第二章

第10話

「宇宙ステーション?」

「そ。私たちはロケットを持ち合わせていないからね。結果的に上層にある飛行場からロケットを奪うことになるの」


 次の日の朝食。

 あの長テーブルで座っているのは、レイニーとライトニング、それにサニーとメアリー、最後にリニックの五人だ。てっきり組織というものだからもっと大所帯なのかと思いきやこれで全員なのだという。何というか、もっと人数を雇えば良いのに、と思うリニックだったが――。

 どうやらメアリー――総帥自体が少数精鋭を好んでいるらしく、あまりこれ以上人員を増やしたくないらしいのだ。それは何故知っているかというと、今朝こっそりとレイニーに聞いたためである。

 メアリーの話は続く。


「本当は奪うなんて傲慢なやり方、したくないのだけれど。私たちがロケットを所有していないのだから、仕方ないことよね。だから――」

「あの、一つ良いですか」


 リニックが問いかける。


「何?」

「メアリーさんは予言の勇者の一行として、百年前に世界を救ったんですよね? ならば、どうしてこんな地下組織で暗躍しないといけないんですか? もっと、待遇が良くてもいいだろうに……」

「百年前、何が起きたか、歴史の教科書を読み返せば分かる話よ」

「血の雨が降った日、ですよね。分かっています。でもそれが原因で……?」

「それを引き起こした人物こそ、予言の勇者、フル・ヤタクミだった」

「えっ……」

「そこまで教科書には書かれていないようね? まあ、私に取ってみればどうだっていいのだけれど。それによって『予言の勇者の一行』は悪という認識にすげ替えられた。……まったく、上手い話よ。もしリュージュがそこまで仕組んでいたというのならば、彼女は最悪の人間と言えるでしょうね」

「それを仕立て上げたのは、誰なんですか?」

「あなたも知っているでしょう、楽園教」


 楽園教。

 この世界のどこかにあると言われている楽園を崇拝する宗教だ。新興宗教でありながら、政治の中心に立ち、現在は残り僅かとなった人類を束ねているとも言われている。


「その……楽園教がどうして、あなたたちを?」

「さあね、邪魔だったんじゃあない?」


 彼女はトーストを頬張る。さくり、という音が部屋の中に響き渡った。


「楽園教って……確かに、変わったところだな、とは思ったんですけれど」

「例えば?」

「楽園は必ず存在する、と言って高い物品を買わされるらしいんです。それを持っていると、楽園に必ず行くことが出来るというチケット的な感覚で」

「あほくさ。そんなので行けるわけがない。それに『楽園』なんてほんとうに存在すると思っているのかしら?」

「思っている人が多いからこそ、楽園教に多くの信徒が集まるんじゃないですか」

「ふうん」


 スープを飲み干し、両手を合わせるメアリー。


「ま、私は何も関係ないけれどね。だからといって楽園に行けなくなるぞ、と脅されたところで、そうですかでも楽園には行きたくありませんと言い張るだけで良いし」

「そもそも……どうして楽園教は人類を束ねることが出来たんですか?」

「不安を取り除くためには、宗教が一番って話、聞いたことない?」

「?」

「そもそも、宗教は不安を持つ人間が想像の範囲内で生み出した『偶像』と言われているわ。勿論、神が居ないとは言わない。現にガラムドという世界の管理者が居る時点で、神という存在は本当に存在しているということが証明されているのだから。……けれど、それとこれとは話が別。結局、人間が崇拝しなければ神は存在出来ないし、崇拝すれば神は所詮贋物であっても存在出来てしまう。贋物が本物以上に努力して、本物に近い風になってしまうというのは良くある話よ」


 立ち上がり、部屋を出ようとするメアリー。


「総帥、どちらへ?」

「準備をしてくるわ。……あなたたちも早く朝食を食べ終えなさい。急がないと、チャンスを失うわよ」


 そうして、メアリーは部屋の外へと出て行った。



 ◇◇◇



 ラグナロク本部。

 オール・アイとロマは朝食を取っていた。


「……オール・アイ。本当に、今日ロケットを奪いに宇宙ステーションにやってくるのよね?」

「ええ、その通りですよ。……私の預言に間違いはありません」

「ふうん。なら良いけれど。……ま、私はお兄様が蘇ればそれでいいんだけれどね♪」


 トーストを頬張って、無理矢理口の中に詰め込めていく。そしてそれを牛乳で流し込んで、ごくりと飲み込んだ。


「ご馳走様。あなたは今日は出ないつもり?」

「そうですね。今日も、神に祈りを捧げるつもりです」

「神、ねえ。楽園教も神に祈りを捧げているというけれど、どうしてあなたみたいな人間が私に協力してくれるのかしら?」

「それは、あなたの『思い』が強いからですよ、ロマ様」

「思い?」


 ロマは首を傾げる。


「そう。あなたの思いが強かったからこそ、私はともにあろうと思ったのですよ、ロマ様」

「……ふうん、よく分からないけれど、あなたのおかげでこの組織はとても大きくなった。本当に感謝しないとね!」


 そしてロマは立ち上がると、慌てて外へ出て行った。

 残されたオール・アイはぽつりと呟く。


「……小娘が。何も知らない小娘が。ただただ『希望』に縋って生きているだけの小娘が。そんなことで生きていけるとでも思っているのか。そんなことで生きていこうと思えるのか。馬鹿馬鹿しい、世界は終わりに満ちていて、世界は崩壊への一途を辿っていようとしている。楽園教だって同じだ。そんなものに縋って何になるという。この世界は百年前にとっくに『終わっていた』世界だったのに、彼奴らが無理矢理に寿命を引き延ばした。今や延命治療の世界と言えるだろうに。……まあ、そんなことを言ったところで、人間どもは無理矢理この世界で生きていこうと思うのだろうがね」


 オール・アイは一口スープを啜った。


「このスープだって、そうだ。本当はもう『生物の生命を食べる』という行為すら出来ない動物なのだ。ならば世界はさっさと滅んでしまった方が良い。そのためにも、彼女たちは有効活用せねばなるまい。そう、ラグナロク……かつての古い言葉で『最終決戦』とも言われたその言葉、存分に活用させて貰うぞ」


 その言葉は、誰にも聞こえるはずがない。

 誰も居ない一人の部屋で、彼女がぽつりと呟いた闇。

 その言葉の真意を、第三者が知ることになるのは、かなり後の話となる。


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