第16話

「確かに。……確かに、そうね、その通りだわ。あなたのおかげかもしれないけれど、だってあなたが居なかったらこの扉は……」

「どうかしましたか? 別に、この扉は『元々開いていたもの』ですよ?」

「え?」

「そうですよ?」

「そう……そうね。そうだったわ」


 目線で、押し込まれたようなそんな感覚を味わった。

 しかし、それ以上に『逆らってはいけないような』そんな感覚に陥る。

 ロマはそれを不思議と思わず、そしてそれはオール・アイの術中に嵌まっているのと等しいことであった。


「……では、人間を連れてきましょう。男手がなければ何も始まらないでしょうし、このタイプの飛行機を操縦出来る人間が居るかどうかも確認せねばなりません」

「そうですね。そうしましょうか。……オール・アイはここで待っていて」

「承知しました」


 そうして、ロマは人を見つけてくるべく、地上へと向かっていった。

 彼女の尽力もあって、人手は簡単に集まった。何せ作戦を終えてきたばかりで疲労困憊の人間ばかりだったが、彼女の命令には誰も逆らうことは出来ない。それに、運が良いことに戦闘機――否、この場合は飛行機と統一するべきだろう――を操縦出来る人間も出てきた。


「あなた、本当に操縦出来るのよね? ……えーと」

「ライラックっす。ライラック・リーボルトです」

「ライラック。そう、ライラックね。覚えて置くわ。じゃあ、あなたをリーダーにして、この飛行機の整備チームを作り上げるから。後はあなたがなんとかしてちょうだい。いいわね? 何日かかるかは分からないけれど、必ずこれを飛ばせるようにしなさい。そして私たちを宇宙へ連れて行くのよ、ライラック」

「りょ、了解しましたっす!」

「さあ、あんたたちもぼやぼやしてないで! 急いで取りかかって!」


 鶴の一声、とはこのことを言うのだろう。

 あっという間に彼女の号令によって、整備チームが決められ、飛行機の整備へと取りかかっていった。


「あなたは……本当にリーダーシップが強い人間ですね」

「何よ、突然」


 オール・アイがそんなことを言い出したので、てっきり彼女はオール・アイがからかってきたのかと思った。

 しかし、オール・アイの話は続く。


「私は考えるのです。もし啓示を受けたとしても、その啓示のために行動出来る人間は一握りであるということを。だから、動くことが出来る人間というのは優秀であるということ、それははっきりしておきたい。そう、あなたもその一人なのですよ」

「……何だか、急に褒められると照れくさいわね」

「それでいいんですよ、それで」


 オール・アイとロマは二人飛行機の整備の様子を眺めながら、そんな会話をする。

 それは、そんな一幕の出来事だった。



 ◇◇◇



 所変わって、宇宙。

 メアリーたちアンダーピースをのせた宇宙船は、カトルの軌道上へとさしかかっていた。


「あ、見てください。メアリーさん。星が見えますよ、星が」

「星というよりは惑星の欠片みたいなものね……。偉大なる戦いで私たちが元々住んでいた星が六つに分裂したんですもの。強いて言えば、小惑星に近いものと言えるかもね」

「でも、星は星で変わりないですよね」

「そりゃあ、そうだけれど……」

「それじゃあ、僕はそろそろ操縦を手動に切り替えるのでコックピットに向かいます。シートベルトを着用してくださいね。着陸態勢に入るので」

「着陸態勢……って言うけれど、私たちを歓迎してくれるとは到底思えないわよ」

「そりゃあ、分かっていますよ。何とかするしかありません。そう、何とかするしか、ね」


 そうウインクしてリストはコックピットへと戻っていく。

 残されたメアリーたちは取りあえずアースを出た時と同じ配置に座って、言われたとおりにシートベルトを着用することとした。もしシートベルトを着用しないと、思わぬ怪我に繋がるらしい。カトルの重力がどのくらいなのかはっきりとしていなかったメアリーたちにとってみれば、操縦士であるリストの指示は従っておくに超したことはない、ということなのだろう。


