第20話 遊園地
「ん、何。この空気は」
元の席に着いた瀬戸は、父親と詩織の間に流れる微妙な空気に気づく。まあ、無口な父親だからなと思う半面、おしゃべりな詩織が何も話さないとは思えない。
「何かあったの?」
「……いえ」
詩織の視線が揺らぎ、瀬戸の持っているお盆に目がいく。
「あっ、私の分のも持ってきてくださったのですか? ありがとうございます。大切に飲みますね」
「うん、出来れば普通に飲んで」
「はいっ! 」
それからというもの、さっきの無口はなんだったのかというほどに詩織は喋り続けた。
だがついに会話がなくなってきた頃、瀬戸がポツリと呟いた。
「……遊園地楽しみだね」
「そうですね」
「……遊園地だと」
父の低い声が聞こえる。
あー、父さん達に話すのを忘れてた。
「赤城と友達と詩織で行くんだ」
「……そうか、楽しんでこい」
厳しい顔をされると思っていた瀬戸は、父親の反応に戸惑いの表情を浮かべたが、すぐに笑顔を見せお礼を言った。
「うん、父さん。ありがとう」
*****
遊園地、当日になった。駅の前の噴水広場で待ち合わせとのことでソワソワとする体を押さえつけながらも、皆が来るのを待っていた。
――まだ、二十分も早い。流石に早すぎたかも。
「あはは……」
瀬戸は、思わず苦笑いしてしまう。なんだかはりきりすぎている赤城みたいだと。
「よーす。って、うわー。瀬戸、何で一人で笑ってんだよ」
いつのまにか近くにいた赤城に、瀬戸は表情を一切変えなかった。瀬戸にとって突然起こった状況下でもポーカーフェイスを欠かせないものなのだ。
――今、決めた。なんかポーカーフェイスって、カッコいいよね。
「いや、なんでもないさ」
ドヤァアアと決める瀬戸に、赤城は明らかに引いたような表情を見せながらもスルーした。
何事にもスルーは大切なのだ。
「……あー! 絶対、俺が一番だと思ってた」
「残念だったね」
「さては、お前実はめちゃくちゃ楽しみにすぎて早く来たんだろう。……どうだ?」
ビンゴッ? とドヤ顔でほざく赤城。「さあね」と濁してみたが実際は、瀬戸もその言葉を否定できないのだが。
「あっ、委員長の服可愛い!」
「あわわ、ありがとうございます。瀬戸さんもカッコいいです」
会話に入れないでウロチョロしている委員長に、スマイルで話しかける瀬戸。
「へ、俺のこと無視なの」
赤城がそう突っ込むと「おはようございます」と委員長が挨拶していた。
「いや、そういう意味じゃあ」
「委員長がせっかく気を遣ってもらってんのに。なんだよ、その言い方はー」
「俺が悪いのかっ!?」
あらためて、委員長を見つめてしまう瀬戸。うっすらとしたメイクにいつもしていた三つ編みは解かれ、可愛らしい印象を受ける。メガネがズレているが。
――うわぁ委員長の服、凄く可愛い。
シンプルだけどかつ女の子らしさを引き立てるそんなワンピースだ。委員長によく似合っている。
一方、瀬戸が着ているのは黒をベースとした服で普段の瀬戸よりも大人っぽい雰囲気を醸かもし出している。
――これなら詩織と歩いても……。ん、何考えてんだろ、ボク。
車がすぐ近くで止まった。大きな車なので、瀬戸達は詩織が乗った車だと直感した。ウィーンと音を立て、窓が開く。
「すいません、遅くなりました。遊園地までこの車で」
鈴のような綺麗な声。間違いなく詩織だ。
「失礼します」と三人は口を揃え、車に乗り込んだ。
貸切の遊園地。それは子どもの夢だ。日が暮れるまで並ばずに、ひたすら遊びたいものだとそう思っていた。
でも実際は、人がいない遊園地は少し寂しい。ジェットコースターから聞こえる悲鳴。賑わう人の声は聞こえない。新しく出来た遊園地だけあって、どれもピカピカで早く乗ってとアピールしているようにも見える。
他の遊園地と雰囲気が違う。なんだか、外国にいるみたいだ。
ここが外国なんじゃないかと錯覚してしまうほど、カッコいいのだ。細部までこだわっており、自動販売機やゴミ箱まで同じテイストで固められている。
「ヨーロッパにいるみたいです」
「ここはカッコいい外国がイメージなんですよ」
「おしゃれですね」
「他の場所もどんなイメージなのか、ぜひ考えてみてくださいね」
詩織は瀬戸達に向かって、「こういう風にやってみるのも楽しいと思います」と笑った。
瀬戸の遊園地のアトラクションを、全制覇するモチベーションが少し上がった。
「なんか新鮮だよな。しっかし、誰もいない遊園地かー。幽霊でも出そうだな!!」
「や、やめてください。第一、ゆっ幽霊なんてものはいないんですよ」
ジト目で見つめ、慌てる委員長の反応に、赤城はピタッと歩みをやめて固まってしまうが、詩織が相変わらずのいい笑顔で言った。
「私、実は視えるんです」
「ひゃあ」
「こらっ、ダメだろう。委員長をからかいすぎちゃ」
痛くないように頭を叩いてみたが、詩織はきゃあと嬉しそうに悲鳴を上げた後、またまた嬉しそうに頭を抑えた。
「えへっ。だって可愛いんですもん」
プクリと頬を膨らませ、拗ねたようにそっぽを向く詩織に瀬戸の心臓が早まったような気がした。
――やっぱり似合ってる。
思わずまじまじと見つめてしまう。なぜなら詩織は瀬戸にとって個人的にハードルが高いガーリーな服を見事に着こなしていたからだ。
「詩織。その服ボクよりも、断然に似合ってるよ」
瀬戸のまっすぐな言葉に詩織の顔がまるでリンゴみたいに赤くなっていく。
「それ、どういう意味なんだよ?」
「実は瀬戸さんと、お洋服を買いに行ったんです!」
「二人でですか!?」
「う、うん。そうだけど」
「詳しく聞きたいです!」
「詩織に勧められてボクが先にこの服を着たんだけど、やっぱりこの服は詩織が似合うだろうと思って」
「なんとプレゼントしてくれたんですよ!!」
「なんかこの服着た瀬戸も見てみたい気がするんだが」
「私だけで十分ですよ。だって……」
詩織は瀬戸の耳元に近づいた。
「二人だけの秘密です」とそう囁いた。
瀬戸の顔が赤くなるのを見届けると、パンッと手を叩いて、元気よくこう言った。
「さあ、アトラクションを思う存分楽しみましょう!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます