第7話
「知恵の木の実は、地球の記憶をエネルギーに変換して使うことの出来る『伝説的法具』よね。私も使ったことがあるけれど、そんな難しく考えるものでもない。……ただ今は、世界から戦争が無くなったこともあって、どっちかといえば戦争をする暇が無くなったとでも言えば良いのかな? だから、世界はそんなことをしなくても良くなくなった結果、知恵の木の実はほぼ絶滅した。そもそも知恵の木があった場所が、今はもう赤い世界の中に閉じ込められてしまっているわけだし」
「回収は出来ないんですか?」
「この百年でそこまで技術が進歩しているとでも? それにあの世界はメタモルフォーズのなり損ないが蔓延っているし、人間が生きていける酸素もとても少ない。簡単に言えば死の大地よ。そんな空間に進んでいこうとする大馬鹿者なんて見たことが無いわ」
「でも総帥はそこに行こうとしているんですよねえ」
レイニーはくすくすと笑いながら、そんなことを言った。
「あ、馬鹿! それはまだ言わない約束でしょうが!」
メアリーが顔を真っ赤にしてレイニーに言う。
レイニーははいはい、と軽く流して、
「知恵の木は未だ枯れていないというのが、研究者の推測です。あんな死んだ大地でも、もともとは記憶をもとにエネルギーを蓄えていますから当然と言えば当然なのですけれど」
「……それって、人間にも適用できるんじゃ……」
「良いところを突いてきたね。さすがは救世主」
「いや、まだそうと決まったわけじゃ……」
「ラグナロクは世界を滅ぼそうとしているのではなくて、アンダーピースを、ひいては祈祷師の末裔たる総帥を殺害するために活動しているんですよ」
レイニーが補足する。
「どうして……?」
「旧時代の存在など、邪魔なのでしょう。けれど私は彼らの活動に与するつもりは無いわ。あいつらも知恵の木の実を持ち合わせているけれど、それは人間の死骸から育てたものだもの。それってメリットとデメリットがある面倒なものだというのに」
「メリットとデメリット?」
「メリットは簡単に育てることができる、ということでしょうか。デメリットはその死んだ人間の記憶をダイレクトに受けることになる。場合によっては脳にダメージを負って、廃人になってしまう可能性がある……。だから私たちは絶対に人間の死骸から知恵の木の実を育ててはならないと決めているんです」
「聞いた話によれば、死んだ直前の記憶がフラッシュバックされるそうよ。……あー、やだやだ。聞いているだけで辛いったらありゃしない」
メアリーは残っていた赤ワインを飲み干すと、ゆっくりと立ち上がった。
こちらに向かってくるが、いったい何のために向かってきているのかが分からない。
そしてメアリーはリニックの横に立った。
「……あなたは、科学によって世界を救えると思っているかしら?」
「…………え?」
「質問に答えなさい。イエスかノーか」
「でっ、出来ると思います。多分、ですけれど……」
「確証に欠けるわねえ。まあ、急にそんな質問をするほうが野暮って話かしら」
リニックの前向かいの席に腰掛け、メアリーは彼を見つめる。
酔っ払っているのか、目が細くなっている。
とろんと、溶けているようなそんな感じだ。
「……じゃあ、質問を変えましょうか」
一息。
「あなたはこの世界を、元の世界に戻すことが出来ると思う?」
「元の世界……って、つまり赤い血をすべて洗浄出来るか、ということですか」
「そう。オリジナルフォーズの残滓とも呼ばれている、あの赤い血をね」
「出来ないことは……無いと思います」
それには、即答するリニック。
メアリーはほう? と首を傾げさらに彼の言葉を待った。
リニックは話を続ける。
「科学技術は常に発展を続けています。ですから、今は難しくても何百年とかとてつもない時間になっちゃうかもしれませんけれど……でもいつかは必ず」
「だめ。それじゃあ、だめなのよ。今や人間の人口は全体的に低下傾向にある。その大きな理由が食糧問題と土地の問題。私が食べているベーコンだって、品薄になっているのを何とか裏ルートから入手しただけに過ぎない。一般の人間が食事を取るときは、化学物質てんこ盛りのペースト状食品でしょう? あんなもの、食べた気になりゃあしないというのに」
「そりゃあまあ……栄養がとれていれば良いんじゃないんですか。現に、あれに文句を言っている人間なんて居ないじゃないですか」
「違うわ、違うのよ。何を考えているかあなたの考えを聞かせて欲しいけれど……、そんな栄養とエネルギーだけ摂取するような食事で何が生まれるのよ? アイデアが生まれると思っているの? すべてが管理された世界は、息苦しいとは思わない? 私は息苦しいと思っているわ。この世界、この時代。あの時代から僅か百年で人間はこうなってしまったのだ、と。長生きする意味も、ここまで来てしまえば何も生まれないわよ」
「でも、世界はそれで納得している」
「納得しているの、あなたは?」
鸚鵡返しのように返されたリニックは、どう答えればいいか分からなくなってしまった。
何せ彼も、今までそのように学んできたのだから。
何せ彼も、一人の人間として扱われずにやってきたのだから。
「はっきり言ってしまうとね、リニック。この世界の人間はもうロボットと大差無い。だからこそ、いつか革命を起こさなくてはならないのよ。革命。分かるかしら、言っている意味が? 世界に革新的な何かを起こさないと、これ以上この世界は成長しない。それは誰だって分かっているはずなのに、誰もやろうとはしない。それが間違っているのよ。そして、その『間違い』を正さなくてはならないのが、私たち『アンダーピース』」
アンダーピース。
革命。
この世界の人間はロボットと大差無い。
その発言を聞いた彼は――頭の中がごちゃ混ぜになっていた。
「……世界をどうしようったって、一人の力じゃあ何も出来ない」
「だから私たちは組織を結成した」
「具体的にはどうやって、世界を救うんだよ! 僕が救世主だと、あなたは言った! けれど、僕はただの人間だ。そんなこと、出来るわけがない!」
「やってみないと分からないわ。現にあなたは――」
「英雄? 救世主? そんなことと無縁の生活を送ってきたのに、突然テロリストに襲われて、テロリストに攫われて、やってきた場所で語られた内容が『救世主』だって? ちゃんちゃらおかしいだろ! それをどう思っているのか分からないけれど、僕はただ平和に暮らしたいだけなんだ――」
ぱあんっ!
リニックの言葉が途中で中断する。
その理由は、リニックの右頬を思い切りメアリーが叩いたからだった。
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