第11話

 そして、上層。宇宙ステーション。

 難なく到着したメアリーたちは、屹立しているロケットの数々を眺めていた。


「本当にこの鉄の塊が宇宙まで飛ぶのかしら……?」

「疑問に思っているなら使わなくても良いんだぜ。ほら、転移魔法を使う手もあるじゃないか」

「サニー。転移魔法はね、もう片方に魔方陣がないと成立しない不完全な魔法よ。仮に運良く誰が転移魔法を作り出していたとしても、魔方陣を解析することは不可能に近いわ」

「へいへい。知っていますよ。それくらい常識の範囲内ですよ」

「呆れた。あなた知っているのにわざとその質問をしたのね?」


 メアリーは頬を膨らませる。何だかその様子が小動物のようでとてもかわいらしい。


「……まあ、とにかくロケットの一つを奪うとしても、どうしましょうか……。問題は、飛行士も一緒に来て貰う必要があるのよね」

「飛行士がいないんですか?」


 リニックの言葉に、メアリーは余所余所しく頷く。


「……残念ながらね。そこまでは集め切れていないというか。まあ、何とか現地調達でなるかなあとは思っているのだけれど。リニック、あなたは流石に飛空士の免許を持っては……居ないわよねえ」

「残念ながら。というか普通はロケットの操縦なんてしませんから」

「そうよねえ……となると、やっぱり飛空士を誘拐しないと話にならないということよね」

「ロケットに運良く飛空士が居ればそいつを脅せば良いんですけれどね」


 けろっとした表情でとんでもないことを言うレイニー。

 彼女もこの組織の経験が長いらしく、普通にそんなアイディアが浮かんでくるらしい。

 そして、彼女たちは吟味するようにじろじろと眺めながら、ロケットの隙間を歩いて行く。


「あの、少し宜しいでしょうか」


 声をかけられたのはリニックだった。


「……はい? どうしましたか?」


 もしかして、怪しまれたのだろうか――なんてことを考えていたが、直ぐにそれは杞憂であると思い知らされる。


「もしかして、ロケットを泥棒しようと思っていますかっ?」


 目をキラキラと輝かせて、彼はそんなことを大声で言い出した。

 急いでレイニーが口を塞ぎ、手に持っていた拳銃を彼の頭に当てる。


「……何処まで知っている? それを本部に知らせて、私たちを捕まえるつもりか。それとも、ラグナロクの仲間か?」


 レイニーの言葉は、重く、冷たく、そして的確だった。

 しかし、彼はずっと首を横に振るだけだった。涙を流していたが、レイニーにはそんなこと虚仮威し程度にしか思わなかったのだろう。

 口からてを離されて、漸く空気を吸うことが出来た彼はゴホゴホと咳き込む。


「怖いなあ、いきなり口を封じられるとは思わなかった……。でも、未だ僕は諦めないよ!」

「なんで、我々がロケットを泥棒しようと分かった? それだけを聞かせて貰おうか」

「そりゃあ、目つきが違うもの。普通なら旅行に目を輝かせる人が多いのだけれど、あなたたちはロケットばかりを見ていた。そういう人はロケットオタクかロケット泥棒かのどちらか。ま、誰も気づいていないようだから、安心して。もし殺すなら……今のうちだけれど」

「あなた、殺されるためにわざわざここにやってきたの? だとしたら滑稽ね」

「そんなまさか。……僕は賭けのためにここに来たんです。運が良ければ僕の勝ち、ってね」

「賭け?」


 メアリーは一歩近づき、少年の顔を見つめる。

 その顔はどこかで見たことのあるような――或いは似たような顔つきをしていた。

 少年の話は続く。


「僕は飛空士だ。だけれど、ベテランのバーターに回されるのがいつもの僕だから、だから、僕が主導で空を飛びたかった。宇宙に行きたかった」

「だから、ロケットを奪う人間を探していた、と……。もしその人間なら、そのまま宇宙に行くのではないか、そしてもしかしたら飛空士も一緒に探しているのではないか、と」


 こくり、と少年は頷く。


「だとしてもだめね。あなたが何を考えているのか、私たちには分からない。もしかしたらスパイかもしれないし、或いはアースから逃げ出したいだけなのかもしれない。……ねえ、あなた、本当は何か別の理由があるのではなくて? 宇宙に出ないと行けない理由が」

「あります。行かないと行けない理由が……」

「何? それは。言える範囲で構わないわ。教えてくれないかしら。それによって、私はあなたを連れて行くかどうか判断する」

「……父さんを探したいんです」

「父さん?」


 メアリーの言葉に少年は頷く。

 そして、少年は首にかけられていたペンダントを外して、メアリーに差し出した。

 ペンダントはロケット型のペンダントであり、そこを開ける。

 するとそこに一枚の写真が入っていた。二人の男性が笑みを浮かべている様子だ。そのうち若いほうは、恐らく少年だろう。では、もう一人が――。


「お父さんと、仲が良かったのね」

「ええ」

「でもお父さんはある日、ロケットの試験運転でカトルに向かって……そのまま行方不明になってしまいました。噂だとそのロケットはカトルで墜落した、とも言われていますけれど……。父さんがそう簡単に死ぬとは思えないんです。だから、」

「だから、探しに行きたい、と……。それが本音ね」

「はい。さっきのロケットの件も嘘じゃありません。けれど、父さんを探したいということも本当なんです。けれど、このご時世、自分でロケットを持つことも出来ないし、カトルに旅行に行くことも出来やしない……」

「カトルは帝国を作っているからね。そう簡単に入国を認めてくれないでしょう。友好条約だって、形だけのものだし」

「ええ。だから……だから、自分一人で向かうことが出来ないんです」


 カトル帝国と言えば、ロボットによる発展が見込まれている帝国だ。ロボット産業を得たいアースからして、友好条約を結ぶに適当と判断したのか、数年前から友好条約を締結している。しかし、それはメアリーの言うとおり、形だけのもので、帝国とはいつ戦争が始まってもおかしくはない状態だった。

 だから、それを気にしているのだろう。それを気にしているからこそ、カトルへの旅行プランがあるとしてもそこに自由行動は存在せず、すべてが旅行会社の決められたプランに沿った行動であることは確かだ。抜け出して見に行くことも出来なくはないだろうが、見つかった瞬間に殺される。はっきり言って、とても一人で行うことではない。


「まあ、カトルには私たちも用事がある。ついでに探してみるのもアリだとは思うが……」

「彼を連れていくんですか、総帥!」


 直ぐに否定したのはレイニーだった。

 彼女は危険な行動はあまりするべきではないと判断していたのだろう。だから、だからこそ、今回の行動には否定的だった。

 しかし、彼は飛空士である。それだけでも一緒についていくには十分過ぎる材料だ。若干のマイナスがあったところで、そんなことはどうだっていい――メアリーはそういう結論を導いたのだろう。


「確かにあなたの不満も分かる。けれど、彼は飛空士。私たちは飛空士が欲しかった。Win-Winの関係になるとは思わないかしら?」

「それはそうですけれど……」

「僕が仲間になれば、空いているロケットをそのまま使えますよ! 何せ今鍵を持ち合わせていますからねっ」


 にひひ、と笑みを浮かべて鍵を見せつける少年。

 それを見たメアリーは、仲間にするのに十分と判断したのだろう、大きく頷くと、


「分かったわ。あなた、名前は?」

「僕の名前はリスト。リスト・フォーミュラです」


 そして、アンダーピースに新たな仲間が加わるのだった。

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