第8話
「えっ……?」
「あなたねえ、さっきから聞いていれば、平和に暮らしたいだの、自分には関係ないだの! そんな関係ないわけないでしょうよ! あなたの生きる世界が、このままだと死滅しようとしているのに、そんな余裕な発言をよく出来るわね!」
「ま、まあ、総帥……。未だ彼が話を理解していないだけということもあり得ますし」
「理解しているかしていないか、そんなことは関係ないの」
レイニーの言葉に、ライトニングは答える。
「覚悟があるかどうか――なの」
覚悟。
その単語を聞いて、彼は何も言えなかった。言い出すことが出来なかった。
「覚悟があるかどうか、それも分かります。けれど……だとしても急すぎませんか。時は待ってくれない。それは誰だって知っていることです。現に私たちアンダーピースだって救世主の存在に気づくまでにかなりの時間を要した。でも、彼が『やりたくない』と言えばそれまでじゃないですか」
「そうなったら、私自らがやるしかないわね」
その瞬間、空気が一瞬にして凍り付いた。
「総帥……自らが?」
「そう。言っていなかったかしら? 私は一応『適性者』よ。剣を使えるかどうかは分からないけれど、『杖』を使うことは出来た。同じようにルーシーも適格者だったけれど、彼は死んでしまったからね……。今は、私しか残っていない」
「……適性者?」
「そう。あなたは適性者なのよ、リニック・フィナンス。救世主とも言ったけれど、実際はそちらのほうが正しい。かつて神より授けられた世界の理をもねじ曲げることの出来る剣、シルフェの剣の適格者、それがあなたなのよ」
◇◇◇
ラグナロク、本部。
「……で、結局もぬけの殻だったわけ?」
白いワンピースに身を包んだ少女が、黒ずくめの軍隊を一瞥して言う。
軍隊の中の一人は、一歩前に出て敬礼をすると、
「あ、あの! 一応申し上げておきますと、我々の進撃を予知していた人間が居たようで……」
「居るに決まっているじゃない! 何せ、あのアンダーピースも狙っているのよ! アンダーピースはリュージュ様の娘が総帥を務めている。あの女には僅かながら未来予知の力が未だ残っているはずよ。……だから、きっと今回も察知したのね」
「あ、あの……となると我々に勝ち目はないのでは……?」
「何を言っているのよ!! 何のために高い金払ってあんたたちを雇ったと思っているの!! 『適性者』も奪われたことだし、次のアイデアを考えないと……」
「ロマ。何かお困りのようですね」
彼女の背後に、白いローブを羽織った人間が立っていた。
そしてそれは『人間』と表現するしか方法が無かった。ローブから見せる銀髪だけでは男性にも女性にも見えるし、子供にも老人にも見えた。
「……あ、オール・アイ。やっほ。どうしたの急に?」
オール・アイ。
ロマが言ったその名前を、軍隊の人間は誰一人として知らなかった。
それは当然のことで、オール・アイは滅多に外に出てこない。だからそのオール・アイのことを知っているのは、ロマを含む幹部の僅かの人間に過ぎないのだった。
オール・アイは話を続ける。
「彼らを叱責しても何も始まりませんよ。次の作戦を考えなくてはなりません。そうでないと、あなたの野望を成し遂げることが出来ません。そうでしょう?」
「そう。そうね。確かにあなたの言うとおり。……お兄様の命を救うためにも、動かなくてはなりません。分かりますね? では、次は……」
「次は、宇宙ステーションを狙いましょう。さすれば、アンダーピースも宇宙に出向くことは出来ません」
「宇宙……って。宇宙に手がかりがあるというの? その、お兄様を救う術が」
「正確には、宇宙と言うよりはアースの周囲にある星々でしょうね」
「?」
「管理者はどんなものにも、修正プログラムを用意しておくものです。偉大なる戦いで散った五つの星々にはそれぞれ『鍵』があります。その鍵を使うことで、どんな願いをも叶えることが出来る。……どうです、素晴らしいことだとは思いませんか?」
「す、素晴らしい! 素晴らしいわ! ……ほら、こういう情報こそ私の欲していたものよ。あなたたち肉体しか能が無い人間には何も出来ないでしょうけれどね!」
「……なので、彼らを利用致しましょう」
「彼ら?」
「アンダーピースを利用するのです」
それを聞いたロマは眉を顰める。
「いったいあなたは何を言っているのか、分かっているの?」
「分かっています。分かって忌ますとも。だからこそ、言いたいのです。彼らには敢えて泳がせましょう。宇宙ステーションの襲撃をデコイとして、わざとこのアースの外へ飛び出させるのです。あとは流れに沿って鍵を手に入れて貰い……」
「最後に鍵を奪い取る、ということね! さすがはオール・アイ。分かっているじゃない」
「ええ。あなた様のことなら何なりと。何せ私は『すべてを見通すことが出来ます』故」
◇◇◇
「宇宙ステーション?」
「剣は隠しているのよ。……何せ、誰に使われるか分かったものじゃない。適性者の心によっては悪い方にも良い方にも変化してしまうそれを、何もプロテクトを講じずに置いておく訳がないでしょう? だから宇宙への進出が出来た段階で剣をアースの外惑星のどこかに隠したのよ。アント、トゥーラ、トロワ、カトル、サンクのどこかにね」
「どこに隠したか……ってのは分からないんですか?」
「それは私を馬鹿にしているわね?」
リニックはそれを聞いて首を激しく横に振る。
そんなことは無い、という強い意思表示だ。
「……まあ、冗談は置いといて。確かトロワに隠しておいたはずよ。彼らとは友好関係を築けたからね。それに、彼らも偉大なる戦いでともに戦ったからということで人間を敬ってくれていた。確か彼らの神の形は人間の形そのものなのよ」
「ということは、人間が住んでいる訳じゃないんですね?」
「当然じゃない。私たちの惑星から分離して二千年よ。若干の変化が起きていてもおかしくないでしょう?」
「それもそうかもしれませんけれど……」
「とにかく! 適格者であるあなたを剣の元へ運ぶのが私たちの使命なの。それは理解して貰いたいな。……あ、家に戻ることは許されないからね。だって家に戻ってラグナロクの連中が待ち構えていたらどうするのよ」
「部屋は……どうすれば?」
「それくらい用意しているから安心なさい。レイニー、部屋まで案内して」
「かしこまりました」
メアリーの言葉を聞いて頷くレイニー。
そうして彼らはリニックのために用意された部屋へと向かうのだった。
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