようと思わないんですか!」


 ばしん!

 リニックの頬を、メアリーが叩いた。

 空気が重く立ちこめる。


「……そんなことを言っている場合か! リニック・フィナンス!」

「メアリー……さん……」

「君は、英雄だ! この世界を救わねばならない。彼の犠牲を払うだけで、君の命が助かるならば、私は喜んで彼の命を差し出そう! そしてそれが私であっても同様だ!」


 メアリーの言葉に、リニックは何も言えなかった。

 メアリーの話は続く。


「弱気を見せるな、強さを見せろ! 男を見せろ、力を見せろ! そうでなくては、英雄である意味が無い。英雄であろうとする、意味が無い!」

「英雄って……英雄って何なんですか、別に僕じゃなくたって良いじゃないですか、どうして英雄は僕になったんですか!」

「……話は後だ、メアリー! 急いで、リニックを脱出ポッドに連れて行け!」

「了解なの」


 がん! と頭を強く殴られた感覚があった。

 そしてリニックは気を失うと――ふわふわと持ち上げられたまま、メアリーたちとともに脱出ポッドへと向かっていくのだった。


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