第三章

第20話

 カトル帝国、マグーナ基地は海岸沿いにそびえ立つ堅牢と言われるに等しい場所である。

 マグーナ基地を管轄するのは帝国直属の第七兵団、そのリーダーとなるのがカラスミ将軍である。カラスミは二刀流の兵士として傭兵上がりの将軍であり、兵士からも信頼と尊敬が送られている人間だ。

 しかしながら、兵士の大半は魔道兵であり、その存在は人間ではない。

 人間というよりも、人間の遺伝子情報を流用したダミーデータ。

 魔道兵はそういう存在だった。

 だから定期的に魔力を注入する必要があるし、魔力が尽きれば動かなくなる。それが魔道兵の特徴であり欠点でもあった。だから長期の移動の場合は魔力をためておくタンクを複数個持って行く必要があり、兵士のメンテナンスをするために人間が存在する。

 だから、全員が魔道兵になることはほぼ不可能であり、もしそれをするのであれば仕組みを大きく変えなくてはならない。

 基地の中心部にある小さな石造りの祠に、魔道兵二人とカラスミは居た。


「……将軍、我々はどうすれば宜しいでしょうか」

「しばし待っていろ。私はこの中の『剣』に用がある」


 魔道兵はそう言うと、進行を停止した。今、彼ら魔道兵の命令権を保持しているのはカラスミである。だからカラスミの意見を聞くことは絶対であり、その命令を無視することは出来ない。

 なぜなら魔道兵には自由意志が存在しないためだ。自由意志が存在しない以上、魔道兵は命令者による命令を待たなくてはならない。それもまたプログラムの一つであり、現在の科学技術のたまものであるといえるだろう。

 カラスミは赤い長髪をかきあげて、前に進む。

 祠の扉は閉まっていたが、カラスミが持っていた鍵を使うことによって、扉を開けることが出来た。

 祠の中は湿気が多く歩くとじめじめとした空気が張り詰めている。

 しかし、カラスミはそれでも前に進まなくてはならなかった。

 前に進んで、また『挑戦』をしなくてはならなかった。

 それはカラスミの意志によるものか。

 それはカラスミの自戒によるものか。

 いずれにせよ、カラスミは前に進まなくてはならなかった。

 前に進むと、やがて広い空間に突き当たる。

 そしてそこには棺桶が置かれていた。

 棺桶は既に開かれており、一人のミイラと、ミイラに抱えられるように剣が一振り置かれている。


「……忌々しい『守護者』め」


 カラスミの言葉を聞いて、それは反応する。


「忌々しいとはこちらのことだよ、女狐」


 カラスミ=ラハスティはその言葉を聞いて小さく舌打ちする。

 カラスミ=ラハスティはカトル帝国の四財閥の一つラハスティ家の令嬢だ。兄を持つ彼女は、次第と女の子の遊び方よりも、男の子の遊び方を身につけるようになり、お人形遊びよりも剣戟のほうが好き――という少し変わった生き方を送っていた。

 しかし、財閥の令嬢である彼女にそんな自由など与えられるはずもなかった。

 両親は兄との対立をさせ、女の子らしい遊びを身につけさせ、同じ財閥の息子との婚約を取り付けた。

 そんな、十八歳のカラスミに悲劇が訪れる。

 兄、フィード=ラハスティが事故により死んだという情報が入ってきた。

 結果的に当主とならざるを得なくなった彼女は、婚約を取りやめ、彼のことも合わせて生き続けなくてはならないと考え、剣の修行も再開した。

 そうして身につけたのが、二刀流。

 婚約を取りやめた――とはいったが、相手はそう認めて貰えず、結果的にはラハスティ家が一方的に取りやめている状態であり、相手のミスティ家の三男であるラハール=ミスティは未だ彼女のことを諦めていない。

 閑話休題。

 彼女は剣の修行に明け暮れ、ついに傭兵だった彼女はここまで上り詰めることが出来た。勿論財閥の力をフルに使ったということもあるが、それでも帝国の将軍にまで上り詰めるのは簡単な事ではない。

 未だに帝国の中にも女性を登用するのは如何なものかと旧態依然とする人間も居るし、逆に新しい風を吹き込むために女性を積極的に登用するべき(無論、実力も推し量るべきだが)という意見と分かれている。

 彼女の将軍への登用は、後者の意見を述べた元老院の人間が推した為に起きた人事であり、彼女は彼らに僅かながらではあるが感謝している。

 何故か?

 兄を帝国の旧態依然とした制度によって殺された今、その自分が帝国の全精力を操ることの出来る存在まで上り詰めることが出来たからか?

 否、否、否。

 断じて否。

 そんな簡単な事ではない。

 彼女が求めていたのは、小さい頃兄から教えられた『伝説の剣』のことだった。

 その剣は選ばれた人間にしか使うことが出来ないが、その代わり絶大な力を手に入れることが出来るというアイテムだった。

 幼い彼女はそれをどうしても手に入れたかった。それは単なる興味からの問題だった。

 そうであったとしても、彼女を今日まで剣の研鑽に導いた存在であることは間違いない。

 そして、その剣が今、目の前にある。


「……剣を手に入れて、どうする? 世界を我が物にするつもりか」


 ミイラだと思われたそれは、まだ生きているのか、それとも魂だけで生きているのか分からない。

 いずれにせよ、そのミイラが彼女に問いかけている。

 剣を手に入れて、どうするのか、と。


「どうするか……か。決まっている。先ずはこの星に蔓延る異物を破壊する。そうして、私はそれを土産にして帝国の中枢に食い込んでやる。兄を殺した恨みを、晴らしてやるんだ」

「ふん。つまらないことを考える。……ならば、剣を与えることは出来ない。立ち去るが良い」

「貴様、さっきから何を言っている?」


 剣に、手をかけていた。

 カラスミは二本腰に下げていた剣のうち片方を、既に抜きかけている。


「……剣で、力で脅しても無駄なことだ。この力は、ある人間にしか引き抜くことは出来ない。そして私はその御方を永遠に待ち続けている。たとえ魂だけの存在になろうとしても、な」

「誰だ、そいつはいったい」

「英雄、だ。滅び行くこの世界を救うべき存在。滅び行くこの世界の、いびつな理を元に戻すべき存在。英雄でなければこの剣の力、使いこなすことは出来ない」

「はは……はははっ! 何を言い出すかと思えば、英雄だと? 英雄などいるはずがない。それに、この世界が滅び行くだと? それはあり得ない。あのアースという辺境だけならまだしも、我々帝国が統治している以上世界のエネルギー情勢は変わりなく……」

「そういう、人間の驕りが世界を滅ぼすのだよ、カラスミ=ラハスティ」


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