第4話

 たどり着いた先にあったのは、小部屋だった。


「小部屋……? いったい、どんな魔法を使えばこんな術が……」

「魔法じゃないの。眷属の力なの。言ってしまえば、世界の次元をねじ曲げただけに過ぎないの」

「いや、簡単に言っていますけれど、それとんでもなく凄いことですからね……?」


 レイニーとライトニングが何か言っているが、リニックにはさっぱり分からない。

 仕方ないのでリニックは小部屋の様子を確認することとした。

 小部屋は、何も飾られていない、白い壁に覆われた質素な部屋だった。


「質素な部屋だ……扉しかない。いったいここは何の部屋なんですか?」

「簡単に言えば、『常闇の門』専用の部屋なの。突然別の部屋に招き入れるよりも、その専用の部屋を用意しておけば問題ないだろう、という結論に至った上でのことなの」

「あの、全然意味が分からないんですけれど……。もう少し簡単に教えてもらえないですか?」

「先ずは総帥にお会いした方が早いでしょう。ええ、きっとそのほうがいいはずです」


 扉を開け、中へ――その場合は外、と言った方が良いのだろうか――彼を促す。

 彼はそれ以外何もすることは無いと判断し、部屋を出ることにした。

 部屋の外は、幾何学模様が壁に描かれた廊下が広がっていた。

 誰も居ない、がらんどうの場所。

 まるで彼ら以外、誰も居ないような廃墟に近い場所。


「……あの、ほんとうにここって『アンダーピース』のアジトなんですよね?」

「ええ、そうですけれど?」

「誰も居ないように見えるんですけれど」

「ああ、それは――」

「フェイクなの。敵に見つからないようにするために」

「敵? さっきの『ラグナロク』とか言っていた連中のことですか?」

「まあ、それはまた追々……」


 廊下を歩く。足音だけがこつこつと響く。その音は反響し、廊下の広さを思い知らされる。

 不気味な感覚が立ちこめていたが、しかし何も出来ないこともまた事実。

 仕方なくリニックは、レイニーの歩む道をそのまま進んでいくしかないのだった。

 道をすすむと、突き当たりにさしかかる。

 レイニーはそこで立ち止まり、左右を確認しだした。ただの安全確認、というわけでもないだろう。

 だとすれば、可能性は一つだけだ。


「……レイニー、さん? まさかその……迷子になったとか言わないですよね?」


 リニックはあまり人の心を読もうとはしない。読むことが出来ないのだから当然かもしれないが、普通は空気を読んで敢えて質問をしなかったり、或いはそのまま無視するか、どちらに向かうべきか進言するというものである。

 しかし、そういったことが嫌いだった彼は、ばっさりとレイニーに言い放った。

 レイニーは急にそんなことを言われてしまったので、目を丸くしてそちらを振り向く。


「え、ええ? 別にそんなことは無いわよ。ええと、順番を……そう! 順番を確認していただけなのだから!」

「順番?」

「そう、次の角をどう曲がるかとか。そういうことを考えないと、迷子になっちゃう――」

「一応言っておくが、そんなことはまったくデタラメだぞ。あり得ない。眷属が作り上げた迷宮でもあるまいし、たかが人間に作り上げた場所が迷宮になり得る訳がない」

「それもまあ、そうなんですけれど……。あ、ここだここだ」


 扉を潜ると漸く人と出くわすことになった。


「……なんだ、レイニーじゃないか。それにライトニングも一緒で。何かあったのか?」

「何かあったのか、とはとぼけたことを言いますね、サニー。あなたも参加せざるを得ない作戦の一つだったのに、結局あなたは参加しなかった。だから私が代わりに出たのですよ。まったく、眷属の力は普通の力ではないのですから、それくらい理解して貰いたかったものですけれど」

「悪い、悪かった」


 痩せぎすの男は、リニックよりも背が高かった。

 それでいて目つきの悪かった彼は、どこか不気味な印象を思い浮かべてしまう。

 いや、或いは恐怖とでも言えば良いか。いずれにせよ、いい印象を抱けないのが事実だ。


「……サニー、それにしてもあなたはまた寝ていたのですか? 幾ら何でも寝過ぎではないの?」

「るっせえな、お前は俺の保護者かよ」


 サニーは頭を掻いて、そのままもう一つの扉へと入っていく。


「ちなみにもう一つの部屋は、トイレですから」

「あ、ああ。分かった。ところでさっきのは……」

「私たちの言葉では、サニーと呼ばれています。あれでも頭が良いから、作戦を指揮するときのリーダーになることが多いのですよ。問題は、朝が弱いところでしょうか……」

「朝が弱い……ねえ」


 リニックは彼の行く先を眺めながら、独りごちる。


「まあまあ、彼と話をするなら、後でいくらでも出来るはずだから。……きっと」

「出来ないことは約束しない方が良いの。あなただって知っていると思ったけれど」

「ええ、そうですよ、知っていますよ、それくらいは! ……こほん、」


 咳払いを一つ。


「話を戻しますね? 今、この先には私たちアンダーピースの総帥がいる部屋があります。どういうことか、あなたには分かりますよね?」

「総帥と話をして……今後を決めろ、とでも言いたいのか?」

「話が早いの。レイニーとは大違いなの」

「ちょっとちょっと! 何勝手に話を進めちゃってるんですか、ってか人の過去暴露してるんですか! ……まあ、そうなんですが、多分あなたは十中八九アンダーピースへの加入を勧められると思います」


 十中八九なのか。

 リニックは首を傾げながら、彼女の話に頷く。


「いずれにせよ……彼女はちょっと気難しい人間です。あなたの行動一つであなたの指が消し飛ぶと思ってください」

「それは言い過ぎなの。あれはただの我儘なの」

「あなたが言いますか、それを?」

「……まあ、つまり、我儘な人間の言うことをそのまま付き合えば、僕の命は保証される、ということですよね?」


 リニックが結論づける。


「それはその通りなのだけれど……」

「何ですか、まだ何か言うことが?」

「いや! 全然! とにかく入ってきてちょうだい!」


 そう言われて。

 リニックは二人に押されるように、部屋へと入っていった。

 部屋は広い一室だった。中央にテーブルが置かれており、その向かいには一人の女性が腰掛けている。

 女性は赤ワインを飲み、パンを食べている。どれもこの世界では高級品とも言えるものだ。いったいどうして彼女はそれを口にすることが出来るのか――リニックはそんなことを考えていた。


「遙か昔、人々は赤ワインとパンを神の血肉に例えていたらしい」


 りんと、透き通った声だった。


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