第19話 萌えという気持ち

「おじゃまします」


「どうぞ」


 瀬戸の母親が返事をすると詩織はゆっくりと、ローファーを脱ぎ始める。


「ほら、明美のお部屋にでも行っておしゃべりでもしてなさいな。あと少しでできるからね」


「せ、せとさんのお、おへやに……おじゃま」


 何やら放心状態でブツブツと呟く詩織だったが、勢いよく顔を上げると「お部屋どこですか?」とやけに弾んだ声で聞いてきた。


「こっちだよ、ついてきて」


 詩織は嬉しそうに瀬戸の後をついていくのだが、漫画のようなツルンッと音がして詩織がひっくり返ってしまった。


「はいっ! ってひゃああ」


「うわっ、大丈夫? 詩織」


 一瞬、めくれたスカートからはピンクのフリフリとしたものが……とそこで瀬戸は慌てて視線をずらした。


「うーいてて。大丈夫です」


「どこか痛いところとかは? 湿布持ってこようか」


「平気ですから、は・や・く行きましょう!! 」



 やけに言葉を強調する詩織の迫力に、瀬戸は「はい」としか返事が出来なかった。







「ここが、せとさんの……」


「まぁ特に可愛い物とかがあるわけではないからね」


「……っ」


 瀬戸の部屋は確かに女の子らしいものはなかったが、散らかっているわけでもなく普通の部屋という感じだった。


 鼻のいい詩織は気づいた、瀬戸のベッドからとてもいい匂いがすることに。




 一方瀬戸は残念だったねと、肩をすくめるようなしぐさをするが詩織は何も反応を示さない。


 瀬戸から見て完全に詩織の顔が見えないので、不安に襲われる。


「詩織、どうしたの。そんなにボクの部屋が」


「あぅ……」


 気に入らなかった? そう言おうとしていた瀬戸に届いたのは、詩織の甘ったるい声だった。


「詩織、本当にどうしたの」


「い、いえ。なんでもないんです、本当に」


「ふーん、そっか」


 詩織の肌に汗が浮かびはじめる。それを見た瀬戸は気になって仕方がなかったが、追求をやめることにした。



「あの瀬戸さん、私」


「ご飯できたわよー!! 」


 詩織が何かを言いかけた時、甲高い声がそれをもみ消した。


「ん、ごめん。聞こえなかった」


「いえ、行きましょう。冷めちゃいますからね」




「ほらっ……詩織」


「え?」


 差し伸べられた手に、詩織は理解が追いつけない。


「また転ぶといけないし。ここ、滑るから」


 照れ笑いしながらも、手を伸ばす瀬戸に「んあー、ふふ」と変な声を出していた。



「ねぇ本当に大丈夫なの」


「はぁい、大丈夫です」


 詩織は幸せそうに笑った。








「この子詩織ちゃんって言うお名前で、なんと明美と付き合っているんですって!!」


 まるで地獄のような食事会だと詩織も瀬戸も生きた心地がしない。瀬戸の母親は赤城から聞いた情報をペラペラと、眉間にしわの寄った父親に話している。



 何も表情の変わらない瀬戸の父親に、詩織は冷や汗をかきはじめた。美味しいですと煮物を口に入れてみても、緊張なのか味が分からなくなってくる。


「お父さん、いつもこうだから。気にしないで」


 顔が強張ってしまっている詩織に、瀬戸は優しく告げる。



 その優しさに詩織の心臓がキュンキュンと音を立て、死にそうなほど悶えていることなどは、瀬戸は知らない。


「あとママ……付き合ってるわけじゃないよ。仲が良い友達なだけだから」


「フフッ。瀬戸さんにはお世話になっております」


「いえいえ、明美とたくさん遊んでやってくださいな」


 ウフフと笑いながら瀬戸の母親と話しているが、頭の中は瀬戸のママ発言に支配されていた。


「あう……ふにゃ」


「あら詩織ちゃん、大丈夫? 」


「最近、詩織はよくこうなるんだよね」









「ボクお茶のおかわり持ってくる」


 詩織と瀬戸の関係についてかなり質問攻めにあい(主に母親)、疲れてしまった瀬戸はそう言い勢いよくリビングへと走っていってしまった。



 瀬戸がいなくなってしまい、詩織は今さらだが、瀬戸の父親と二人きりという状況になってしまったことに気づいた。



「明美をよろしく頼む」


 それは先程から何も話さなかった瀬戸の父親の言葉だった。


「えっと……今なんて」


 失礼を承知の上で聞き返してみるが、反応はなく黙ったまま、ピクリとも動かない。


「……明美をよろしく頼む」


「はいっ!! 」


 さっきよりも低い声で言われ、詩織は混乱しながらも、とにかく元気よく返事をする。そしてその言葉が、どういう意味でなのかを真剣に考えはじめた。


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