第6話
「メアリー・ホープキンってあの……伝説の三人のうちの一人の……!」
「そ。知ってるでしょ、それぐらいなら。あんな世界だけれど、救ったのは私たち三人だけ。けれど一番の功績者であるフルは行方不明になり、ルーシーも十年前に亡くなった。今や百年前の出来事を知っているのは私だけ。或いは、私からその話を聞いた人たちとも言えるかしらね」
百年前の出来事をリアルに体験している人など、この世界にどれだけ居るだろうか。
現在、人間の寿命が八十年と言われているから、ルーシーと呼ばれる人間も百歳近くまで長生きしたのだろう。
しかし、仮にそうであるとして。
「……もしかして、私の顔が『あまりにも若すぎる』とでも思っているのかしら?」
そう。
メアリー・ホープキンは、その年齢の割には風貌が若すぎるのだ。リニックと同じか、それよりも幼いぐらいの彼女は、ワイングラスを傾けている姿すら似合わない。年齢的には全然飲める年齢なのだろうけれど(というか、そもそも法律などで定めていないから何歳だって飲めてしまうわけだが)。
「……まあ、そう思うのは仕方ないかもしれないわね。何せ私は『カミサマのいたずら』で作られた祈祷師の一族、その最後の末裔なのだから。祈祷師、それくらいは歴史の教科書でも習った話でしょう?」
「あ、ああ。確か長命な一族だと聞いているが……不老不死に近い存在であると言われていて、理由は遺伝子情報の劣化が非常に遅いからだとか……」
「ああ、もう科学的な根拠はどうだっていいから。要するに、私はそういう存在なわけ。まあ、血を薄めすぎたのかそれでも私は二百年ぐらいだったらこのままの容姿で暮らしていくことが出来る。勿論万能ではないから、外傷とかで死んでしまうこともあるかもしれないけれどね」
「それって……人体の神秘じゃないですか!」
「どうかしら? 人間も結局は神によって作られたただの俗物。神にとっては、そんなこと些末な問題としか思っていないかもしれないわよ?」
些末な問題。
神にとってみれば、この世界そのものが造成物なのだから、あまり気にしていないのかもしれない。
いや、でも、そうなのだろうか?
「……でも、ガラムドはかつて人間世界に何度か関与しました。それは、人間世界を神が見捨てていない証拠なのでは――」
「ガラムドはただの管理者。神でも何でも無い。それは、よくロジックを組み立てていけば分かる話。……だってそうでしょう? 偉大なる戦いで先導した少女が、神になり得た? そんな都合の良い話が起きるのかしら? 私はそう思わない。もっと言ってしまえば、それこそが神の予定調和。神は何を考えているのか分からない。けれど、ガラムドもある種の被害者と言ってもいいかもしれないわね」
「でも、結局神は……」
「神はこの世界をとっくに見捨てているわ。この成長の見込めない世界をね」
メアリーははっきりと言い放った。
ワイングラスを揺らしつつ、さらに話を続ける。
顔には出ていないが、どうやら酔いつつあるらしい。
「要するにね、神は世界を作り終えた段階で、楽園という場所を生み出したのよ。そこには様々な動物が争いを起こすこと無く、平和に暮らしていたそうよ。そしてその楽園に最後に生み出された生物……何だと思う?」
「人間……ですか」
「その通り。最後に生み出されたのは、人間だった。アダムとイブという男と女のつがいよ。彼らは楽園で平和に暮らしていたそうよ。楽園には掟が無かった。縛られるものが無かった。平和に暮らすことの出来る空間で、そんなことがあり得るのかという話にも繋がってくるのだけれど、それは間違いじゃない。その楽園は、確かに平和そのものだった」
メイド服を着た誰かが空になったワイングラスに赤ワインを注ぐ。
それを見て、ありがとう、と答えるとさらに一口呷った。
「しかしながら、その世界にもルールはあった。それは神から決められたルールだった。その楽園は神が作り出した世界。だから神が持っている持ち物も多く存在していたの。……その一つに、黄金に輝く木の実があった」
「木の実?」
「そう。そして、その木の実は絶対に食べてはならない、そう命じられていたのよ。食べてしまえば、お前達をここから追放することになるだろう……と。楽園は素晴らしい場所だったし、そこ以外の場所について想定出来なかったアダムとイブは直ぐに了承したわ。だって食事はそれ以外にもたくさんあったんですもの。別に黄金の木の実一つに目を奪われることなんて無いわよね」
一息。
「しかし、それを良しとしない存在が居た。それは、蛇だった」
「蛇? 蛇がどうしてアダムとイブを、良きとしなかったのですか?」
「それは分からないわ。だってあまりにも古すぎる書物だからね。もしかしたら、その楽園のリーダーだったのかもしれない。蛇はいかにしてアダムとイブを追放しようかと考えて考えていたらしいわ。……そして、一つの案が浮かび上がったの」
「黄金の木の実を食べさせること、ですか」
「その通り。黄金の木の実は絶対に食べてはいけない。ならば、それを食べさせれば良いのだと。簡単な話よね。……そして、蛇は実行に移した。アダムに、黄金の木の実を食べなよ、と促したのよ。勿論アダムは直ぐに首を縦に振らなかった。でも、とても美味しい食べ物であるということ、それを食べれば神をも超える力を得ることが出来るということ、それを伝えたら徐々に食べてみたいという気になった。……そして、彼はついに、黄金の木の実を一囓りしたのよ」
「……それから、どうなったんですか?」
「人間には、知恵が身についたと言われているわ。最初に得た感覚は恥ずかしいという感覚。何せそんな感覚さえ無く生活していたんですもの。恥部を隠すこと無く、おおっぴらに活動できていたからね。次にそれをイブに与えたわ。イブも恥ずかしくなって胸と陰部を葉っぱで隠した。……それが、神に知られるまでそう時間はかからなかった。アダムとイブは直ぐに蛇が悪いと言った。だから蛇は追放された。同時に、黄金の木の実を食べてしまったアダムとイブも追放されてしまった。……けれど、神は一つ大きなミスを犯したのよ。イブの胸には、黄金の木の実の種が隠されていたの」
「種……?」
「そう。流石にそこまでは気づかなかったようね。管理者であるガラムドすら気づかなかったんですから。そうして、世界には食べると知恵がつくという木の実が広がっていった。……そこまで言えば、それが何であるか、あなたにも分かるでしょう?」
「まさか、それが『知恵の木の実』だというんですか……!?」
リニックの驚いた表情を見て、メアリーはゆっくりと頷いた。
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