『まもなく、この船はカトルの大気圏に突入致します。シートベルトを締めてください』

「へえ、カトルにも大気圏があるのね」

「人間が住んでいるとなると、そりゃあ大気圏もあるでしょう。アースと比べて成分の構成が違う可能性は十分にあり得ますけれど」


 リニックの言葉にメアリーは応えなかった。

 余程先程の問答が応えたのか、或いは単に機嫌が悪いだけなのか。


「……リニックくん、ごめんね。総帥、ああ見えて子供っぽいところがあるから」


 後ろに座っていたレイニーが耳打ちする。未だ彼女はシートベルトを着用していないようだった。


「うん、大丈夫だよ。とにかく、君はシートベルトを着用したほうがいい。そうしないと、危険だって。さっきリストが言っていたし」

「そうね。ありがとう、リニック」


 そうして、レイニーもシートベルトを着用すると、機体が大きく揺れ始めた。

 最初は大気圏突入に伴う振動かと誰もが思っていたが、どうやら様子がおかしい。

 ガタガタと揺れ始めたそれは、徐々に警告音も聞こえてきた。


「おい! リスト、大丈夫か!」


 サニーの言葉は、コックピットに届くのではないか、という程の大声だった。

 おかげでその後ろに座っていたリニックは耳を塞いでしまう程だった。


『サニーさん、すいません! 今ちょっと厄介な敵に襲われていて……。何とか、大気圏突入を目指すつもりです!』

「おい、ちょっと待て。それっていったい……!」

『えーと、簡単に言えば、カトルの軍隊でしょうか?』

「軍隊……か。そりゃあ、まあ、客はお呼びじゃあねえだろうしな」


 サニーは冷静に物事を分析する。

 しかし、事態はそんな簡単に収束してくれやしない。


「しかし、このまま何も出来ないのも何というか……むず痒い……!」

「仕方ないだろうが! あいつが、操縦士のあいつが、シートベルト着用の上待機しろ、というんだ。あいつに任せるしかない」

「サニーさんってそこんところ、ちゃんとしていますよね……」


 レイニーの言葉に、リニックはサニーが一番古株であることを思い知らされる。

 思えばこの組織、組織とは名乗っているものの、メアリーを含め四人しか居ない。サニーとレイニーと、ライトニングの三人だ。そのうちライトニングは眷属だのどうのこうの言っているので人ならざる者であることは明らかなのだが、こうなってくるとサニーも怪しい、というのがリニックの推測だった。

 リニックは考えていた。自分はどうして勇者という存在なのか。いや、正確に言えば彼の存在は英雄と呼ばれているものなのだが、そんなものは彼の中では同一視されており、もはやどうでもいい存在となっている。

 英雄譚。

 それは百年前の勇者、フル・ヤタクミが成し遂げたことで、今の彼には関係ない。

 勇者はそのまま行方不明となり、その血筋は絶えてしまっているのだから。

 ならば、彼は勇者の末裔でも何でも無い。

 彼は、ただの人間だ。

 でも、彼は英雄であると、そう告げられた。

 英雄だから、何だというのか。

 英雄だから、何が出来るのか。

 英雄だから、何も出来ないのか。

 違う。違う。違う。そうではない。

 英雄だから、英雄だからこそ、英雄であるからには。


(僕は――何をすれば良い?)

(僕は――何のためにここに居る?)

(僕は――ただの人数合わせなのか?)


 否、否、否。断じて否。

 そんなことはあり得ない。そんなことは考えられない。

 大学を破壊され、平穏を破壊され、日常を破壊され。

 得たモノは、英雄というちっぽけな称号だけ。

 本当にそれで良いのか?

 本当にそれで――自分は良いのか?

 否。否。否。

 否定することなら出来る。

 肯定することは出来ない。

 提案することも出来ない。

 そこに意味はあるのか。

 そこに意味は無いのか。

 分からない。


(――分からない)


 分かるのは、いつになったらだろうか。

 分かるのは、いつになればだろうか。

 わかり合えるのは、いつになったらなのか。


(分からないよ、そんなこと)


 気づけば、彼は――白一色の世界に立っていた。


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